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獣を狩るもの

「で、あんたらは一体どこの何方かね。用なら娘じゃなくて私が聞くがね」



 年のころは四十の半ばと言ったところでしょうか。凪紗(なぎさ)のお父さんは名を翠川みどりかわ (はやて)と言うそうです。


 威嚇するような強い語気。厚ぼったい瞼にはざっくりと大きな傷、その奥に光る白目がちな目、威嚇するような大きな鼻と大層な強面です。


 小柄で控えめ、ふわふわした印象の凪紗(なぎさ)とは似てもにつきません。本当に親子でしょうか?



「へえ、こんな山の中で喫茶店をねえ」



 事情を聴いた(はやて)はぎろり、と音がしそうな勢いで兵太郎に目を向けました。視線の鋭さは猟師という職業柄なのでしょうか。強面と相まって凄い迫力です。



「やめてよお父さん。そんな顔したら兵太郎さんがビックリしちゃうじゃない。この人たちは本当にお客さんよ」


「いや凪紗ちゃん、別に俺は……」


「兵太郎さん、怖がらせてしまってすいません。お父さんはもともとこういう顔なんです」



 凪紗は兵太郎にぺこぺこと頭を下げました。



「ひでえよ凪紗ちゃん」



 (はやて)は娘に向かって哀れっぽい声を上げました。強面の颯ですが、どうにも娘さんには弱いようです。



「兵太郎さん、重ね重ねすいません。この間おかしな人たちが来たものですから、父も私も少し過敏になってしまっていて」


「いえいえそんな。全然気にしてないですから」



 頭を下げる凪紗に兵太郎がへらへらと答えます。睨まれてるとか、怒ってるかもとか、あんまり考えない兵太郎です。そうでもなければよその家の庭に勝手に入っていくなんてできません。


 少しは気にした方がいいかもしれませんね。



「わざわざ訪ねてもらって申し訳ないが力にはなれないな。なにせこれでね」



 ぽんぽんと足を自分の足を叩きました。



「ご主人、失礼じゃがその足はお怪我かな?」


「ああ。こないだドジっちまって谷に……。お、なんだあんた随分な別嬪さんだな」


「うむありがとう。よく言われるのじゃ」



 紅珠は素直に感謝しました。紅珠クラスの美人ともなると謙遜とか逆に嫌味です。



「重ね重ね失礼ですが。お怪我が治るのはいつ頃になるのでしょうか」


「医者の見立てだと三か月ってとこらしいがもうちょい早く……。うわあ、なんだあんたも凄い美人だな。あんたもそのこくり家の店員なのかい? こりゃあ是非お店にお邪魔しないと」


「あらありがとうございます。ご来店お待ちしておりますわ」



 藤葛もストレートなお世辞に笑顔を返します。藤葛クラスの美人でも褒められて悪い気はしないものです。




「ご近所さんだっていうんだし、こんな美人相手に売ってあげたいのはやまやまなんだがね。なんか知らないけど凪紗ちゃんも店長さんのこと随分気に入ってるみたいだし」


「もうヤダ何言ってるのお父さん」



 おとうさ~ん、と伸ばしながら凪紗は何処からか取り出した大きなハリセンで颯の後頭部をしたたかに打ち据えました。ばし~んという親子の愛が詰まった一撃で、山で鍛えた颯の体がよろめきます。



「あっはっは。凪紗ちゃんお父さんは怪我人だぞ~? もう少し手加減しようね~?」



 愛のあるツッコミに、颯も笑顔で答えました。とても仲の良い親子のようです。



「そんなわけですまないが他をあたってくれるかい。ああこの猪でいいってんなら持ってってくれて構わないが……」



 颯は吊るされたイノシシの皮を指さしました。



「ほんとですかっ!?」



 ぱっと嬉しそうに顔を輝かせる兵太郎ですが、颯は慌てて付け加えます。



「待て待て。持ってくのは構わないが夏場だしデカいし雄だし、臭いキツイぞ? 冬のと違って 硬いし脂も少ない。慣れてないと食えねえかもしれん」


「いえ。この猪がいいんです。この猪なら最高です。是非譲ってください。あともし骨が残っていたらそれも併せて」


「お、おう。んじゃ凪紗ちゃん。残ってる中で一番おいしそうなとこ適当に見繕ってきてくれるかい。後、骨?もな」


「はいお父さん。兵太郎さん、少しお待ちくださいね。すぐに取ってきますから」



 颯の言葉を受けて、凪紗は飛ぶように家へと戻っていきました。



 ひゅるるるる。



「…………」


「…………」


「…………」


「…………」



 …………。



「あれ? 今凪紗さん飛ん」


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