第十二話 業火 - Bパート
フェニックスは予言鳥アスの部屋に向かった。
つるぎは生成したかき氷を食べながら待った。
戻ってきたフェニックスに呼ばれたので近づくと、女神の権能と魔力を制限している呪いのブレスレットを外した。
「いいんですか?」
「強力な魔力が必要となりますから。不審な真似をすれば殺します」
すました顔でフェニックスはいった。全神王様か同等の力を持つ存在にしか外せないという話では、とつるぎは思ったが、兄妹であり夫婦であるならばおかしいこともないだろうか、と思い直した。
フェニックスと並ぶように、つるぎは魔法で城から飛び上がる。火口をこえ、不死鳥と肩を並べて上昇する。雲を抜けてしばらくしたところで、フェニックスが鳥の声を喉から鳴らした。
空からカモたちが舞い降りて、フェニックスとあれこれ鳴き合ったと思えば、また舞い上がった。
「いまのは?」
「空偵魔鳥スカイ・ガンズです。隕石が見えたら報告をする使命を授けました。彼らは魔力を持ち、わたくしを除いたすべての鳥で一番高くまで飛ぶことができ、一番遠くを見通すことができ、一番速く動くことができます。デュクシデュクシーの創造した魔鳥です」
フェニックスは高度をそこで留めて滞空した。スカイ・ガンズにしたところで、フェニックスにあまりうろちょろ動かれては報告のときに困ってしまうだろうから、それは適切な判断だった。
下を見ると、厚い雲で何も見えなかった。
「ニナガワ。バリアを最大まで出してみなさい」
とフェニックスに促され、つるぎは素直に魔法でバリアを作って拡げた。すると、それはつるぎの想像を超えた範囲まで拡がった。横にも縦にも奥にも拡張し続け、やがて大陸全土を覆いうるほどの面積に届いた。
「よいでしょう。そのときがきたら、また同じだけの広さのバリアを用意するのです」
「バリアで隕石を防ぐのですか?」つるぎは確認する。「隕石が直撃すれば、ひょっとしたらバリアも壊れてしまうかもしれません」
「心配は無用です、汝は女神の魔力を持っております。それと、わたくしの――おや」
スカイ・ガンズの一羽がやってきてフェニックスに鳥語で話しかけた。フェニックスはそれを聞くと、
「隕石が見えたそうです。行きましょう」
とつるぎにいい、高速で水平移動をした。つるぎは慌てて追従する。
フェニックスはスカイ・ガンズから位置と隕石の大きさを確認した。そしてそれを受け、つるぎよりも少し高度を上げると、その身をより巨大に変化させた。
翼を広げれば、五十メートルはありそうな巨大な鳥になった。
「すごい……」つるぎはいう。「フェニックスさん、その変身能力って」
「わたくしの魔力のたまものです。人間の姿になることと、最大でこれほどの大きさになることができます」
それからフェニックスはつるぎに、バリアを出すよう指示を出した。
「ではフェニックスさん、バリアに入れるようわたしの後ろに」
「いいえ、それはまだです。汝は墜落の可能性を下げるために、まず大陸の屋根としてバリアを作りなさい」
時間がないので、つるぎはとりあえずいわれた通りにした。
隕石は襲来した。ひと玉の、直径百メートルほどの隕石が、秒速二十キロで降ってきた。
スカイ・ガンズの観測は精確だった。
そのため、フェニックスはきちんと、その身体を隕石に直撃させることができた。
「ぐふうううううぅっ!!!!!! ……くおぉぉぉっ!!!!」
フェニックスは凄絶な痛み、重みに悲鳴を上げながら、全身で隕石を受けた。衝撃波があった。
轟音とともに、フェニックスの身体がバリアに押しつけられた。
「えっ……!?」
と、つるぎはバリア越しに声を上げた。想像していなかった光景だった。
「フェニックスさん!? フェニックスさん!! 大丈夫ですか!?」
「バリアを……維持……しなさい! わたくしは、死に、ません……!!!」
隕石が直撃すれば、その硬度と速度を前に、バリアは破砕される。
しかし、間にフェニックスの大きな身体が入ることで、バリアそのものにぶつかる硬度を少しでも軽減できる。速度はどうにもならないが、ちょっとだけマシである。事実、つるぎは辛くもバリアを継ぎ足して維持することができている。
(けれど――ダメだ、押されてる!)
