第十二話 業火 - Cパート
第三章最終回です。評価やポイントなどいただけると励みになります!
翌朝、現代のパンゲア界。
先に起きた湊は、自分の隣に誰かが眠っていることに気づいた。つるぎが帰ってきたのだ、と思って少し布団を捲った。
「…………。…………。…………。つるぎって頭の形が綺麗だね」
「んえ? ああ。朝かあ。おはよう湊くん」
「おはようつるぎ。可愛い髪型だね」
「あ、そっか」つるぎは完全にスキンヘッドな自分の頭を撫でた。
「これはね、燃やされちゃってねー。毛母細胞は回復してると思うんだけど、回復魔法って育毛効果はないから。しばらくウィッグですな」
つるぎはあっけらかんといいながら手鏡を生成した。睫毛も眉毛も焼き尽くされていたので、眉毛を描いてつけまつげをして、それからウィッグを生成する。
「湊くん、暗め茶髪と明るめ茶髪どっちが可愛いと思う?」
「どっちのつるぎもすごく可愛いけど、今日は明るいほうが見たい気分」
「おけ。ちゃんと選んでくれるところ好きだよ」
ちゃっちゃと整えていくつるぎを、湊は不思議そうに見つめた。つるぎは毛髪が焼失してしまってショックなのではないかと思ったが、そういう素振りは微塵も見せていなかった。
訊いてみると、
「やべーどうしよーって思ったけど、どうせ生きてれば伸びるから」
と、これまたさっぱりとした回答が返ってきた。
不死鳥の城から出てパトスを捜してみたが、どこにもいなかった。
フェニックスなどに伺ってみたが、昨日天界に行ったっきり戻ってきていないとのことだった。何か業務が溜まっているのだろうか、と納得しながらふたりは城を出た。
「パトスさんもいないし、いまのうちにちょっと城下町を観光したい」
とつるぎはいった。湊は賛成した。
「そうだ、鐘楼から見た景色がすごくよかったんだよ。今日も晴れてるし、見晴らしがいいんじゃないかな?」
湊がそう提案したので、ふたりは教会に赴いた。
教会には人だかりができていた。なんだろうか、と思ってそのへんの民に訊いてみると、
「本日は女神キャルゼシア様の定期スピーチ会の日ですから」
と嬉しそうに答えられた。
(ああそっか、キャルゼシアさんが死んでいることを知らないから。どうしよう、教会のモニターの前で待っていても何もないのに)
つるぎはそう思って申し訳なくなったが、しかし、その気持ちはすぐにどこかに行く。
教会に入ってみると、ちょうどモニターがぱっと点いて――始まったからである。
女神キャルゼシアによる、定期スピーチ会が。
「愛すべき民よ、そなたたちにこのわらわの、女神キャルゼシアの声が届いておるか?」
(ど――どういうこと!?)
つるぎと湊は激しく動揺した。まず録画映像を伺ったが、しかし録画機能までは発明されていない世界のはずだった。なんだかいてもたってもいられず、ふたりは教会から走って出た。
「もしかしたらフェニックスが何か知っているのかも――あれ、つるぎ、いま何か落ちた」
「え? あ、これ」
つるぎの荷物入れから落ちたのは、尻尾のようなアクセサリー。
フェニックスの尾だった。
湊が拾うと、ちゃり、と音が鳴った。
「……つるぎ、これって何?」
「それはね、女神の力を持つ人が身に着けると、一度死んでも生き返られる、すごい宝物なんだって」
「これ、キャルゼシアもつけてた……よね?」
「あ」
つるぎは思い出した。つるぎがキャルゼシアに謁見し、扼殺したあの日。
たしかにキャルゼシアは、尻尾のような飾りをつけていて――ちゃり、と鳴らしていた。
スピーチを最後まで聞いたところ、退位どうこうという話もなく、これからも女神を続けるような雰囲気のまま終わった。とりあえずフェニックスのところに行ってこちらの困惑を伝えると、フェニックスも戸惑った。
「たしかに――キャルゼシアに、それを渡しました。天使には秘密の話ですが、挨拶にいらした代々女神にはみな渡しているものです。しかし、キャルゼシアが女神として復帰しているというのは、わたくしにもわからない話です。だって、パトスはそのような予定をまったく伝えませんでしたから」
「そうなんですか?」
「女神つるぎが代を継ぐと教えられました。ですからわたくしは、てっきり、キャルゼシアは隠居生活で魂を休めるものだとばかり。そうでなければ、一昨日の宴で汝を次の女神として紹介することはありません」
「そうです……よね。わかりました」
城を出たつるぎと湊は、少しの間黙った。それから、湊は不愉快そうに眉をひそめた。
「パトスさんは――それを知っていたはずだよね。ちょくちょく天界に仕事をしに戻っていたのだから。だったら、どうして? どうして死んだままのように扱って、僕らや母親に対して、ひた隠しにしていたの?」
「わからない。わからないから、訊かないと」つるぎはいう。「行かないと、天界に」
いっぽう、百年前の世界。
蜷川つるぎが雲のように消え、空っぽになったベッドを見ながら、百年前のフェニックスは思った。
(それにしても……ニナガワのような者が、どうして女神を殺めたのでしょうか)
対話した限りでは、そしてともに隕石に対峙した限りでは、率先して命を奪うような人格には思いにくかった。
(たとえばそれによって、何かがよくなると、ニナガワは考えていた?
どのような状況が、それを選ばせる?
それにあの者ならば、選んだとしても最小限の犠牲で済ませようとしそうなものです。
女神キャルゼシア、だけでなく、その大神官までもを殺めなければならなかった事情とは――どのようなものだったのでしょうか?)
(第三章完)
次章予告――。
キャルゼシアとパトスが待つ天界に、つるぎと湊は赴く。
魔王が顕現する日であることも知らずに。
第四章『鼎の軽重を問う』。
番外編をひとつ挟んで、上中下の三幕で公開。




