第十話 わたしだけはわたしを - アバンタイトル
「そうですか。新たなる女神と予言の勇者は、明日いらっしゃるのですね――リマインドをありがとう、パトス」
永遠を生きる母なる鳥、フェニックスはそういって――我が子に頷いた。
マンナカ火山、その頂点。
不死鳥の城の主の間に、フェニックスの息子のひとり、過去鳥パトスは傅いていた。
天界の大神官パトスにとってフェニックスは母である。彼の弟であるアスとともに、その身から産み落とされた。父たる全神王は、相変わらずこの場にはいない。そしてアスは、数か月前、パトスの看病もむなしく病死していた。
「かあさまは」パトスはいう。「きっと何日経ったかもわかっていないと思いまして」
「そうですね。近頃は、なんだか時があっという間に過ぎる日々です」
「かあさまはいつだって、時間間隔がほかと違っていらっしゃる。百年前、わたくしが生を受けたときには、すでに」
「そうですか。あなたの幼少から百年も経っていたとは驚きですね――わたくしは宇宙誕生とともに生を受けたものですから、致しかたなしとしてください」
「とうさまはそのあたり矍鑠としたものですが」
「あれは毎日のスケジュールがあるからでしょう。こちらは世界を見守るくらいのことしかやることがありませんから、予定も予定日も何もない。育児をしていたときは、まだ少し張り合いがあったものですが……」
フェニックスは目を細め、ふたりを育てていた日々を懐かしむ。それから、ふと、思う。
「パトス。思えば、あなたはよくやってくれましたね」
「……かあさま?」
「虚弱体質のあの子が、百年余りの時を生き永らえたのは、ひとえに、パトス、おまえの支えがあったからでしょう。
おまえはよく、あの子のために世話を頑張ってくれた。天界で働くようになってからも、大神官という要職を任せられてからも、あの子が病気になったことを知ったなら、仕事の合間に様子を伺いにきてくれました。あの子はおまえがそうしてくれることにも気力をもらっていたようです。
ゆえに、あの子は多くの予言を告げ、世界の役に立つことができました。あの子の予言がなければ、この百年間の繁栄はありえなかったでしょう」
「……そうですね。本当に、優秀で偉大な弟でした」
「あの子の優秀も偉大も、パトス、おまえの支えがなければありえなかったのです」フェニックスは大きな翼でパトスの頭を撫でた。
「わたくしは、おまえもあの子と同じくらいに、優秀で偉大であったと思っておりますよ」
落涙。
「かあさま……かあさま。どうして、いま、いまになって」
「……おまえが頑張ってくれているときに、気づいて、いっておくべきだったかもしれませんね。とろい母で、本当にいつも、迷惑をかけていますね。ごめんなさい」
「かあさま」
パトスはフェニックスに背を向けて、顔を覆って、音も出さないように、やり過ごした。フェニックスはそんな息子の背中を、優しく撫でた。
くるしい、とパトスは思った。
「……それにしても」
パトスが落ち着いて顔を向けたところで、フェニックスはいう。
「新しい女神は百年前のわたくしにも会うことになるのですね」
「はい、そうです。キャルゼシア様の足跡を辿ることとなりますから」
「百年前のわたくしは、思い返せば、いまよりも、とさかにきやすい鳥だった覚えがあります。大丈夫でしょうか」
「大丈夫でないならば、それまでということです」
「そうですか。最後の試練、というべきですね」
「ええ、下界での最終関門といっていいかもしれませんね」パトスはそういって、壁掛けの時計を見た。「さて、わたくしはそろそろ天界に戻ります。明日また女神とともに参上します。そのときは、かあさま、よろしくお願いいたします」
「はい。……パトス、汝は少し体調がよくないように見えます。気をつけて。……そうだ、あれは、最近どうですか」
「とうさまなら、マンナカ火山に行くことを伝えたら、かあさまの様子がどうだったから報告するようにいっていましたよ。たまには顔を出したらどうかと提案してみましたが、渋った挙げ句に、忙しさを理由にしたそうにしておりました」
「そうですか。……お兄ちゃんっていつもそう」
「え? かあさま?」
「なんでもありません。下がってよいですよ」
パトスは不死鳥の城を出ると、銀の横笛を吹いた。
マンナカ火山に、天翔ける白き巨大カラス、キュイドが降り立った。
真っ暗な夜空のなかに、月の光を吸った白い羽が輝きを吐き出していた。




