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妖怪大猪

 妖怪は自分に向けられた感情を食べるモノ。


 カマイタチとは単なる自然現象であるという一見合理的な嘘が広まった結果、妖怪鎌鼬に感情を向ける人はいなくなりました。



「妖怪鎌鼬」は「自然現象カマイタチ」に名を奪われてしまったのです。



 かくしてかつては風に乗り妖気の刃を振るうと恐れられた鎌鼬の一族は大いに衰退しました。


 妖怪にとって自分の形を変えることはとても難しいことです。風に乗って舞い、妖気の刃を振るって人から恐れられる。そのあり方は簡単に変えられるものではありません。


 街に潜みビル風の中から切りつけ、指先にほんの小さな傷を作ったことを仲間内で自慢する。彼らの多くはそういう生き方を選びました。


 深く長く、なのに血は流れない。そんなカマイタチ現象の様式美など彼ら自身の間でもすっかり忘れさられてしまいました。



 そしてもう一つ、彼らが忘れてしまったものがあります。

 いえ、必要がなくなったというべきでしょうか。



「治癒の軟膏」



 伝承によれば、鎌鼬は深い傷をつけた後不思議な軟膏を塗って去っていくのだと言います。そのため傷は深いのに痛みがなく、血も流れ出さないのです。


 勿論現代の鎌鼬で治癒の軟膏を扱えるものはいません。今となっては只のおとぎ話です。


 ……そのはずでした。


 衰退した一族の中でも最も遅い、おちこぼれの「彼女」が、その力に目覚めるまでは。



『そんなものあっても何にもならない。人を恐れさせるのに必要なのは、速さと刃の鋭さだ』



 持たざる者たちはそう主張します。


 要はまあ、目障りだったのです。


 馬鹿にされていると思ったのです。



 遅いくせに、無意味な軟膏なんか見せびらかしやがって!



 世が世ならゆくゆくは長になっていたかもしれないのに。無意味で目障りな「治癒」の力を持つ彼女は、仲間たちから疎まれ、住んでいた街を追い出されました。


 幸運だったことに、仲間たちの元を追われた彼女がたどり着いた山は大変豊かな場所でした。物の怪達の噂によれば偉い山の神様のお陰だということです。


 人のいない場所で、誰にも感情を向けられることもなく。


 会ったこともない神様に感謝しながら、山の恵みの木の芽や果物を糧に彼女は暮らしておりました。


 別に食べなくてもお腹は空かないのですが、食べた方が少しだけ、自分が消えてしまうまでの時間を長引かせられるような気がしていたのです。


 それでもいつかは消えてしまうのでしょう。それはそれで仕方のないことです。



 でもある春の日の事。幼かった彼女はミスを犯してしまいました。


 タケノコを掘り起こしているところを、大猪に見つかってしまったのです。しかもどういうわけだかこの猪。うっすらと妖気を纏っています。


 大猪にとって彼女は自分のタケノコを盗もうとする不届き物。いえいえ猪は雑食ですから、小さな彼女などタケノコと同じく。


 猪は恐ろしい動物です。特に怒っている雄の猪は大変危険です。噂に聞く神様以外では、動物にせよ妖にせよ十分に成長した猪に勝てる者などいません。




 まさに絶体絶命の大ピンチ。しかしその時です。




 だーーーーーん!




 凄まじい轟音が森の木々を震わせました。大猪はゆっくりと倒れます。


 何が起きたかわからず呆然とする彼女の元に現れたのは人間でした。この時の彼女には後に父となるこの人間が、世にいうスーパーヒーローか何かに見えたものです。

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