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第八話 約束と再演 - Cパート

 地底に帰ったつるぎは、今度はメルとアンドレア、そして湊を連れてダリアンヌに向かった。男性陣が留守番だけでは不公平ではないかという判断だった。三人とも劇にはとくに興味を示さなかったため、別の楽しみを満喫しに行くことにした。


 かつて占いフェスを催していた催事場。そこではいま、肉フェスが行われていた。ダリアンヌの精肉店や焼き肉店は勿論、シタ地方各地の店が出店していた。鉄板や金網で油の音が鳴り、肉やタレや野菜の匂いが催事場いっぱいに広がっていた。昼時は少し過ぎていたが、たくさんの人が集まっていた。肉に合わせてジュースやワイン、麦酒、パンズの販売もあった。


「そういえばつるぎ、この世界にはヴィーガニズムはあるの?」

「それらしい主義の層はいるみたいだよ。まあ教会の完全栄養ゼリーさえ食べてれば、あと野菜だけでも栄養バランスはおっけーだから、地球界よりはお金もかからず、やりやすい世界だね」

「なるほど。いいことだね」湊は水と一緒に、炭火焼きの肉野菜串を買いながらいった。

「そしてわたしはカーニズムの奴隷。他の命を搾取して自分の命を生き伸ばす者。奪っていい命を決めつけるどこまでも罪深い存在。十字架を背負って生きていくしかない」

 つるぎはそんなことをいいながら、トレイにジンコゥのブランド牛の高級ハラミやアハランド産豚の豚足をとり、麦酒を買う。


「いやあ、そもそも動物の肉を食べたのはいつぶりでしょうか。肉汁も脂身も、魔女がいる限りは永遠に望めないものでした。アンドレア、しっかり味わうんだ」

 メルとアンドレアは肉を買った端から、欲を抑えられないというように口に入れていた。


「味わう前に溶けるんだけど。またもらっていっていい?」

「いいですよ」つるぎはアンドレアに金を渡す。「そうだメルさん、あっちで生肉や干し肉がお土産用に売ってるみたいです。キャシィさんやリーナさんのためにどうですか」

「ええ、持って帰りましょう。独り占めなんでもったいない!」メルは笑顔でいった。


 喧騒のなか、丸いテーブルを囲むように四人で座る。どのテーブルにも中央にサラダが置いてあり、それを取り皿によそい、それぞれの買った肉をときに分け合いながら食べる。舌鼓を打ちつつ、つるぎはいう。

「メルさん。ひとつ、訊きたいことがあるんですが、いいですか?」

「我々の部族にとって、機密事項でなければ。誰が聞いているかわかりませんからな」

「リーナさんのことです。外の町で男性から子種をもらってくるという使命を担わされているとか」

「ええ。血の近い者同士で子供を作り続けると災いが起こる、神から祟られる、という言い伝えがあります。そろそろ外からの血を取り入れる必要があるのです」

「……具体的に、どのようにするおつもりですか?」つるぎはメルの目を見ていう。「リーナさんが町の外に行く際、どれくらいの準備がされるものなのでしょうか」

「準備……ですか」


「たとえば、リーナさんが家族と離れたところで危険な目に遭わないための対策などです」


「そうですな。まあ、ひとりでの出立とはさせないつもりです。キャシィと一緒にアハランドの城下町に向かわせます。町に辿り着けず飢えたりはしないように飲み水やゼリーを持っていかせます。それから替えの下着も必要でしょうな。……そんなところでしょうか」


「お願いです、せめてもう少し、してあげてください」つるぎはいった。


「メルさんが考えているより、リーナさんは危険なことをさせられることになります。いつ殺されたって、二度と外に出られないほど傷ついたって、おかしくないんです。まずリーナさんと一緒に町に行くのは、力の強い男の人であるべきです。キャシィさんでは、女性では、守り切れないかもしれません。体格や筋肉量の差は残酷なものです」

「男の人……ですか」


「アンドレアさんは赤ちゃんの世話をする必要がありますから、メルさんが同行し、いついかなるときも、リーナさんが他の男の人と子作りをしているときでも、常に見守ってあげてください。リーナさんが傷つけられそうになったとき、すぐに武器をとって追い払って、それから手を取って安全なところまで逃げてください。安全なところから遠いような場所では、男性と関わらせないでください」

「……なるほど。何かが起こってからでは遅いですからな」


「はい。そして、いまからいうことを意識して連れ添ってください。

 まだ出産から一年も経っていないのに、新たな子供を産む母体となるよう、親から命じられ、見知らぬ他人へ肉体を捧げさせられる。

 その時点ですでに、リーナさんの人生に何かが起こっている状態です。尊重されるべき尊厳が無視されている状態です。リーナさんは乗り気ですが、実際に体験していない段階での乗り気なんて、あってないようなものです。

 この先、もしも子作りの相手から明確な暴力を振るわれずに済んだとしても――もしも、いわゆる優しい人に抱かれたとしても。リーナさん自身が自覚していてもいなくても、精神的に確実に擦り減っていくと思います。

 だからあなたは、あなたたちは、リーナさんの精神をきちんと癒してあげてください。彼女の食べたいものを食べさせて、ほしいものを与えて、逃げたいところに逃がしてください。ちゃんとした宿に泊めてあげてください。そのためのお金ならわたしが与えましょう。

 もしリーナさんがこの役目を休みたいと申し出たら、そこまでいかなくても今日はやりたくないといったら、絶対に、何があっても絶対に、休ませてあげてください。必要最低限の子供ができたあと、この役目を辞めたいといわれたなら、絶対に、何があっても絶対に、辞めさせてあげてください。

 それがあなたの責任です。リーナさんに役目を担わせた者としての、最低限の振る舞いです」


「……天使様。ひとつ確認させていただきたいことがあります」とメル。

「なんでしょう。なんなりと」

「あなたが、明らかに女神の権能である生成能力を振る舞ったと、リーナがいっていました。あなたは、女神様なのですか?」

「はい。まだ研修中の身ですが」

「そうですか。……わかりました」メルはいった。「女神様の命とあらば、仰られたとおりに、リーナをお守りしましょう」

「ありがとうございます。出過ぎた要望をしてしまい申し訳ございません。よろしくお願いいたします」


 それから土産用の肉とミルクとワインと塩、リーナが現実逃避をしたいときによさそうな軽めの娯楽本、家に帰ったときに癒されるための自動演奏機を買って、地底に帰った。出迎えてくれたリーナに演奏を聴かせると、とても気に入ってくれた。

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