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「凪紗」


 だーーーーーん!



 凄まじい轟音が森の木々を震わせました。大猪はゆっくりと倒れます。


 この人が助けてくれたんだ。お礼を、お礼を言わないと。


 その思いに、縫霰山の豊かな自然が。物の怪達が答えました。かくして彼女は人の姿となりました。



『お、おわああっ⁉ なんでこんなところに子供がいるんだ?』



 必死で伝えたありがとうに、猟師は大層驚きました。山の奥の奥、銃を使ったその場所に倒れた人間の子供を見れば驚くのも無理はありません。



『鎌鼬? 坊やがかい?』


『いいからついておいで。妖怪だか何だか知らないが子供をこんな山の中に放っておくわけにはいかない。大人ってのはそういうもんだ』



 猟師の名は(はやて)


 農家の人の依頼を受け、大猪を退治に来たのです。


 大猪の被害は単に作物を食い荒らすにとどまりません。田に入り込めば、そこで取れるはずの米には臭いが付き食べられなくなってしまうのです。そうなれば被害は甚大です。猪が妖気を纏っていたのは、人々の恐れを受けての事なのかもしれません。


 (はやて)は自分を助けるために為に現れたのではありませんでした。


 でも、それは(はやて)がスーパーヒーローであることの意味を減じることには少しもなりません。だって(はやて)は自分だけでなく、もっともっと沢山の人を守るために現れたのです。



『ほんとに妖怪なんだな。こいつはありがたい。なんせ俺は生傷が耐えなくてなあ』


『しばらくうちで暮らすか? 女房と子供に逃げられた男の所でよければだが』


『おっと坊やじゃなくて嬢ちゃんだったか。失礼したな』


『お父さん、って……。いや俺は構わないが』




 かくて彼女は「凪紗」となりました。


 月日がたち、凪紗も成長しました。


 いつしか凪紗は颯の仕事を手伝うようになりました。



 といっても、手伝うのは「狩り」ではありません。妖怪である凪紗に銃は使えません。でも颯のもう一つのお仕事は手伝えます。それどころか颯にだって負けはしません。なにせ狩った動物はそのままでは食べられないのです。


 深く長く、なのに血は流れない。そんな不可思議な傷をつけられるというのなら、逆に効率よく血液を抜き出すことも可能ということ。


 自分に感情を向けてくれる父の下、凪紗の刃は凪紗自身と同じように長く鋭く美しく成長していたのです。



 凪紗はただの鎌鼬ではありません。


 父の捕ってきた獲物を解体し、食肉へと加工する妖怪「凪紗」です。



******



「あ痛てててて。凪紗ちゃん、優しく、優しく塗って」



 お隣さんたちが帰った後、薬を塗られながら颯は哀れな声を上げています。娘の前ではスーパーヒーローも形無しです。



「もう。自分が悪いんでしょ」



 多少の傷なら凪紗の「軟膏」で治せます。でも、くじいてしまった足は凪紗にはどうにもなりません。せいぜい痛みを抑えて直りを早める程度。ふがいない限りですが、時間とお医者様に任せるしかないのです。



「はあ、しかしあの二人。偉い別嬪さんだったなあ」



 さっきのお客さんを思い出して、颯がぼやくように言います。たしかにとんでもなく綺麗な人たちでした。凪紗も見とれてしまうほど。


 山の中父娘の二人暮らしですから、ご近所に来た美人が気になるのは仕方がないことなのでしょう。でもわかっていてもやっぱりなんだかやもやします。



「お父さん、鼻の下伸ばしちゃってだらしない」



 凪紗は颯の固定具を、ぎゅうと締め付けてやりました。あてて、まって、まってと颯が言うのもおかまいなしです。



「降参、降参。でもそれ凪紗ちゃんがいうの? 」


「なんのこと?」


「あの別嬪さん達と言い、わっかんないなあ。あのぼさーっとした男のどこがいいんだ?」



 父の言葉に、えへらえへらと笑う喫茶店の主人だという人の顔が思い起こされて。



 ぼん。まるで父の銃の様。


 耳元で鳴る、凪紗にしか聞こえない凪紗の身体が立てる音。体中の血が競い合って顔に頭に集まってきます。


 いえいえ、そういうのじゃないんです。そりゃあ素敵な人だなあとは思いましたが、ただそれだけ。それだけの話なんです。ぜんぜんそんなんじゃないんです。




「もう、何言ってるのお父さんったら!」




 すぱ~ん。



 愛情のこもった音が縫霰(ぬあれ)の山中に響き渡りました。



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― 新着の感想 ―
兵太郎さん、主人公なのに、厨房から出るとまるで落語の与太郎さんみたいだから仕方ない
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