第70話 隣は何をする人ぞ
山奥の喫茶店「こくり家」から数キロ離れたお隣さん。
「お前様、待つのじゃ!」
「駄目ですよ、兵太郎!」
奥さんその①紅珠ともう一人の奥さんその①藤葛の制止も聞かず、兵太郎はずんずんと庭の中に入っていってしまいます。
え?どっちも①? 大丈夫それで合ってます。
庭の物干し台に広げられていたのは、表面にとげとげした毛の生えた平べったくて大きな「何か」。何も知らない人が見れば「ふすま」という妖怪だと思ってしまうかも。
でも兵太郎には心当たりがありました。家の周りにも時々その「何か」の持ち主が来るからです。
「やっぱりこれ……」
「此処はよそ様のお宅じゃぞ。勝手に入ってはならぬのじゃ」
一番に追い付いてきた紅珠の言葉も上の空。兵太郎は魅せられたようにその「何か」に手を触れます。
「ねえねえ紅さん。これってさ」
「む……? うむ。猪の毛皮じゃな」
物干し台に干されていたのは猪の毛皮でした。それもかなり体の大きい雄のようです。
ごわごわと波打つ不揃いの毛は、毛と言うよりむしろ棘。隙間からは皮の白い部分がのぞき、野性味ある独特の臭いを放っていました。
「ほれ、もう気が済んだじゃろう。家主に怒られぬうちに出るのじゃ」
お店のスタッフオンリーの所に入ってしまった子供を叱るお母さんのような紅珠ですが、兵太郎はイノシシの皮に夢中です。
「毛皮があるってことはきっと猟師さんがいるんだよね?」
「うむ。おるのじゃろうな」
「こんなに大きいの仕留めるなんてすごいねえ」
「確かに良い腕じゃな。さあもうよいじゃろ。出るぞ」
住んでいる人に見つかっては大変とぐいぐいと兵太郎の腕を引っ張る紅珠。でもどうやら間に合わなかったようです。
「誰? その毛皮に触らないで!!」
ほらいわんこっちゃない。奥にある家から若い女性が駆け出してきました。凄い剣幕です。
「人の家の庭で何なんですかあなたたちは。警察を呼びますよ!」
突き飛ばさんばかりに兵太郎と毛皮の間に割って入りました。華奢な体で一応は男である兵太郎相手に一歩も引きません。いくら兵太郎に覇気がないとは言えなかなかの胆力です。
「申し訳ない。うちの亭主がイノシシの皮に興味を持ってしまったようで。すぐに出ていくのじゃ。ほら兵太郎ゆくぞ。藤、クロ、見てないで手伝うのじゃ」
紅珠に言われ、遅れて来て成り行きを見守っていた藤とクロも兵太郎を連れ戻すのに加勢しました。
「私の旦那がご迷惑をおかけいたしました。すぐに連れて帰りますので。ほら、行きますよ兵太郎」
「お隣さん、ボクの主人がごめんなさい。兵太郎、兵太郎、猪なら僕が捕まえてあげますから」
妖怪たちは三匹がかりで兵太郎を抑え込み車へと連れ戻そうとします。しかし兵太郎そんなは三匹の手をぬらりひょんとすり抜けてしまいました。
「ぬおっ? なんじゃっ?」
「はいっ? 何が起きたのです??」
「わああ? どうやって!?」
驚く三匹を放置して、兵太郎はお隣さんに話しかけました。
「こんにちは。貴方が猟師さんですか?」
「は、はい? あ、あの、貴方は?」
にへらと嬉しそうに笑う兵太郎の反応がよほど予想外だったのか、お隣さんは戸惑い顔。勝手に庭に上がり込んだ不埒な輩相手に凄い剣幕で飛び出してきたことも忘れてしまったようです。
「僕は兵太郎。猟師さんに会いたかったんです」
「私は……。いえ、でもその」
「猟師さん、お願いがあるんです」
「えっ、そんな。突然困ります」
兵太郎えへらと締まりのない兵太郎の笑顔に、何故か女性は顔を赤らめます。
明らかに不法侵入の不審者だというのになんなんでしょう、この反応?
……。
…………。
ああ~。
警察を呼ばれるような展開にならなかったのは良かったですが、どうやらこの流れは。
三匹の妖怪は何かを察して、それはそれは深いため息をついたのでした。
縫霰山でかけっこをしたら
1位:紅珠(圧倒的)
2位:クロ
3位:藤葛
4位:兵太郎(圧倒的)
他の場所でのかけっこなら
1位:紅珠
2位:クロ
3位:藤葛
4位:兵太郎(圧倒的)
藤葛は体のほとんどが家なので分身体での行動はかなり制限されます。それでも並の妖怪に負けたりはしません。二人に張り合えるクロちゃんが凄いんです。
紅珠は空も飛べます。藤葛も飛べるんですが今の所分身体では厳しいです。




