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第十話 わたしだけはわたしを - Cパート

「雑念が出ておりますね」

 フェニックスに背後から声を掛けられ、つるぎは目を開いた。

「よいのですよ、マインドフルネス……瞑想は雑念を払うものではありませんから」

「ご存知でしたか」フェニックスはつるぎの隣に座る。「雑念はどのようなものですか」

「火山のふもとにある図書館に行きたいのです」

「それでは行きましょうか。連れていきますよ」

「いいんですか?」つるぎはびっくりする。「ありがたいですが」

「いつか、女神の仕事をしている最中に抜け出されても困りものですから」


 フェニックスの背に――ではなく、魔法のじゅうたんに乗って、つるぎは山を下りた。フェニックスはそれに並走するように降りた。

「そういえば、キュイドさんは自然発生の生物……ではありませんよね」

 天翔ける白き巨大カラスを思い浮かべて、つるぎはいった。


「はい。キュイドは、パトスが大神官に就任した記念に、パトスが多くの荷物を持ってマンナカ火山と天界を往復できるようにと、キャルゼシアが創造しました」

「キャルゼシア……様が。フェニックス様にとってキャルゼシア様はどういう印象でしたか?」


「フェニックスでよいですよ、わたくしもつるぎと呼んでおります。キャルゼシアは、わたくしにとっては理想の女神でした。厳格でストイック、甘えも甘やかしもなく、必要なことを粛々と成す、理性的な女神です」


「それでは、わたしのことはどう思われていますか」

「あなたはキャルゼシアを殺めました」フェニックスはいった。「ですが、女神はいつか世代交代をするもの。キャルゼシアも百年も頑張ったのですから、ある意味では引き際だったのではないかと、わたくしは考えております」


 図書館に到着した。フェニックスは、流石に目立つから、と鳥の姿から人の姿に変化した。ナチュラルにそれを行うフェニックスにつるぎは驚いた。フェニックスは五メートルの鳥から、二メートルの赤髪の女性になった。


「わたくしもたまには人々の書いた本に触れましょうか。ともに行きましょう」

 とフェニックスはいった。つるぎはフェニックスと一緒に、図書館の門に向けて足を踏み出した。

(湊くんとも行きたかったけれど、いいだしそびれたなあ。

 湊くん、そういえばいま待機時間かな。どうやって暇潰してるんだろう?)


 そんなことを考えながら歩いていたので、

「あれ、あなたは」

 と声をかけられるまで、目の前の門から出てきたのが顔見知りだったことに気づかなかった。

「あ。エッダさん? ですよね」

「はい。天使様ですよね。まさか三度もお会いするとは」

「奇遇ですね。エッダさんも読書をするんですか?」

「普段はしません。ですが、ふと、せっかくシタ地方の北部にいるのですから……一度、覗いてみようかと思いまして」

「ああ、わかります。行ってみたくなりますよね」つるぎはエッダが抱える袋を見る。一冊の本が入っているように見えた。「何を借りたんですか?」


 つるぎが訊くと、エッダは袋から本を取り出した。それは、あまり厚みのない物語の本だった――著者は、ダライア・ダリアン。

「祖母が好きだった物語だと聞いていて。一度、読んでみたかったのです」

「……すみません、エッダさんのお祖母さまのお名前って」

「オードリー、ですが?」

「じゃあ、もしかして――巨人の?」

「あ、はい。祖母も私が生まれたあたりで身を投げたので見たことはありませんが、たいそう巨大な人だったそうで」


「エッダさん、お祖母さまから受け継いだ歌で励まされたと仰っておりましたよね。

 もし覚えていらしたら、教えていただいてもかまいませんか?」


 聖竜を起こすための歌の詞について、つるぎもオードリーに直接訊いたことがあったが、悪用を防ぐために秘密だといわれていた。そしてオードリーは、それ以外の歌を聴いても、記憶が混ざらないように意図的に覚えないともいっていた。

 ライドに洗脳されて連れ出された世界線のオードリーが、どのような音楽に触れたか、触れていないかはわからなかったが――受け継ぐという表現から、つるぎはどこか、確信じみたものを抱いていた。


(聖竜を起こす工程の、最後のピースだ。これがあれば、魔王との戦いで役に立つかもしれない――女神になるわたしが知っていいものではないけれど、湊くんの生存率が上がるほうが大事だ)


「いいですよ。いまでも、そらで歌えますから」

 エッダは快諾した。つるぎはメモ用紙を生成して、真剣にメモを取った。


「ありがとうございます、エッダさん。心より感謝します」


「いえいえ、そんな……それより、祖母のことをご存知なのですか?」

「はい、オードリーさんとは百年前にお会いしたことがあります。洗脳をされる前に」


「そうですか! 祖母は……どんな人でしたか? 母も、ライドに洗脳されているときの祖母しか知らないみたいでした」


「オードリーさんは、アイスが好きで、物語に胸をときめかせていて。誰かにしてもらった約束が叶うことをずっと待っていたり、どうせ叶わないことには興味がないっていったり。嬉しかったことにはきちんとお礼をいえて、秘密にすべきことを守れる。

 どこにでもいる、普通の女の子でした。

 少なくとも、洗脳なんかをされて、誰かの傍に侍らせられたり、戦争の手伝いをさせられたりしていいような存在では、ありませんでした」


「そうですか。そうでしたか。ありがとう、ございます」

 エッダはぽろりと涙を流して、それを拭うと、もう一度感謝を述べて、去ろうとした。


「あ、待ってくださいエッダさん」

 つるぎは引き留め、百年前のダリアンヌで買った、ダライア・ダリアンの自叙伝を渡した。

「これは?」

「その物語の作者の半生をつづった本です。洗脳される前のオードリーさんのことが、この本に少し書いてあります。わたしはもう読んだので、よかったら」

「……天使様、本当に、ありがとうございます。もう、なんとお礼を申し上げたらいいか」

「いえいえ。天の恵みってことで、お気になさらず」


 遠くなっていくエッダの背中を眺めるつるぎに、

「いまのは?」

 とフェニックスはいった。


「女神キャルゼシアのせいで間接的に人生を狂わされた民ですよ」

「さようですか。……汝は、キャルゼシアをどのように思いますか」


「足跡を辿ってみると、キャルゼシアさんにも傷ついて歪んだところとかがあるのかなとか、キャルゼシアさんの判断が救った人もいっぱいいるんだろうなとか、思いますけれど。傷や功で罪が帳消しになるわけでもないので、それはそれかなあと考えています。湊くんも迷惑かけられましたし。殺して正解だったとは、絶対に思いませんけれど。

 そういえば湊くんっていま、どこで何をしているんですか? 城内のどこかで待機?」


「勇者ならば試練のダンジョンに放り込まれているはずですよ」

「は?」



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