映え狙いのお客様
かんこー、かんこー、かんこー。
やっと営業までこぎつけたこくり家でしたが、その後もお客様はなかなか増えません。一日に一組か二組。ゼロの日もあります。
お客様はみんなネットの広告を見てきてくれた人達です。SNS映え目当てで来たのですがみな出された料理の味に驚いていました。お店の評判は上々です。お客さんの数は増えないけれど。
さて開店から一週間ほどして、今日は日曜日。
「いらっしゃいませ。本日お客様を担当する紅珠じゃ。本日の日替わりはイカと青紫蘇のたらこスパゲティー、ケーキは苺のショートじゃ。大変おススメとなっておるのじゃ。お決まりになりましたらお呼び下され」
紅珠がぺこりとお辞儀をして席を離れると、お客様の女の子二人はメニューを見ながらきゃあきゃあと騒ぎ始めました。
ほらネットに出てた店員さんだよ、紅珠さんって書いてある。本名かな? めっちゃ美人。写真より可愛い。
そんなおしゃべりが耳を澄まさずとも聞こえてしまいます。紅珠だってもちろん悪い気はしません。
「すいませ~ん!」
注文が決まったようで、女の子たちの片方が手を上げて紅珠を呼びました。
「ネットの写真に出ている似顔絵書いてくれるオムライスって、この『スペシャルオムライス』っていうやつですか?」
聞かれた紅珠は、あえて困った顔を作ります。
「お客様、あいすみませぬ。スペシャルオムライスの何がスペシャルなのかは頼んだ人にしかわからない秘密なのじゃ。ただ……」
そこでわざとらしく声を潜めてこっそりと。
「損はさせませぬ、とだけお伝えさせていただくのじゃ」
この二人連れ以外にお客さんはいないのですがそれはそれ。女の子たちはまたきゃあきゃあと喜びました。
「じゃあスペシャルオムライス二つ、サラダのセットでお願いします」
「畏まりましたのじゃ。お前様、スペシャルオムライスとサラダのセット二つ入りましたのじゃ」
紅珠が声を掛けると、カウンターからはあ~いと間の抜けた声が聞こえてきました。
お前様だって~、と盛り上がる女の子たち。夫婦なのかな? ええ、まさか。だって~。
ずいぶん若く見える紅珠ですが、不思議な貫禄もあり年齢不詳。実は意外と自分たちより年上なのかも? でもこんな可愛い人とあのぼけーっとした店長では釣り合いが。 それならこの二人の間に一体何が?
女の子たちの中で想像は膨らみます。
「紅さん、サラダとお飲み物お願い~」
「承ったのじゃ。ドレッシングは紫蘇と玉ねぎじゃったの」
紅さん? ほらこの距離感絶対夫婦だって。ええ~、でも~……何このサラダおいしっ⁉ 紫蘇ドレッシングもちょっと味見させて!
からんからん。
入り口の扉が開いて、店内にもう一人店員の女性が入ってきました。こちらもネットで見た顔です。でも写真と実物では大違い。そのあまりの美しさに二人はおしゃべりも忘れて思わず固まってしまいます。
「あらお客様ですのね。いらっしゃいませ。どうぞごゆっくり」
緊張してしまったところに掛けられる優しい声。とんでもない美人の意外にも愛嬌のある笑顔に思わずうっとりの女の子たちです。
綺麗。かっこいい。歩き方とか全部違う。もう立ってるだけで違う。いい匂いしそう。あんな風になりたい。無理無理素材から違うもん。
小声ではしゃぐ女の子たちに、藤葛も悪い気はしません。
「兵太郎、二階とテラスのお掃除終わりましたよ」
「ありがと、藤さん」
呼び捨てっ!? 藤さんっ!?
女の子たちの妄想ははかどります。どっちが奥さん? やっぱり、でも距離感が。ええ、わかんない、どっち?
