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第十一話 女神 - Cパート

 翌朝、湊は独りで目覚めた。ベッドのうえで起きると、隣のベッドに、つるぎがいなかった。

「あれ? え?」

 混乱しながら寝室を出て、廊下で出会った人に、タイムスリップをしてしまった人間よろしく、いまがいつであるのか訊いた――結果、タイムスリップはできていないことがわかった。


 それから、つるぎは先に出ていったのかと訊きまわったが、どうもそうでもないらしかった。湊の推理が正しければ、どうやらつるぎだけが百年前に移動したようだった――どうして、と考える意味はなかった。


(そんなの、パトスに訊くしかない)

 パトスを捜していると、フェニックスに出会った。

 訊いてみると、パトスはもう天界に戻って仕事をしているとのことだった。


「……何が起こっているんだろう」

 胸騒ぎがしたが、百年前という異世界に赴く方法のない湊には、どうにもならなかった。



 百年前のマンナカ火山。

 つるぎは自分だけがそこにいることに気がついて戸惑ったが、そういう趣向だろうか、とすぐに納得した。

(湊くんに支えられてますとかいったから、最後はソロでやらせてみようってことだな)

 ちなみに、湊が自分より先に起きてどこかに行ったとは思わなかった――普段だいたい同時に起きているし、先に起きたならばつるぎが起きるまで待っているタイプである。


「ここは、城下町の入り口、でいいかな」

 百年の間に発展した文化もやはりあるようで、町並みは違った。湊から観光レポは聞いていたけれど、つるぎが自分できちんと見て回ったわけではないから、細かい類似点などには気づけなかった。


「えっと、パトスさん? 起きました、つるぎです。わたしはどこに行けばいいですか?」

 身分証明カードにそう語りかけてみたが、待てども返事はなかった。なんだよもう、と思いつつ、ひとまず教会にでも探すことにした。


 見つけた教会に入ろうとドアを開けたつるぎは、ちょうどそのタイミングで教会を出ようとした子供にぶつかってしまった。

「きゃっ」と子供が何かを落とした。

「うおう」つるぎは自分の足に冷たさを感じて声を上げた。

 見ると、どうやら水のいっぱい入ったボトルを落とさせてしまったようだった。


「ごめんなさい!」と、子供は――少年は謝った。

「いえいえ、わたしが悪いです。ごめんなさい」つるぎは謝り返した。どちらの罪でもなく、ただのタイミングの問題でしかなかったとは理解しているが、大人として申し訳がなかった。


「大丈夫ですか? ケガしてませんか?」

「あ……ぼくは大丈夫です、けど……」

 少年はうつむく。視線の先には、地面で砕けて散らばったボトルの破片。

「…………」

 少年は破片を拾い集めようと屈む。つるぎは慌てて制止し、さっさと塵取りと子帚で破片をかき集めて袋に収めた。どこからともなくそれらを出現させたつるぎを見て面食らっている様子の少年に、つるぎは今度は、ピカピカのプラスチックボトルを渡した。


「はい。これなら落としても割れないので、よかったら使ってください」

「え、あの、……ありがとう、ございます」

「弁償ですよ。ちなみに、ご自宅の飲み水だったんですか?」

「……弟が、熱、出しちゃって。そういうとき用の水が切れちゃって。教会でもらってくるしかないから、ぼくが、もらいにきたんです」

「それは大変ですね。頑張って看病するなんてすごいです」つるぎはそういって少年の頭を撫でた。「そうだ、それならなるべく多いほうがいいですよね。わたしも一緒に運びますよ」

「え」

「ふたりでそれぞれ手にもって運べば、二往復ぶんの水になるんですよ?」


 つるぎはそういって笑うと、自分用のプラスチックボトルをふたつ生成し、教会でなみなみと注いでもらった。重くはあったが、買い物でたまにある程度の重さだった。少年にとっては一本でも疲れる重さだったから、両手に一本ずつ持って悠々と歩くつるぎは、なんだか頼もしく見えた。


「どっちに運べばいいですか?」

「あ……こっちです」

 少年が指さしたのは――百年隔てても変わらない、不死鳥の城だった。


 少年の名前は案の定、パトスだった。パトスさんにもこんな控えめな少年時代があったんだなあ、と思いながら会話をしていると、少年パトスはいった。


「お姉さんは、さっき、すごいって、いってくれましたけど。ぼくは全然、すごくないです」

「どうしてですか?」

「すごいのは弟なんです。ぼくの弟は、誰にもできないことをできるすごいやつなんです。ぼくにできることは、ぼくのとうさまにもできることで、それに、誰に求められることもなくって。みんなが喜ぶ、とうさまにもできないことができる、弟こそすごいんです」

「弟さんがすごかったからって、あなたがすごくないことにはならないと思いますよ」

「でも、ぼくは弟を、せいぜい世話してるだけで」


「わたしは、才能があって誰かの役に立てる人と、その人が元気でいられるように支えられる人がいるなら、どっちも同じくらいすごいって思いますよ」つるぎは笑った。「だって、どっちかが欠けたら、どうにもならないじゃないですか」


 それは少年パトスがずっとほしかった言葉だった。なんだかぐんっと嬉しくなって、逆に何もいえなくなった。つるぎはそんな少年が何かにつまづかないように見守りながら城内に入った。

 弟の眠る部屋の前で、つるぎはパトスに水を渡して別れた。


(さて。せっかくだから玉座とか覗いてみようか)

 冒険者気分で、つるぎは思った――足を踏み入れてみると、そこは無人だった。

 出直そうか、と考えたところで、背後から声を掛けられる。


「汝は女神なりや?」

 振り向くと、人間形態のフェニックスだった。百年隔てても変わらない容姿だった。


 どう返答したものか迷っていると、

「隠せませんよ。わたくしは魔力が見えます。汝の魔力は、その腕輪で抑えられているようですが、神の領域です」


「……はい、おっしゃる通りです」つるぎは認めることにした。「わたしは女神です。研修中の身で――」

 いいかけたところで。


 床が大きくガタンと開いて、つるぎは下に落ちていった。

(そ、そんなバラエティみたいな……)


「下手人に裁きを」

 不死鳥は死を望む瞳でそういった。

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