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バンド組めるかな?

夜も大分更けてまいりました。


 兵太郎は家店内に設置した三つの神棚から空になった夕食分の食器を回収します。不思議なことにこの神棚に置いたご飯は目を離した隙に無くなっているのです。


 この三つの神棚、こくり家を手伝ってくれる姿かたちの無い妖たちの為にと兵太郎が設置したものでそれぞれ名前が書かれています。


 一つ目は紅珠に憑き従う「物の怪達さんたち」の棚。


 二つ目は藤葛に懐憑(なつ)き、畑の世話や連絡係を務めてくれる「やなりさんたち」の棚。


 そして最後、三つ目は……。


 なんとジブン。


「ジノブンさん」の棚でアリマス。兵太郎いつもありがとうでアリマス。今晩の夏野菜とチキンのカレーも絶品でアリマシた。


 ちりんちりん。



 ドアのベルが鳴ります。クロが夜の見回りから帰って来たようです。


「兵太郎、兵太郎、只今戻りました!」


「クロちゃんおかえり。お疲れ様」



 縫霰山(ぬあれやま)は自然が豊かなところで野生動物も多数生息しています。放っておくとこの動物たちが畑を荒らすのです。


 一番厄介なのは鹿です。


 クロが本気を出せば鹿なんて(むれ)ごと全部まとめて退治できますが、困ったことにそういうわけにも行かないのです。


 鹿を殺して死体を放置したらもっと厄介な別の動物を引き寄せるでしょう。臭いや病気の元にもなります。かといって死体を処分する方法もありません。


 食べられれば一番いいのですが、野生動物を食肉とするには技術と資格、それに設備が必要です。兵太郎がどんなに料理上手でもこれは無理。


 そんなわけで地道に追い払うくらいしか対策方法がないのです。


 先日は兵太郎が植えた(正確には兵太郎が買ってきたあと勝手に植わった)野菜の苗を狙って鹿の団体がやってきました。クロが気が付かなければ全部食べられてしまっていたことでしょう。