気を使って小声で話しているつもりの二人ですが、他にお客さんのいない店内ではカウンターまで丸聞こえです。
「どっちも僕の奥さんですよ」
兵太郎が答えると、ええ~っとノリよく驚きリアクション。でも美人店員二人もそうじゃ、そのとおりですと頷いています。女の子たちはまたきゃあきゃあと喜びました。
「お待たせしました、スペシャルオムライスですじゃ。これよりの店主がオムライスに幸運の魔法を掛けさせていただくのじゃ」
紅珠がいつもの口上を述べるのを、女の子たちは慌てたように止めました。
「あっ、待ってください。その魔法、紅珠さんのお顔でお願いできますか?」
「私は藤葛さんでお願いします!」
「なんと、儂でよいのか?」
「あらあら、私ですか? せっかくのスペシャルですのに」
驚く紅珠と藤葛に女の子たちは言います。
「はい。できたらお二人と一緒に写真撮っていただきたいんです」
「それでネットに上げさせて貰えたらと」
なるほどとうなずく紅珠と藤葛。女の子たちは「インジャネ?」や「キタ――!」がいっぱい貰えてラッキー。お店は宣伝になってラッキー。WIN-WINのみんなハッピーな提案です。
「勿論かまわぬのじゃ」
「ええ、ええ。是非お願いいたしますわ」
やった~、とはしゃぐ女の子たち。では早速参りましょう。
しゅるしゅるしゅるる。
兵太郎の右手に握られた大小三本のスプーンが唸ります。ええっ、凄くない? オムライスの上に現れた紅珠と藤葛に女の子たちは目をみはるばかり。
凄腕の兵太郎ですが写真の方は撮る係。人間相手ではあんまり映えませんからしかたありません。
「じゃあとりますよ~。はい、チーズ!」
ぱしゃりと響く合成されたシャッター音。すぐさまSNSに投稿です。二人にとっては外食の時の定番作業。映えごはんに感謝感謝、いただきますの一種です。
すぐに数件の「インジャネ?」が付いたのを確認したら改めて、オムライスと向かい合っていただきます。そこでハタと気が付くのです。
確かに映えることこの上ないご飯。でもそれ以上に、なんておいしそうなのでしょう。二人美人店員さんと同じように、写真からはわからない圧倒的情報量。
漂うバターとケチャップの香りに突如湧き上がる生唾をごっくん!
「おいしっ!? なにこれ!」
「オムライスってこういうんだっけっ?」
見て美しいのももちろんですが、やっぱり食べて味わってこその兵太郎ご飯なのでした。
******
ちりんちりん。
「兵太郎、兵太郎! 大変です、コリアンダーが!」
二人がオムライスを堪能していると、店の中に小さな男の子が駆け込んできました。でもお客さんがいるのに気が付くと、あっと声を上げて慌てて外に出ていってしまいます。
今の子誰だろう。凄く可愛かったよね。この家の子じゃない? でもお父さんを名前で? じゃあどっちかの……。ちょっとアンタ!
人と人の間に物語を見つけようとするのは人の常。二人の妄想がはかどります。
ちりんちりん。
男の子と入れ替わりにまた誰かやってきました。今度は黒いタキシード風の制服に身を包んだ男性の店員です。どことなくさっき入ってきた男の子に似ています。兄弟かもしれません。
二人に気が付くと男性店員はぴしりと背筋を伸ばし、右手のあたりに胸を当てて頭を下げました。
「いらっしゃいませお客様。こくり家へようこそおいでくださいました。どうぞごゆっくりお過ごしください」
なんだか大げさな動作ですが店員がものすごいイケメンなせいで様になっています。
思わずどぎまぎしてしまう二人にふっと軽く笑みを向けた後、男性店員はカウンターの奥にいる店主に向かって話しかけました。
「兵太郎、兵太郎、畑の見回り終わりました。紫蘇は落ち着いたみたいですが今度はコリアンダーが張り切りすぎて大変です」
「そっかあ。じゃあ夕食にいただこう。ありがと、クロちゃん」
呼び捨て! ちゃん付け!? そっくりだし。店長さんとはどういう関係? どうって……。ちょっと待ってじゃあ男の子の方は? アンタ声が大きいって!
慌てて口をつぐみますが最初から全部丸聞こえです。二人の疑問にイケメン店員が誇らしげに胸を張って答えました。
「僕ですか? 僕は兵太郎の家来です」
!!!???
もんもんもん。
女の子たちは何故か真っ赤になりました。
いらっしゃいませ!イイネ! の仕様が変わりましたね。これが意外と嬉しくって。どんな風に感じてもらえたかな、ってわかるのは嬉しいです。そんなわけで気に入っていただいたお話にはぜひ、ぽちっとどれか押してくださいませ。私のパワーになります。