つるぎは歯を食いしばり、空中ながらふんばっていた。しかしじわじわと高度が下がっていった。雲のなかに入ったときは違った苦しさもあった。けれど、フェニックスのほうがよほどの苦痛だろうと想像して、気合いを保った。
「ニナガワ」フェニックスはいった。「バリ……アを反転、させなさい」
「反転?」
「地表の屋根ではなく……わたくしと……隕石を……丸く包むようなバリアに……するのです」
「スノードームみたいな感じで、隕石と一緒に閉じ込めるんですね……!?」
つるぎはバリアを変形させた。直径百メートルの隕石を囲うのにも時間がかかったが、律儀に包んで、百メートルよりも大きな直系のバリアボールを作った。
そうしているうちにも隕石は押し続け、高度は下がるいっぽうだった。やがて雲を抜けると、いよいよ、豆粒ながら大陸が視界に入った。まずい、とつるぎは思った。このままでは大陸に隕石が落ちてしまう。
「大陸は、見えますか……!」フェニックスがいう。
「は、はい!」
「どこの真上に、い、いますか」
「まだわからないです……!」
「さようです、か。……ガアアアアァァ――ッ!!!!」
怪鳥のごとく叫んだ。すぐに、スカイ・ガンズがやってきた。
フェニックスは苦しみに呻きながら、息も絶え絶えに用件を伝えた。スカイ・ガンズはいっせいに地上に向かって下降し、すぐに上昇して、フェニックスに連絡をした。
「運が……よかった」フェニックスはいう。「このまま落ちれば、火口のようです」
「マンナカ火山の? それが、どう、運がいいんですか」
「予定のために、調整をする必要が、ないということです。ニナガワ。このまま抑えながら、火口が近くなったなら、このバリアボールがきちんと、火口に入るように、うまくして、落下位置を調節しなさい」
「隕石を火口に!?」
「火口に入ったなら、火口から余計なものが飛び出さないように、バリアで覆いなさい。さすれば民は護られます」
「……フェニックスさんはどうするんですか」
「わたくしは不死鳥です。火口に墜ちようと……蘇ることが、……できます」
「一緒にマグマに入るってことですか!?」
「はい」隕石に苛まれ続け、苦悶の表情でフェニックスはいった。
「マグマ溜まりの底を、この隕石が直接叩けば、どういった影響があるか、わかりません。しかし、わたくしが、クッションに、なるのです」
「それじゃあ、フェニックスさん……しんどいでしょう!?」
つるぎはそういうと、フェニックスは呆れたような表情を見せた。
「捨て身こそが、永遠の命を持つ者の、女神とともに世界を護る不死鳥の、使命です。
覚悟するまでもなく、当然のことです」
じわじわと、地表は、火山は迫っていた。
つるぎは、最善について考えた。つまり、フェニックスがマグマに苦しまない方法である。
追い求めている暇はないかもしれない。けれど、時間の許す限り考えたいと思ってしまった。
「……スノードーム」と、つるぎは呟いた。
「え?」
「そうだ、もう、制限なんてないんだ」
つるぎはバリアと同じくらいの幅の、ぶあつい円柱クッションを生成した。そして次に、ロケットパンチを生成して、円柱クッションに向けて発射――クッションをバリアに圧しつけさせた。
さらに女神の権能でバリアの内側に瞬間移動し、隕石に手を触れた。数万度の隕石はあっという間につるぎの手を溶かしたが、そのときとっても痛かったが、構いやしなかった。腕以外の部分に防護服のように新たなバリアを纏いながら、回復魔法で手を再生させながら、隕石に触れ続けた。
「ニナガワ。ニナガワ!? 何をするつもりです!!?」
「どかすんですよ」
封印を解かれた女神の魔力がどれほどのものか、つるぎはきちんとは知らない。けれど、いままでにない大きさのバリアを作り上げられたのならば、できると信じた。
隕石への、浮遊魔法の付与――それによる、制止。
「ばあああああああああああああっ!!!!!」
最大出力の浮遊魔法は、功を奏した。隕石がちょっぴり浮き上がり、フェニックスの身体から離れた。
しかし最大出力は瞬間的なものであり、持続しない。すぐに隕石は落下を再開する。そんなことはわかっていた。つるぎの目的は、その一瞬の隙にフェニックスの手を取ってバリアの外、円柱クッションの下に瞬間移動することだった。隕石がフェニックスにくっついたままでは、隕石ごと瞬間移動してしまう可能性があったのである。
熱に溶けた片腕を回復魔法で再生させながら、ロケットパンチと並んで、クッション越しに隕石入りバリアボールを支える。
「ニナガワ……」
「クッションは間に合ってます。フェニックスさんが犠牲になることなどありません」
