第十話 わたしだけはわたしを - Bパート
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とってもカンタン! つるぎと湊の4ステップ脱獄講座 ~みんなもやってみよう~
1.変化の魔法で手を鍵穴の形に変えて檻を開けます
2.変化の魔法で看守っぽい姿になって堂々と仲間の檻まで行きます
3.仲間の檻を開けて一緒に小さくて速い虫とかになって出口を目指します
4.外に出てまた全然違う姿に変化したら脱獄完了!
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「というわけで脱獄してきました。行きましょうかパトスさん」
「断罪所は大騒ぎですよ」パトスは嘆息する。「これに懲りたら捕まるようなことはしないでください」
「ですね。囚人の気分、なかなかに嫌なものでしたから。これも研修の一環ですね」
「逮捕からの脱獄が一環に含まれる研修があってたまりますか」
ちなみにもちろん、荷物類は過去に戻ってくるとき一緒に戻ってきた――檻のなかに。朝起きるのが遅れていれば不審物として取り上げられていたかもしれず、なかなかに綱渡りだった。
「にしても北リリシシアとも今日でお別れかあ。もう一回くらい温泉入ってきていいですか?」
「なりません。もう移動しますから」
「そうですか。次はいよいよマンナカ図書館ですね」
「マンナカ図書館?」湊がつるぎに訊く。「それはいったい?」
「シタ地方で出版された本がひとところに集まる図書館だよ!」つるぎは嬉しそうにいった。
「すっごく広くて、綺麗で、いままで流通した書籍が全部収蔵されてるんだって。
マンナカ火山のふもとにあるの。そこってリリシシア国領でもウーアハ国領でもなかったこともあって、戦火の影響は受けずに、数百年前に建ったままであるんだよ。数百年の間に出版された膨大な本がギュッと詰まってると思うとすごくロマンだよね。どんなふうに保管してるんだろう?
ちなみに、ウーアハ国領にあった出版社が戦争で潰されちゃったこともあって、シタ地方の出版社はマンナカ火山のふもとにみんな引っ越したんだー。だから図書館の周りに出版社が建ち並んでいるらしくって、なんかそういうのも見るの楽しみだよね。神保町みたいで」
「なるほど。興味がわいてきた。パトスさん、そこにはどれくらいの時間いれるんですか?」
「ゼロ秒でしょうかね、立ち寄らずにまっすぐ頂上まで飛んでいくので」
「え!???!!!!!!???!?!?!!!???」
つるぎがほぼ絶叫みたいな声を上げた。
「研修のルートにありませんから、そんな時間。女神は代々、フェニックスとの協調関係を保って参りました。そうした流れのなかで、つるぎ様の初めての顔合わせの日でありますから、儀式であったり、マンナカ火山からのもてなしであったり、諸々の段取りなどがございます。夕宴が住む頃には夜ですから、図書館はとっくに閉館時間となっているでしょうね」
「……ちなみにマンナカ火山での用事が終わったらふらっと寄っても」
「いいえ、研修はそこで終了ですから。すぐに天界にお戻りいただいて、不在の間の引継ぎなどでしばらく天界にこもりきりになっていただきます」
「そ……そうとわかっていれば劇の練習なんかに時間を割かなかったのに……」
「カンタレラさんがいたらめちゃくちゃ叱られそうなことをいうじゃん」
愕然とするつるぎを慰める湊の横で、パトスは天翔ける白き巨大カラスを呼んだ。
白カラスのキュイドは、かあ、と鳴いて降り立った。
三人がその背に乗ると、キュイドはゆっくりと空に飛び上がった。
山はそう遠くなかった。
マンナカ火山の頂上近くには、牧場を擁する城下町があった。そこに住んでいる人間たちはとくに天命というものがあるわけではないが、不死鳥とその子供の貴さについてはしかと理解していた。そしてすべての鳥を敬いながら、感謝と憧憬の念を持っていた。
キュイドがそこに降り立つと、わっと歓声が上がった。次いでパトスとつるぎと湊が降りてくると、人々はパトスのもとに集まり、あれこれと訊いた。
パトスが不死鳥の城に行くというと、人々は横にどいてその道を開け、跪いた。
天界で大神官という要職に就いているパトスと、その補佐の候補とされているつるぎと湊に対して、それは当然の扱いだった。湊が後ろを振り向くと、残ったキュイドはたくさんの人に囲まれて拝まれたり抱き着かれたりしていた。
「パトスさんは」つるぎがいう。「その、不死鳥の城で育ったんですか?」
「ええ、その通りです」
「城下町では遊びました?」
「そうですね。気晴らしに景色を眺めたり、ひとりで食事をしたいときに店に行ったりと、多感な時期には世話になりました」
不死鳥の城は、教会を限界まで大きくしたかのように神聖な雰囲気の外観だった。なかに入ると、湊は少し既視感を抱いた――つるぎがすぐに、その正体を明かした。
「全神王の宮殿に似ていない? 内装が」
「たしかに」
「この城は全神王様がお創りになられたものですから」とパトスがいった。
「家を用意するってことは、フェニックスも全神王から特別視されてるんですか?」
「全神王様とフェニックスは、最初の宇宙が生まれるとき、ともに産み出された兄妹でございます」
「……そんな大事な存在が」湊がいう。「パンゲア界という、ひとつの異世界にとどまっていていいんですか?」
