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湖に行こう

 今日はこくり家の定休日。


 こくり家一同山頂の湖まで兵太郎のおんぼろ車でドライブです。


 山路と若木に見送られ、ぷすんぽすんとおんぼろ車は進みます。



「車と言うのも素敵なものですのね」



 厳正なるじゃんけんの結果ナビシートをゲットした藤葛。窓の外を流れる美しい風景を楽しんでいます。


 藤葛が本体である家を離れるのは実に100年ぶり。車のことは知っていますが実際に乗るのはもちろん初めてです。しかも隣で運転しているのは旦那様。車なんかよりよっぽど早く移動できる大妖怪の藤葛だってウキウキしてしまいます。


 今日の藤葛のコーディネートは「狸流変化術山ガール」。藤色の長袖シャツにアウトドア用のベスト。ひざ下まである丈夫なズボンと動きやすいハイカットのスニーカー。日差しを防ぐためのつばの広いハット。


 山の中で行動することを念頭に木の枝や岩、虫などからしっかりと肌を守ることができ、それでいて決してオシャレ心を忘れません。


 藤葛が木の枝ごときで傷つくはずもないのですがそれはそれです。


 そんな藤葛の足元には大型の妖電池。車外に出る時は最新のバックパック型妖電池ver3.2を装備することになっています。今回のドライブは妖電池のテストも兼ねています。


 こくり家から湖へは徒歩だと勾配はあるもののほぼ直線でかかる時間は一時間ちょっと。車ではうねうねした道を通らなければならず、距離にすると三倍以上にもなります。それでも圧倒的に車の方が早いのですから車と言うのは凄いものです。


 もっともこれは人間の話。


 三匹の妖怪たちが自分の足で走ったなら、妖力制限の厳しい藤葛を含め頂上の湖まではほんの一瞬ですがそれはそれです。



「兵太郎、窓をあけてみてもよろしいですか?」


「どうぞー。でも手とか出したら危ないからね」


「もう。そのくらい私だって心得ておりますわ」



 兵太郎の車の窓は今時珍しいハンドルタイプ。ぐるぐるとまわすと車内に風が吹き込んできました。



「うふふふ。気持ちいい。晴れてよかったですわね」



 ひとしきり窓の風景を堪能すると、藤葛は満足げにぽすんとナビシートに背中を預けました。でもその後ろの座席、じゃんけんに負けた方の奥さん紅珠は若干渋い顔で空を見上げています



「ううむ。今年の空梅雨じゃのう」


「紅様は雨だったほうが良かったのですか?」



 そんな紅珠に隣のクロが不思議そうに聞いてきます。



「いやすまぬ。そういうわけではないのじゃ」



 紅珠だって今日晴れたことは嬉しいのです。もし降れば相当がっかりしていたでしょう。でも同時に考えてしまうのです。こんなに雨が少なくて今年の農作物は大丈夫だろうか、とか。


 今は豊穣神ではないというのに、生真面目で苦労性の紅珠です。



「いかんの。せっかくのドライブじゃ。楽しまなくてはの」



 紅珠だって車に乗るのは初めてです。ナビシートを奪われたくらいでナイーブになってもしかたがありません。


 ちなみに紅珠のコーディネートも当然、妖狐神通山のガールです。


 明るい紅色の登山シャツ、吸湿性と速乾性に富み暑さにも寒さにも対応できるインナー。厚手の登山パンツは丈夫でストレッチ性も高くアウトドアでの活動に最適。真っ赤なキャップが強い日差しから目を守ってくれます。


 見た目は藤葛とはだいぶ異なりますが、機能性とオシャレを両立させているという点では一緒です。


 実際に紅珠を傷つけようとすれば並の刃物では到底無理なのですがそれはそれです。


 ちなみにクロちゃんはは半そで短パン、元気いっぱいのコーデです。要はいつもと同じ格好です。 


 一応。兵太郎はなんの変哲もない普通の服と普通のズボンです。

 


「兵太郎、兵太郎、家です、家があります!」



 クロは見つけたものを逐一兵太郎に報告してくれます。何が重要なのかわからなければ、全てを報告するのは当然です。



「本当だ。こんなところに人が住んでいるんだねえ」


「お前様がそれを言うのはどうかと思うのじゃ」


「ああはは、ほんとだね。全然家ないからさあ」



 そう言って通り過ぎようとした兵太郎でしたが、ふと何かに気が付いたようで、ぷすんぽすんと急に車を止めました。



「あら、どうしたのです兵太郎?」


「ねえ、ここってもしかしてお隣さん? ご挨拶とかしたほうがいい?」


「えっ……。どうじゃろ。お隣と言ってもずいぶん離れておるわけじゃし……」



 お隣と言えば確かにお隣。ご挨拶をするのは当然では? でもかえって気を遣わせることにもなるかも。お隣へのご挨拶は何メートルから成立するのでしょう? そんな悩みネットにも乗ってません。


 でも考えてみればこちらはお店をやっているのです。ご近所さんともなればお客様になってくれる可能性も高く,それなら



「お隣であることに変わりはありません。お店の案内もかねてご挨拶に伺うのが筋だと礼儀正しい方の奥さんの私は思います」


「儂も今そう言おうと思ったんじゃ!」


「そっかあ。二人が言うなら間違いないねえ。じゃあ寄って行こうかあ」



 道端に車を止めて、てくてくと歩き出す兵太郎を慌てて奥様達が止めました。



「待つのじゃお前様。それなら何か挨拶の品を持って改めて伺う方が良いのじゃ」


「ええ、ええ。お店の宣伝になるようなお菓子などはどうでしょう。地図を乗せたチラシなども用意出来たら尚よいかと」


「ああそっかあ。考えもしなかった。凄いねえ二人とも」



 確かに二人の言う通りです。では改めてお邪魔しようとおんぼろ車に戻ろうとして、兵太郎はその家の庭に奇妙なものが置かれているのに気が付きました。



「アレは……?」



 物干し台に広げられた、広くて大きなとげとげした不思議な何か。


 布? ではないようですが……?



「あれって、もしかして!」




「ほ?」


「はい?」


「えっ?」




 驚く三人の妖怪とおんぼろ車を道端に残して、兵太郎はずんずんと庭の中へと入っていってしまいました。




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