第九話 地底の宴 - アバンタイトル
生前の話。
つるぎと湊が高校三年生で、大学受験の勉強を終えて、お互いの親に友達の家に泊まると嘘をついて、外泊をした日――その日がふたりの初めての夜だった。高校一年生の冬に付き合い始めたふたりは、高校二年生のときは蜷川家のバックアップでふたりとも子宮頸がんワクチンを接種し、高校三年生になればひとまず受験勉強に専念していた。
念願通り、同じ大学への進学を叶えた記念として、そういうステップに進もうということになった――そして、色々ありつつも終わったあと、お互いを労わりつつ、睦まじく話していた。
「それにしても、さ」つるぎはベッド端に追いやられていた枕を手繰りよせて笑う。「これ、どうするの? YES/NO枕。湊くん、持って帰るの?」
「……ほしかったらあげるよ?」
「うーん、いらないかな。友達の家に泊まりにいったはずの娘がこの枕を持って帰ってきたら質問責めされると思う。いや、彼氏と外泊したとしても持って帰ってくるのおかしいし、そもそも湊くんがYES/NO枕を手作りして持参してきたところから全部おかしいんだけどさ」
「だって、初めてで何もわからなくて」湊は照れる口元を隠す。「その、この日にするって決まってたでしょ、近づくにつれてテンパっちゃって。もしも、つるぎさんがやっぱり本当はしたくないって思ったのに、気を遣われたらどうしようとか考えたら。断っていいよっていうの示したほうがいいかと……」
「あはは。変なの」つるぎは笑い、湊の頭を撫でる。「変だけど、でも優しいね。大好きだよ」
「……僕もつるぎさんが大好きだよ」
「今日からもう、さん付けしない約束は?」
「つ――つるぎ。大好きだよ」
それでええんじゃ、とつるぎは満足げに湊を抱きしめた。湊も抱き返した。お互い、裸にナイトガウンだけを着た格好だった。湊はつるぎの背中に置いた手を、ナイトガウン越しに仙骨に近づけていった。おやおや、と思いながらつるぎは片手でガードする。
「や、今日はもう寝ます」
「まだ痛いか、ごめん」湊はそっと手を離した。
それもあるけどー、とつるぎはいう。
「ピルとか飲んでないしさ。ゴムつけてても、もしピル飲んでても妊娠する可能性はあるって思うと、まだあんまり回数を重ねる気になれなくて」
「そっか。そうだね」
「てかちゃんと生理くるかな。ちゃんとしたつもりだけど。大学入って早々に育児で休学は流石になあ」
「そういえばつるぎさ……つるぎは、子供ってほしいの? いまじゃなくて」
「将来? ほしいよ、湊くんとの子供。いまじゃないけど。まだふたりで身軽に過ごしてたいし、母親やれる自信ないし、それに蜷川家からの湊くんの心象も悪くなるだろうし。それに経済的に自立してないうちから誕生させちゃったら子供が可哀想」
湊くんは、とつるぎに訊き返されて、湊は少し悩む。
「僕もまだ自分馬鹿だなって思うから父親やれる気しないなあ。最低限、社会人になってからで、あと母親とちゃんと縁とか切ってからがいいかも。介入されたら地獄だから」
「たしかにねえ。とりあえず大学で寮あってよかったね」
「うん。……でも、色々整っても、それでも、……躊躇うかもしれない」
「どうして? 子供嫌いだっけ?」
「なんの感情もないよー。つるぎの子供なら可愛いだろうし愛せると思う。けど、……つるぎが妊娠や出産のしんどさを味わうことになるのも、出産で運が悪かったら死んじゃうかもしれないことも、考えてしまう。僕、つるぎに先立たれたとしたら、子供が産まれていても関係なくあとを追ってしまうと思うから」
「……そっか。親と子供は違う生き物だから、代わりにはならないよね」
「うん。ならないし、しちゃいけない」
湊は、つるぎが死にませんように、死ぬとしたら一緒に死ねますように、なんて願いながらつるぎを抱きしめた。
「医療の進歩に期待だ」つるぎは抱き返していう。「ついでに無痛分娩とかお安くなってくれたらいいけど、何がどうなるかわからないよね」
「うん。いいことも悪いことも、いつどんなふうに起こるかわからない」
「妊娠もそうなんだろうから、いまは、深入りはあんまりしないようにしていこうね」
「深入り。ふふ、そうだね」
それからふたりは、もしもいい環境で子供が産まれたらどんなふうに育てたいか、名前はどんなものをつけるか、というような話をした。読んできた本や見てきた映像を踏まえて、色々な想像を一緒に膨らませたものの、どれもどこか都合のいい、他愛もない御伽噺だった。ふたりともまだ高校三年生で、十八歳で、なぜか現代社会から成人と認められているだけの、子供同士だった。




