まるで空でも舞うように
ひゅるるるる。
凪紗は飛ぶように家へと戻っていきました。
「あれ? 飛ぶようにっていうか今、凪紗さん飛ん」
「お前様、良かったのう。猪分けてもらえそうじゃぞ」
「え、う、うん、ねえ紅さん今ね」
「ありがとうございますご主人。ほら兵太郎。お代をお支払いしますよ」
「あ、そうだね。ねえ藤さん今さあ」
「それでご主人、お代なのですが」
「あ、ああ、そうだなここまでデカくなってるとなあ。売りもんにもなんねえし持ってってくれて構わねえよ」
「いえいえ、そういうわけにはいきませんわ。大変なお仕事ですものねえ兵太郎?」
「え、そうだね。うん。ねえご主人今凪紗さんが」
何か余程驚くようなものを見たのか、兵太郎は上の空。
色々面倒くさそうなので気が付いてないことにしておきたい奥さんたちと、何もなかったことにしたいお父さんが必死に誤魔化そうとしますが、兵太郎はほけらとした顔で凪紗が「飛ぶように」去っていった方向から目を離しません。
とっさの機転を利かせたのはクロでした。
「兵太郎、兵太郎、猪で何を作るのですか?」
「あ、クロちゃん。考えてることがあるんだけどえっとまだちゃんと決めてなくて」
兵太郎はえへら、と笑顔になりました。兵太郎の中で猪がいろんな料理になって踊りだします。
「猪なんて何年ぶりだろう。強い匂いなら焼くのがおいしいだろうけど。生姜焼きみたいなタレに付け込んで……。あっ、牡丹鍋が定番なんだしお味噌に付け込んてから焼いたらどうかな? そうだハンバーグ! 硬さも臭いも生かせるし殺せるし……」
ぶつぶつと自分の世界に浸る兵太郎。クロ、グッジョブです。奥さんたちと颯はそれぞれ胸をなでおろしました。
しかし安心したのもつかの間。
ひゅるるるる。
そこに凪紗が「飛ぶように」戻ってきます。颯がジェスチャーで降りろ降りろとサインを出すのを、こくり家の妖怪たちは必死で気が付かない振りをしました。
「待てよ脂少ないなら揚げてみるのはどうかな。一口サイズのカツにして……。あ、串にさしてもいいかも。でも煮込んでみたい気もするなあ。骨貰えるなんてなかなかないし、お湯で臭み抜きしてから香辛料と一緒に……。ううんやっぱり少し味見してからじゃないと」
兵太郎は猪ワールドからまだ帰ってきておらず、凪紗のおちゃめは誰も気が付かなかった体でお話は進むのでした。
結局タダでいただいてしまったお肉と骨。兵太郎はえへらえへらのホクホク顔で言いました。
「ねえ颯さん、凪紗さん。明日の夜ってお時間ありますか?」
「んあ? 何せこの足だからなあ。暇っていやあずっと暇だな」
「じゃあ、明日。明日の夕飯、ぜひうちに食べに来てください。颯さん、凪紗さんに、僕の作ったご飯を食べてみてほしいんです」
「まあ、いいのですか?」
キラキラ兵太郎のお誘いに、すぐに乗ったのは凪紗です。すっかりすっかりな娘に内心苦笑しつつも颯は言いました。
「じゃあ開店祝いってことでお邪魔させてもらおうか」
******
人間一人に妖怪三匹、猪の肉と骨。藤葛の妖電池も加わって、それでもおんぼろ車はぽすんぷすんと山頂目指して進みます。
第二回じゃんけん大会の結果、ナビシートはクロがゲット。
奥さん二人は後部座席で颯と凪紗について語ります。
「お父さん、か。足の怪我のこと、あの娘はさぞ悔しい思いをしておるのじゃろうな。ふふ明日か。さてさてどうなるか」
「全く困ったものですわねえ。余計な火種は増やしたくないのですが」
既に兵太郎に淡い思いを寄せているのが見た目にも明らかな凪紗です。明日こくり家に来たならば、きっと彼女は本来の力を取り戻すでしょう。その時には一体全体どうなってしまうのやら。全く困った旦那様です。
それでも兵太郎がしたいことなら、応援するのは奥さんの務めです。
「うむ。それにじゃ」
「ええ。そうですわね」
伝説に名高き風妖たる彼女が力を取り戻せば、その父の怪我はたちどころに癒えるでしょう。そうしたら猪や鹿も手に入るようになるはずです。
「まあ、仕方ないのう」
「うふふ。楽しみですわね」
鹿も猪もとてもおいしいものです。兵太郎が調理をすればきっと素晴らしいものが出来上がります。それをいの一番に思う存分味わうのは当然、奥さんたちの特権です。
「なに? どうしたの二人とも?」
「何でもないのじゃ。こっちの話じゃ」
「ええ、ええ。兵太郎はいつも通りでいいのですよ」
後部座席でくすくすと忍び笑いを漏らす二人の奥さんに、兵太郎とクロはそろって首をかしげました。




