困ったお客様
オープンから約三週間。地道なネット活動の甲斐もあってこくり家も少しずつお客様が増え始め、七月最初の土曜日の今日はランチタイムに五組ものお客様が見えています。
一日に五組ではありません。今この場所にいるお客様が五組です。カウンターに座る常連の老夫婦、ヌシを探しに湖に向かう若者たち、子連れの若い夫婦まで。
今までを考えればこれはまさに大盛況と言って差し支えないでしょう。
奥様達はお客様たちが兵太郎の料理を思う存分楽しめるようにとあれこれ気を配ってくれます。高校生バージョンのクロだって頑張ってます。
お陰でみんな兵太郎の料理に笑顔で舌鼓。それを見る兵太郎もえへらえへらと嬉しさいっぱいです。
ちりんちりん。
なんとさらにお客様です。入ってきたのは学生服を着崩した三人組。高校生でしょうか? あれ、でもなんでしょう。お店に来たのだからお客様だと思いましたが、でもなんだか妙な感じです。
「いらっしゃいませ。3名様ですか?」
「みりゃわかんだろうがいちいち聞いてんじゃねえ!」
下はダボダボの学生ズボン、上はうっすいタンクトップ一枚の男が大きな声を上げました。
あれ、やっぱり何か間違ったかな。きょとんとする兵太郎ですが、別に何も間違っていません。人数を確認したのは兵太郎が数を数えられないからではありません。
だって三人だと思ったら実は二人、一人の二組かもしれません。三人と見せかけて後から追加で来るかもしれません。
お店で聞かれる言葉には意味があります。大抵の場合文句をつける方の想像力の不足です。それに文句を言う人というのは「3名様ですね」決めつけても文句を言うものです。
タンクトップの後ろ、大きな身体に大量の脂肪を纏った男がげっへっへっへと笑いました。
「使えねえ店員ですね、タンクトップさん。お前もそう思うだろカネオ」
「全くです。ヒマンタイさん」
カネオと呼ばれた痩せぎすの男もそれに追従するようにシッシッシと笑いました。
和やかだった店内に嫌な空気が流れます。
四流悪役ムーブをかます彼らは隣街の高校の生徒で有名な鼻つまみ者。
飲食店に集団で長いこと居座り、しかも難癖付けてお金払わないとかしょっちゅうです。
彼らのリーダーは冬でも上半身はタンクトップしか着ないという猛者で、仲間内では尊敬を込めてタンクトップさんと呼ばれています。
タンクトップの身に着けているタンクトップの薄さたるやドレスコードがないお店でも入店をお断りしたいレベル。ですが傍若無人なタンクトップはそんなの一切お構いなしです。
その後ろ、だるんと大きく物理的に場所を取る男はヒマンタイと呼ばれています。
背中に背負った木刀もさることながら、彼の本当の恐ろしさはその体にあります。単に太っているだけではありません。高校生とは思えない程完成された生活習慣病を隠し持っているのです。顔にも腹にも背中にも、そして血液の内部にも一切の油断なく大量の脂質を蓄えています。当然運動なんかしていませんし、歯だってほとんど虫歯です。
最後の一人はカネオ。
無口な彼は三人でいる時には「全くですねタンクトップさん」「全くですねヒマンタイさん」以外殆ど喋りません。
しかし一度お会計となればカネオの出番です。金持ちの息子であるカネオはお会計を得意としています。パンやジュースを買いに行くのもカネオの得意技で、有能な彼はタンクトップとヒマンタイの好みも完璧に把握しています。
「 この店のギョージョーインのキョーイクはどうなってんだ! 店長を出せ!」
三人のリーダーのタンクトップが喚きます。
「ぎょーじょーいん?」
一体何のことでしょう。言われた兵太郎は一生懸命考えます。
「ああ、従業員の事かあ。ええと、従業員の教育は特にはしてないです。あと店長は僕です」
わあすごい。兵太郎が相手の言い間違いを訂正しました。これは快挙です。
「あ、いや。そういう言い方もあるのかなって」
いや、ないです。ずっと馬鹿にされ続けてきた兵太郎ですから、たいていの人は世の中の全員が自分より頭がいいと思ってます。大丈夫。もっと自分に自信を持って。
一方そんな事情を知らないタンクトップは仲間の前で恥をかかされたと顔を真っ赤にして怒り出しました。
「てめえ、俺を苔にしやがって」
そこ、字間違ってますよ。
「俺は、キレたら自分でもわけわかんなくなっちまうんだからなあ!」
威張れることではありません。寧ろとっても恥ずかしい。しかし誰もそのことをタンクトップに教えてはあげません。むしろ積極的に煽ります。
「タンクトップさんがキレるぞ!」
「こうなったらもう誰にも止められないぜ!」
仲間に煽られて調子づいたタンクトップはポケットから折りたたみナイフを取り出しました。そしてその刃をベロベロとなめ回します。先日舐めたあとに手入れもせずにしまったのでナイフが錆びてしまっています。
それを見た兵太郎は体に悪そうだなあと思いました。なんでナイフなんか舐めるのかな? 好きだからというわけでもなさそうだけど。
そもそも兵太郎には彼らが何をしたいのかわからないのです。彼らは《《ご飯やケーキを食べたいわけでもないのに》》お店に入ってきました。
そのあと彼らがしたことと言えば、教育体制の確認と自己紹介です。
となると……?
あ、もしかしてアルバイト希望でしょうか? ナイフを舐めたのは刃物の扱いに自信があるというアピール? でもそんなの不衛生ですし、道具を大事にしない人を雇うわけにはいきません。
「ごめんなさい、今アルバイトさんは募集していなくて」
「何わけわかんねえこと言ってやがる!]
「そういわれても、雇う余裕もなくて……」
再びごめんなさいと頭を下げる兵太郎とさらに喚き散らすタンクトップ。
その間に、別の人物が入り込みました。年はタンクトップたちと同じくらいでしょうか。恐ろしく整った顔をした少年です。
「ああん、なんだてめえは?」
顔がいい奴は大嫌いです。怒りをあらわにするタンクトップに、少年は低く呟くように言いました。
「我が主の前で刃を抜いたな、三下」
普段の彼からは想像するのも難しい、ひどく、ひどく、冷えた声。
少年は、タンクトップ達を睨みつけるその瞳にらんらんと、怒りの炎を宿しておりました。