 夜闇に紛れてやってくる動物たちもクロの耳や鼻から逃れることはできません。一度味を占めれば何度でもやってきますから、毎回しっかり追っ払うのが大事なのです。



「噂には聞いておったが狗狼の警戒能力は大したものじゃのう」


「檻で畑全部を覆うのは現実的ではありません。手間を掛けますがよろしくお願いしますわね、クロ」


「はい! お任せください!」



 紅珠と藤葛からも頼りにされ、しっぽぶんぶん耳はピーンのクロでした。




※※※※




「ううむ。なんぞ良いネタはないものかの」



 クロに負けじとSNSの更新に励んでいた紅珠。しかし兵太郎のご飯と山の風景くらいしかネタが思いつきません。


 妖狐神通スマートフォンをいじりながらネタを考えていると、(ぬし)を見に行った女の子たちがこくり家のアカウントをフォローしてくれているのを発見しました。



 こくり家の料理と店員の容姿ををべた褒めした上で、四人で撮ったオムライスの写真をお店のホームページのリンクと一緒に上げてくれています。



「ありがたいことじゃ。次来た時もなんぞサービスしてやろうかの」



 山の中の喫茶店こくり家はネットが生命線です。紅珠もつい嬉しくなってしまいます。



 彼女たちは湖で起きた不可解な現象の動画も上げていて、そちらはかなりの再生数を稼いでいるようでした。もちろん宣伝も忘れません。


『バズったので宣伝します。 E-go‘sという名前でバンドやっています。ライブ見に来てください!』



「あの子たちバンドをやっているのですね。あらあら、なかなか上手ではありませんか」



 リンク先の動画を見て、藤葛も楽しげに笑います。(ぬし)の動画が彼女たちの知名度を上げるのに一役買っているのならそれもまた良いことです。


 彼女たちのバンド配信を見ていた紅珠がふと思いついたように言いました。



「儂らもバンド組んでCMソングでも歌うというのはどうじゃ? 儂、ギターとボーカルならいけるのじゃ」


「バンドですか……? まあドラムなら自信はありますが」



 紅珠と藤葛は大妖怪ですから、もちろん音楽の嗜みもあります。一方そうはいかないのはクロです。



「ボクは楽器なんかできません……」



 クロの耳としっぽはへろんと下がってしまいました。



「そう気を落とすでない。ただの思いつきじゃ。ちなみに兵太郎。お前様は何か楽器は弾けるのかの?」


「いやあ全然。触ったことある楽器で聞いた曲弾くってだけならできるけど」



 カウンターの中で明日の仕込みをする兵太郎から、びっくりするような答えが返ってきました。



「触ったことがある楽器?」


「聞いた曲弾くだけ?」



 何が全然?と唖然とする奥さん達。一方それを無邪気に受け止められるのがクロです。



「凄いです! 兵太郎は何でもできますね!」


「ありがとクロちゃん。でも楽譜なんか読めないし、弾きたいなって時に弾くだけだよ」


「楽譜は読めない……?」


「うんさっぱり。あれは何が書いてあるんだろうねえ?」



 絶句する奥さんたちを見ていつもの如く呆れられているのだと思い、恥ずかしそうにえへらと笑う兵太郎です。



 料理の腕は間違いなく超一級。加えて家や祠を一人で直し、椅子やテーブルを自作してケチャップで見事な似顔絵を描く兵太郎ですが、さらに音楽も嗜むとは。


 生活やお金に関わらないところでは実に才能豊かです。



「でも兵太郎にバンドをやらせるわけにはいきませんわね。そんなものネットにアップしたら、どうなるかわかったものではありません」


「うむ賛成じゃ。ギターとドラムだけではどうにもならぬし、ぬしの噂が広まるまでは地道にこつこつ宣伝して」



 紅珠がバンドの結成を断念しかけたその瞬間の事でした。



 ぺけぺけぺけぺけどう~~ん♪



「む?」


「あら」



 ぴろろん♪じゃーん! ぽろんぽろん♪じゃ~んじゃっじゃ、じゃ~んじゃっじゃ、ビョーン! ずんちゃっ、ずんちゃっ! ちゃりらりらりら~ん。だんだだん。



 突如として「こくり家」の店内に、様々な楽器の音が響き渡ります。勿論誰も演奏なんかしていません。



「なんぞやる気になっとる奴らがおるのう」


「貴方たち随分芸達者になりましたのね。これも兵太郎のご飯の力でしょうか?」



 やなりの中でもエリートであるラップ音たちがこんなにたくさん。しかもここまで多彩な音を操れるラップ音なんて、聞いたこともありません。



「なかなかの腕じゃが、弾き手の姿が見えないのはバンドとしてはどうなんじゃろ?」


「配信するかどうかは後々考えるとして、折角ですから一曲歌ってみましょうか。こちらの曲をお願いします」



 藤葛は楽譜と歌詞カードを差し出しました。



 …………。

 …………。

 …………。


 …………?



 あっ、ジブンでありますか。はい、お預かりするデアリマス。



 では聞いてください。


 藤葛で「ゲット、ゲット、ゲットの歌」


 おや、オリジナルソングでしょうか。兵太郎ゲットするんだぜ、的な?


 ちゃ~ちゃらっちゃっちゃら~ら~♪


 不安を掻き立てるようなもの悲しさと、それを笑い飛ばすような軽快さを兼ね備えたイントロに合わせ、藤葛が美しい体を妖しくくねらせます。


 いつの間にか床から生えていた長いマイクを持つ手もセクシーに。



 伏せていた目をカメラに向かって見開くと藤葛は、それはそれは美しい声で歌い始めました。



「Get♪ Get♪ Ge……」



「まてまてまてまて!」



 紅珠が慌てて演奏を止めました。

 


「どうしたの? 紅さん」


「藤様のお歌聞きたいです」


「いや今のはダメじゃろ。妖怪のお話でその歌詞はまずいじゃろ」



 兵太郎とクロには何がなんだかわかりません。絵妄魈(えもうしょん)が集まって二人の頭に?を浮かべます。



「駄目じゃ駄目じゃ! 夜は寝室でフンフンフン♪ って何考えとるんじゃ!」



 ぶんぶんと妖狐神通のハリセンを振り回す紅珠。


 意味はさっぱりわかりませんが、千年を生きる紅珠の言うことです。仕方なく全員従う事になりました。


 んでそのあとは無難にカラオケ大会になりました。


 諸事情により大会の内容をお伝えすることはできません。


 紅珠も藤葛もそれはそれは大変な美声でしたが、二人を押しのけて最高得点をたたき出したのはなんと兵太郎。


 楽譜も読めないのにギターで弾き語りをやってのけ、奥様達はうっとり。やなり達も満場一致で満点です。


 生活力以外の所では実にハイスペックな兵太郎です。尚、クロちゃんは普通でした。


 こうして第一回こくり家カラオケ大会は大盛況の元幕を閉じました。


 しかし実はこれが後に世界を震撼させる音楽ユニット「コクリス&やなりオーケストラ」誕生の瞬間だったとかそうでもないとか。

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― 新着の感想 ―
何かと思えば墓場で運動会するあの名曲か、そりゃアカンわ  妖怪かすらっくが飛んでくるぞw
Get,Get,ゲゲゲのゲ~ みんなでうたおう げげげのげ (水木しげる先生自ら作詞とのこと)
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