「世界線が増えるたびにフェニックスも増殖されておりますよ」パトスはいった。「そして全神王様はすべてのフェニックスと婚姻を結び、子を設けておられます。わたくしのように健康に育ったのであれば、大神官にアサインされることがあります」
「もしかして世界を増やす理由って、その一連の流れを何回もやりたいからだったりしますか?」
「失礼な――と申し上げたいところですが」パトスは不死鳥の城の、高い高い天井を仰いで嘆息する。「案外、そういうところもありそうなのが、とうさまの困ったところでございます」
「あ、そういえばパトスさんって全神王とフェニックスの息子なんですね」
「ええ。ゆえに鳥であり、ゆえに過去をつかさどることが能う存在なのです。
もっとも、それは全神王様にも可能なこと。わたくしには、未来をいい当てる弟のような、無二の価値はございません」
不死鳥の城の最上階にして最奥、主の間に入る。
五メートルはあろうかという体長。フェニックスの翼は燃えるように赤く、そして鏤められた黄金の差し色が高貴な輝きを放っていて、なんだか、盛大な縁起もののようだった。
赤いハードカバーに金の箔押しでタイトルなどが書いてある本を思い出しながら、ふたりは傅いた。
「かあさま」パトスがいう。「このふたりが、件の、女神と勇者にございます」
「お初お目にかかります。このたび、パンゲア界の女神の大任を拝することとなりました、蜷川つるぎと申します。向行万端よろしくお願いいたします」
「同じく初めまして、菜花湊と申します。私が予言の勇者であると聞き及んでおります。よろしくお願いいたします」
「……わたくしは、不死鳥。フェニックス。創世の折より形而下に顕現し、創造の刻からパンゲアの地を見守ってきました。パンゲア天界のすべての女神を識る者です。
……蜷川つるぎと仰いましたね。パンゲア界では珍しい響きの名前のように思えます」
「わたしは地球界で生まれ育ちました。地球界の島国の姓名です。ファミリーネームが蜷川、ファーストネームがつるぎです」
と、つるぎは解説した――いままではツルギ・ニナガワや女神ニナガワツルギーということにして楽をしていたが、今後も女神として関わる相手であるならば、それは不誠実ではないかと考えていた。
フェニックスは鳥らしくはっきりと首を傾げた。
「はて、どうして地球界のかたがいらっしゃるのでしょうか。パトス、どうしたことですか?」
「予言が名前と死因、地球界での十月の死人ということしかわかっておりませんでしたので。十月の間はパンゲア天界で地球界の死人を受け入れていた影響ですね」
「なるほど。そういうことでしたか」
「申し訳ありません、かあさま。説明することを失念していました」
「いえ、よいのですよ。いつも天界のことを連絡してくれてありがとう、パトス」
つるぎは、このふたり――二羽というべきかもしれないが――は母子なのだ、と感じ取った。少なくともフェニックスからパトスに注ぐ視線には、上司と部下の関係にはないような慈しみが感じられた。
「さて、女神つるぎ」そしてフェニックスは、ビジネス関係の者に向けるような目を、つるぎに向けた。「汝にはこの城のなかで儀式を経ていただきます」
「儀式。それは、どういったものでしょうか?」
「悟りの間にて八時間、瞑想を行っていただきます」
目的は、女神に不要となる雑念を消し去ることです。
フェニックスはそういうと人を呼び、つるぎを悟りの間に連れて行った。
「……えっと、すみません、僕は何をすれば?」
次の指示もなく、つるぎもいなくなったので、ただ手持ち無沙汰になってしまった湊はいった。
「勇者。汝にはこの城の地下ダンジョンに潜ってもらいます」
「はい? 地下?」
湊は訊き返しながら、どこか嫌な予感がしていた――連想してしまった。
「ご安心ください」パトスはいう。「勇者様にとっては、すでに通った道ですから」
「……まさか、その地下ダンジョンというのは、試練の」
「ええ。キャルゼシア様が勇者様をお鍛えになった、試練のダンジョンでございます」
「嫌です!!!!!!!!!!!!!!!!」
湊はほぼ絶叫のような声を上げた。
「落ち着いてください。今回は何も重い修行セットをご着用いただく必要はございませんし、それに盾と聖剣をお持ちでしょう」
「剣と盾が必要なことがあるんですか?」
「ええと、そうですね、ゴーレムはおります」
「嫌だ!!!!!!!!! 帰る!!!!!!!!!!
つるぎ!!!!!! つるぎどこ!!!!!!! 助けて!!!!!!!!!!」
「落ち着きなさい?」
と、フェニックスはいった――その片翼に、大きな火の玉を浮かべて。
「どうしてですか? どうしてこのような仕打ちを?」
「あのダンジョンの最深部には――神の剣『ヴァレンタイン』があるのです」フェニックスはいった。「勇者はそれを振るって魔王を討伐したと予言されています。ですから、菜花湊といいましたね、汝が本当に勇者であるならば、試練のダンジョンを踏破し、『ヴァレンタイン』を手に入れることができるのです」
「手に入れる流れは予言されているんですか?」
「そこまでは」
「じゃあ僕じゃない誰かがダンジョンから持ち帰って僕に贈呈してくれたのかもしれない。うん、十分にありえる。ですから、僕が行く必要はない可能性も高いですよ?」
「勇者様。何をうだうだと怖気づいておられるのです。女々しくも屁理屈を述べ立てて」
「そうですよ、勇者。汝も雄であるならば、肚を括って、試練に挑むべきでしょう」
(お……親子だ……最悪だ……たすけて……)
湊は辛酸の日々を思い出して吐き気を催しながら、手を引かれてダンジョンに連れ込まれた。




