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喫茶店の謎

「まさか凪紗ちゃんと一緒に外で酒が飲めるとはなあ」



 まるで銭湯のような大浴場で男衆三人で汗を流した後、客室として用意された部屋で颯はひとり呟きました。今は凪紗が二人の美人女将の女将と共に風呂に行っています。


 なんだか親娘二人で高級旅館にでも来たかのよう。親娘二人、すっかりお世話になってしまいました。本当に楽しい一日でした。あんなにはしゃいだ凪紗を見るのは久しぶりでした。何かお礼をしなくてはいけませんが颯にできるのは狩猟だけ。せめて最高の獲物を用意しようか。そう心に誓います。



 凪紗が店長の兵太郎に淡い恋心を抱いているのは明らかです。颯としては応援してあげたいところですが、そううまくはいかないのもまた残念ながら明らかです。


 親の贔屓目を抜きにしても器量も気立ても文句なしの凪紗ですが、あの二人の女将相手には分が悪いと言わざるを得ません。それは凪紗も十分わかっていることでしょう。


 言葉の動作の端々に、互いへの信頼と愛情があふれていました。他の者が入り込めない深い絆を感じました。



 でも、それでも凪紗の恋心自体が悪いことだとは思えないのです。



「お父さん、お風呂! 凄かったねえ!」



 風呂から上がった娘が戻ってきました。随分と興奮した様子です。



「おう。デカかったなあ。旅館でも始めるつもりかね。で、どうだった?」


「うん。すっごく気持ちよかったよ」


「いや、そうじゃなくてな。ホラ、女将さんたちの……」



 一瞬きょとんとした凪紗でしたが、すぐにその目には軽蔑と怒りの炎が宿ります。



「お父さん!」



 すぱーん!



 こくり家の個室は全て、隙を生じぬ完全防音。響き渡ったその音と悲鳴は親娘以外には聞こえることはないのでした。





 *****


 ちゅんちゅんちゅん。差し込む朝日と鳥の声。


 目を覚ました颯は一瞬自分がどこにいるかわかりませんでした。自宅以外の場所で目を覚ますなんてこと二十年近くなかったことですし、それになんだかずいぶんよく寝られたのです。もしかすると愛らしい狸が描かれたこの布団のお陰なのかもしれません。



 こんこんこん。



「颯さん、凪紗さん、朝ごはんの準備ができました!」



 完全防音のなのに鳥の鳴き声や呼びに来るクロの声は聞こえます。いったいどんな仕組みなのでしょう。巨大なお風呂に二人の美人女将、いやそもそも何でこんな山の中に? いろいろと謎が多いこくり家です。


 謎と言えばこのクロという少年も謎です。なぜこんなに小さな子供が山奥の喫茶店で働いているのでしょう。そもそも学校はどうしたのでしょうか。まだ夏休みには少々早いはずです。


 まあそのあたり、尋ねてみる気は颯にはありません。世の中にはいろんなご家庭があります。学校に行ってるとかいってないとか些細な問題です。娘が妖怪鎌鼬だっていう家庭だってあるのですから。



 颯と凪紗がクロに従ってお店に行くと、美人女将の一人藤色の着物を着た「藤さん」が声をかけてきました。



「お早うございます。お二人とも良くお休みになれましたか?」


「おかげさんでグッスリだよ。なんだか足の具合まで良くなったような気がする」


「ちょっとお父さん!」



 ぴょんぴょん、と飛んで見せる颯。凪紗が慌てて窘めます。



「だあいじょうぶだって。ってかホントに痛くないんだけど。なにこれ?」


「またそんなこと言って」



 白々しいことを言う颯ですが、凪紗にはちゃんとわかっています。どうせまたあとで痛いと騒ぐに決まっているのです。ただ、何故か体調がいいのは凪紗も同じでした。父の言うようにぐっすり寝たせいなのか、自分の内に今までない無い不思議な力を感じます。



「うむ。それは何よりじゃ」



 もう一人の美人女将、紅色の着物を着た「紅さん」はその美しい顔で何やら意味ありげに微笑みます。


 なんだろう、と訝しく思う間もなくクロが厨房から料理を運んできました。



「お待たせしました。朝食はモンテクリストでございます」

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