「もしも上手くいかなければ……どうしたのですか。隕石に触れた汝がそのまま焼け死んでしまったら」
「死なない対策はしていましたが、そうですね、最悪そうなっても大丈夫なように、魔力ではなく科学燃料によるロケットパンチを作って支えの仕事を担わせました」
「ロケットパンチとはなんですか」
「地球界の物体です。まあ非実在ですけれど。ロケットに必要な燃料とか仕組みを読んだことがありましたから、上手く思い出せてよかったです」
「斯様な工夫をする必要など、どこにもなかったでしょう」フェニックスは嘆息した。「それとも、わたくしに余計な気遣いをすれば、免罪されるとでもお思いですか」
「いいえ。ただ、もっとこうしたほうがいいとか、もっと誰かが幸せになるやりかたがあるとか、一度思いついちゃったら、試さずにいられないってだけです」
「……ではわたくしからも改善点を伝えますが、クッションではマグマのなかで完全に溶けてしまって、マグマ溜まりの底を隕石が叩くことを防げないでしょう」
「あ、たしかに。そうだ、いっそもうバリアのなかで破壊しましょう」
「え?」
つるぎは聖剣『イニミ・ニ・マニモ』の超ロングバージョンを生成した。なまくらを生成したときと違い、研修のなかで最強の剣についての見識を深めたため、それはきちんとすさまじい切れ味を誇る刃物だった。百メートルの刀身は重かったが、浮遊魔法のおかげでどうにか持つことができた。
瞬間移動でバリアのなかに戻ったつるぎは、クソデカ最強聖剣『真イニミ・ニ・マニモ』をフルスイングし、直径百メートルの隕石を一刀両断した。それを何度か繰り返すと、隕石は細切れになるとともに、完全に勢いを失った。
「……最初からそうすればよかったのでは」
「本当にいま思いついたんですよ」つるぎは笑う。「簡単で根本的な解決方法って、意外とすぐには出てこないものですよねえ」
隕石を何度も切ったクソデカ最強聖剣『真イニミ・ニ・マニモ』はすっかり刃こぼれしていたので、つるぎはさっと消した。隕石の破片は、ゆっくりと火口に捨てた。
不死鳥の城に戻ってくると、隕石飛来の話は人から人へ、城下町にいたるまで広まっていた。
フェニックスがあらましを報告すると、城内の人々は歓喜して、隕石から世界を救った者として、フェニックスとつるぎを褒め称えた。宴の準備まで始めた。
「宴、楽しみですね。わたし、頑張って死刑を耐え抜こうと思います」
「死刑執行をする者に堂々といわないでください」フェニックスは溜息をついた。「それに、死刑はもう行いません」
「え? そんな別にお気遣いなさらず。当然の罰でしょう」
「汝に気を遣っているのではありません。汝を功労者に数えてしまった民への気遣いです」
フェニックスもいちおう、それなりに民からの心象を気にする主なのであった。
「それなら、わたしのしたことを隠しておけばよかったのではないですか?」
「わたくしは永遠を生きるのですよ。小狡い真似をすれば、その恥を永遠に感じることになるのです。汝にその気持ちがわかりますか」
わからなかったが、永遠の命があるとそんな苦悩もありえるのか、と想像すると空寒いものがあった。
宴が終わり、フェニックスの手配で城内宿泊の許可をもらった。
翌日の予定を訊かれ、実は翌朝には異世界に移動することになっているのだとつるぎが伝えると、
「そうであれば、本日のうちに渡しておかねばなりませんね」
と、フェニックスはいった。
召使のひとりが、いいつけられて、何かの箱を持ってきた。
開けると、そこにはアクセサリーのようなものがあった。
持ち上げると、ちゃり、と鳴った。
「これは?」
「フェニックスの尾と呼ばれる宝物です。女神の権能を持つ者がそれを身に飾れば、一度だけ、死から蘇ることが可能となります。女神の手によって死人を飾ったなら、その死人を蘇生することすら可能です。むろん、輪廻の門に入った魂を引き戻すことはできませんが、死してから輪廻の門に入るまでは短くても七日ほどの猶予があるはずです」
「そんなものをもらってもよいのですか? わたしが」
「勘違いなさらないでください。プレゼントではありません。それを用いて、汝がキャルゼシアを蘇生しなさい」フェニックスはいった。「百年に一度しか作られることのない、希少な宝物です。くれぐれも、余計なことに使わないように」
「わかりました。必ず、キャルゼシアさんを蘇生します」
つるぎは約束を胸に、フェニックスの尾を握りしめて眠った。すごく疲れていたから、夢は見なかった。
研修最終日はそのようにして終わった。




