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一番おいしかったのは?

「ううむ、どれも旨かったがジャムのソースのかかったソテーが一番かのう。酸味と甘みのバランスが最高じゃ」


「私は味噌ダレですわ。お葱を一緒に食べるとまた格別です」


「ああ、そっか! そこ一緒に食うのかなるほどな。しかし一番は生姜焼きだと思うぞ。なんつっても酒に合う」


「む、確か生姜焼きは酒に合うの」


「おお、紅ちゃんわかってるねえ」


「ちょっとお父さんやめてよなれなれしい」


「ううん、ううん、選べません。どれもおいしいです」



 好みはひとそれぞれ。みんなそれぞれに一番があります。凪紗としてはクロの意見に賛成です。一番なんて選べません。どれも一番、一等賞です。



「大変美味しいお肉でした。伊達さんの鶏のような洗練された味もすばらしいですが、猪の力強い味も良いですわね。颯さんありがとうございます」


「いやいや、店長さんがすげえんだよ。渡すとき臭くて食えねえとか言っちまってごめんよ。たいしたもんだ」


「うむ。兵太郎はたいしたものなのじゃ」


「えへへありがとう」



 褒められ慣れない兵太郎はえへらえへらと締まりのない顔で嬉しそうに笑います。もう少しキリっとしてればいいのにな、と颯は内心苦笑しました。さっきの料理はこの人が作った、と言われてもにわかには信じられません。



「しかしここ喫茶店だよな? こんなんメニューに出すのか?」



 颯の質問に兵太郎はふるふると首を横に振りました。



「ううん。これはお二人の特別メニューです。猪なんてそうそう手に入らないし」


「そっかあ。やっぱ金払ったら来たら食えるってもんじゃあないんだな」



 少し残念そうに颯が言います。



「言ってくれれば作りますよ。喜んでもらえるの嬉しいから。あ、でも猪肉ないとできないけど」


「おおそうかい? んじゃ猪肉持ち込みで来るかあ。今度は冬の脂乗ったやつでな」


「ほんとですか! 楽しみです。何にしたらおいしいかなあ」



 やっぱり猪鍋? この味に脂が加わるならすき焼き風に仕立ててもおいしいのでは? でも颯さんは焼き物が食べたいかな。生姜焼きが好きだと言っていたし、それならそれなら。


 冬場の猪が兵太郎の頭の中でダンスを始めます。



「おーい、どうした店長さん?」



 えへらえへらと猪とダンスを踊り始めた兵太郎に、颯は顔に出して苦笑い。


 料理の腕は確かですがやはりちょっと変わった人物のよう。全くこんな男のどこがいいんだかと隣にをやってみれば。



「ええ……」



自分の娘は猪と踊る男ににぽけーっと見とれておりました。



「凪紗ちゃん? 」



 呼びかけてみましたが反応なしです。



「おーい、凪紗ちゃん?」



 耳元で大きな声を出してみると、凪紗はびくりと身体を震わせました。



「な、何? どうしたのお父さん?」


「どうしたのって。いや凪紗ちゃんこそどうしたの」


「私? 私はどうもしてないよ?」


「いやそんな真っ赤な顔して言われても」


「えっ、顔? あ、ホラお酒飲んだから……」



 必死に取り繕おうとする凪紗ですが完全に失敗。本人以外誰から見てもまるわかり。やれやれ困ったもんだねえ、と周りに視線で訴えようとして気が付きます。



「え、なにこれどうなってんの?」



 二人の美人店員も、クロと呼ばれていた小さな男の子も、娘と同じ表情でぽけーっっと兵太郎を見つめておりました。



「おーい、 紅ちゃん? 藤さん?」


 

 美人店員二人がびくりと身体を震わせます。



「ほわっ⁉ 失礼したのじゃ。つい亭主に見とれてしまっていたのじゃ」


「はっ⁉ すいません、うちの人が素敵つい。お客様がいらっしゃるのに申し訳ごさいません」


「へ、へええ,そうだったんだ。いやいや全然気にしないでくれ」



 二人の美人店員が正気を取り戻して颯も一安心……。いや、正気かこれ? とりあえず戻ってはきたので、颯もよしとすることにしました。


 一方まだ戻ってこないのがクロです。



「兵太郎、兵太郎、かっこいいです。どこまでもお供します」


「ええ……? マジで……?」



 好みは人それぞれ。とはいえこの場では四対一。多数決の結果どうやらおかしいのは娘ではなく自分の方だったようです。

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