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第七話 天衣無縫

 こん、と小さな音が一つ響くと三つの卵は綺麗に割れて、中身がボウルの中に落ちました。


 こん。同じ魔法をもう一度。菜箸でそれを混ぜれば、六つの卵は見る間に均一な、鮮やかな黄色の液体へと変わっていきます。



 気が付けばカウンターからは先ほどまでと違う香りが漂っていました。



 甘さと酸味を想像させるトマトケチャップを炒めた香り。フライパンの上にはいつの間にか真っ赤なチキンライス。


 別のフライパンの上で溶けだしたバターを広げて、卵の半分を流し込みます。じゅうと音を立てて固まる卵の上を菜箸が走り、半熟とろとろのスクランブルエッグを作っていきます。


 そこに出来立てのチキンライスをたっぷりと。


 兵太郎がフライパンをひと揺すりすると、真っ赤なチキンライスはくるりと丸まって完全に、鮮やかな黄色に隠れてしまいました。絹のように滑らかな卵の衣には一切の継ぎ目がありません。天衣無縫とはこのことでしょうか。



「お、オムライスじゃ! 儂、知っとる! あれはオムライスじゃあ!」


「お、(べに)さん大正解」


「わ、私だって知ってますよオムライス」


(ふじ)さんもよく知ってるね」



 神通力や妖力でオムライスのことは知っている二人。でももちろん食べたことはありません。そもそも食べるという想像をしたことがなかったのです。


 それなのにどうしたことでしょう。オムライスを前に二人の期待は高まるばかり。


 兵太郎はカウンターをのぞき込む二人を焦らすように、いたずらっぽく笑いました。



「では最後に一仕上げ」



 二つのオムライスを前に、兵太郎は小皿に盛ったケチャップと小さじを構えまました。



「おいしくなーれ、ってね」



 するすると、ケチャップを乗せた兵太郎のスプーンがオムライスの表面を動き回り、表面に絵を描いていきます。



「よーし、完成。大変お待たせいたしました、特製オムライスでございます」



 はらぺこの二人の前に置かれた眩いばかりの光を放つ大きなオムライスの、その表面には。



「なんとっ、これは儂かっ!?」


「まあ、まあ、まあ! これは私でございますか!?」



 見事に特徴をとらえた、二人の似顔絵が描かれていたのでした。



「二人とも美人だからね。張り切っちゃった」



 にへら、と兵太郎は笑います。



「こ、これは食べていいものじゃろうか?」


「はううう、もったいないような気もしますが」


「もちろんだよ。二人のために作ったんだから。さあどうぞ、召し上がれ」



 兵太郎に促されてしまえば、もちろん我慢などできません。する必要がないのです。だってこれは、二人のために作られた料理なのですから。



「「いただきます!」」



 似顔絵が描かれた無縫の衣に思い切ってスプーンを入れると、ケチャップで赤く艶やかに染まったごはんが現れます。スプーンに乗せられるだけ乗せて、大きな口でパクリ。



「!!!」



 バターで炒められたチキンライスのケチャップの酸味が効いたご飯。強めに味付けされた鶏肉。噛めばうま味が広がって、口の中でお互いのおいしさを引き出しあいます。


 炒めた玉ねぎの甘さとピーマンの軽い苦みがアクセント。その全てを包み込む半熟卵。


 たまらずもう一度スプーンを差し込みます。


 スプーンに盛られた一口、それがもう完璧に仕上げられた一皿。


 ふうと一息ついた時、タイミングを見計らったかのように、湯気の立つカップが置かれました。



「こっちもうまそうじゃあ!」


「とーってもいい香りです!」


「野菜のスープだよ。一緒にどうぞ」



 セロリ、ブロッコリー、エリンギ茸。


 同じ大きさに切りそろえられたからこそ際立つ食感の違い。炒めた野菜と茸の出汁が溶け込んだスープ。セロリの香りと強めに効かせた香辛料が食欲をさらに掻き立てれば、オムライスの方だって止まりません。



 二人は夢中でオムライスを食べ続けました。



「満腹じゃあ……」


「あうう、もう食べられません」



 本人たちも覚えていないほどの長い長い空腹を満たして、大きなオムライスはあっという間に二人の胃袋に納まってしまったのでした。



 ******



 かつてこの国には沢山の、人とは違う不思議な力を持った者たちが居ました。


 彼らは人とともに暮らし、その不思議な力で人々を守っていました。


 人々はそんな彼らに彼らに感謝し、その証として様々な捧げものをしました。


 彼らのおかげで実った作物。彼らのおかげで取れた獲物。それに彼らを(かたど)った様々な品。


 彼らはその捧げものを食べて暮らしていました。


 と、いっても食べていたのは捧げ物そのものではありません。


 彼らが食べていたのは捧げものに込められた、人々の感謝の心です。

 


 昔々。


 気の遠くなるほど昔のお話。



 人を守り、人の心を食べる彼らは、「神」と呼ばれておりました。

「はい、これはジノブンさんの分」


「!!!?????」

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