猟師親娘ご来店
——数日後、村人たちは滝口のほとりに彼が使っていた弓が置かれていたのを見つけましたが猟師の姿はついに見つからなかったとのことです。地元の者ならばすぐに山の神だと気が付いたのでしょうが、この地に来たばかりと言うのが災いしたのでしょうね。
さて今宵のお話「白鹿伝説」、如何だったでしょうか。
このお話のように白い生物と言うのは神聖視されることが多いようでございます。
そういえば当喫茶「こくり家」のある縫霰山の山頂の湖にも白竜、あるいは白蛇が住んでいるという伝説があるとか。ここ十年くらいの間にも何度か、大きな何かが湖を泳いでいた目撃情報もちらほらあるそうでございます。
もしも本当にいるのならぜひ会ってみたいものですね。
次回はリクエストにお答えしまして百年ほど前、人喰いの大狸を退治した美人退魔師の伝説についてお話いたします。どうぞ良しなに。
お相手は喫茶「こくり家」の店主のおしとやかな方の女将、件の美人退魔師と偶然名前が一緒の藤葛でございました。
(朗読配信終了)
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時刻は夕方17時。こくり家の本日の営業はこれにて終了です。本日のお客様は三組。おとといと比べて三百パーセントの大盛況。まあすごい。
「兵太郎、兵太郎、車がきました!」
駐車場の音を敏感に察知したクロが兵太郎に報告します。今日は閉店後にお隣さんが来る予定なのです。
「ありがとクロちゃん。お迎えに行って来てくれる?」
「畏まりました!」
主の命を受けて意気揚々。クロはわんわんダバダバとお店を飛び出していきました。
ちりんちりん。
入り口につけられた鈴が鳴ります。
余談ですが入り口の扉につけられたこの鈴。鈴自体はただの鈴なのですがお客様のご来店をお知らせする重要なお仕事と言うことでやなり達の間で人気となっており、現在は担当は順番待ちです。
「兵太郎、兵太郎、お客様をお連れしました!」
「ありがと、クロちゃん。颯さん、凪紗さんいらっしゃい」
クロに連れられてやってきたのは猟師の翠川 颯と凪紗の親娘です。
「おじゃましますよ。おお、中も立派なもんだ。こんな大きな建物が近所にできてたってのにちっとも気が付かないとはなあ」
「お父さんはしゃがないで恥ずかしい。兵太郎さん、本日はお招きありがとうございます」
二人は非常に仲の良い親娘ですが、実は血のつながりは在りません。それどころか種族まで違います。
「さあどうぞ座って座って。いまお料理お出ししますね」
兵太郎は嬉しそうににへらと笑うと厨房の奥へと入っていきました。
「まあまあ。お二人ともようこそいらっしゃいました。昨日はありがとうございます。うちの主人ときたらとても喜んで」
「うむ。昨夜から頂いた猪にかかりきりなのじゃ。困った旦那様じゃ」
「へえそうかい。そんなに喜んでもらえるとはねえ。悪い気はしないが申し訳ない気もするな」
二人の美人女将から大歓迎されて鼻の下が伸びている颯に凪紗はやれやれと肩をすくめますが、そんな凪紗の視線もついつい厨房に向きがちなのでおあいこです。
「冬にはいいとこを持ってくるか。そのころには俺の足も直ってるだろうしな」
「なんとありがたい。兵太郎も喜ぶのじゃ」
「ええ、ええ、その時にはしっかり買い取らせていただきますわ」
颯と凪紗が二人の奥さんと共に席に着くと、クロが料理の乗ったお盆を持ってやってきました。
「兵太郎がお二人に是非食べてほしいとのことで、本日は簡単なコース風の仕立てとなっております」
ちらちらと兵太郎を確認しながらもちゃんと説明できたクロがテーブルにお皿を並べます。
「えっと、こちらは『猪の前菜・中華風』です」
「おお、随分オシャレなもんが出てきたな」
長く薄く切ったキュウリと、同じく薄切りにして湯引きした猪を重ねて並べ、真ん中あたりでくるりと折り返し。その上に細かく刻んだネギと白胡麻をちりばめます。
ソースは猪の骨のスープをベースにお醤油と蜂蜜。そこに唐辛子やニンニク、生姜、花椒等を炒めたごま油を合わせた中華風。
皮の一部を取り除いたきゅうりの緑の上に唐辛子の赤が映えて、見た目にも食欲をそそる一品です。
「うまそうだ。なあ凪紗ちゃん。ん? 凪紗ちゃん?」
返事がないのを不審に思って隣を見ると、凪紗の目は出された料理にくぎ付けになっていました。
「料理が光ってる……?」
前菜を見て不思議そうにつぶやく凪紗に、颯は思わず苦笑します。
たしかにおいしそうではありますが、いくらおいしくても料理が光るはずもありません。
「あー凪紗ちゃん? 気持ちはわかるがお世辞ってのはあんっまり突拍子もないこと言っちゃダメなんだぞ」
「えっ、やだ何言ってるのお父さんそういうんじゃなくてほんとに……。え、これ、お父さんには見えないの?」
「あん? 何言ってんだ凪紗ちゃん?」
しかし凪紗は冗談を言っているようでもなさそうです。
とまどう颯に藤葛が微笑みます。
「ご主人、嘘でもお世辞でもないのですよ。凪紗さんには光って見えているのです」
父と同じように困惑する凪紗には紅珠が諭すように言います。
「うむ。ご主人は見えないのも本当じゃ。何せそういうものらしいからのう」
「お、おう。そういうもんかい?」
「なるほど、そういうものなのですね」
美女二人の不思議な説得力のある言葉に、親娘は顔を見合わせながらも納得させられました。




