とっておきの裏メニュー
「クロちゃん、畑から三つ葉をとってきてくれるかな。食べごろのお願いしますって言えば出てきてれるから」
「わかりました、兵太郎!」
お仕事を任されてテンションが上がったクロが転がるみたいにお店の外へ駆け出していきました。すぐに戻ってくるでしょう。
その間に兵太郎はフライパンで一口大に切った鶏肉を焼いていきます。焦げ目がつくまで焼くのが兵太郎流。玉ねぎも加えてしんなりするまで火を通します。
「はあ、ええ匂いだあ」
伊達がうっとりと目を閉じました。鶏肉が好きで鶏農家になったくらいですから、鶏の皮から溢れだず油が焼ける臭いはたまりません。
からんからんと入り口の鈴が鳴り、出ていった時と同じく転がるみたいにクロが駆け込んできました。
「兵太郎、兵太郎、三つ葉です。一番おいしいのを出してもらいました!」
「おお早いねえ。流石クロちゃん。ありがとね」
クロから受け取った三つ葉を軽く洗います。すると当然三つ葉は水浸し。水分は味を台無しにする料理の大敵です。
兵太郎は手に持った三つ葉を反対の手でぽんと一つ叩きました。すると葉っぱが先っぽまで生きているように身震いし、水気のほとんどが吹き飛びました。残ったわずかな水分もキッチンペーパーで丁寧に拭き取ります。えへらと兵太郎が笑えば、水気が完全に無くなった合図です。
お砂糖、お醤油、ペットボトルに作り置きしてある兵太郎印の和風だし。お酒とみりんを少々。
フライパンに加えて煮詰めていくと、焦げ目のついた鶏肉に美しい照りが生まれます。
解いた卵を流し込み菜箸で鶏と合わせたら火を止めて、三つ葉を加えて蓋をします。
伊達がごくんと唾を飲み込みましたがもうちょっとだけ我慢です。今フライパンの中であわさった食材たちが自分たちでおいしくなっているところです。
伊達だけではなく、他の妖怪たちもそわそわし始めました。だって蓋をとじる前、兵太郎がちらりとフライパンの中を見せたのです。あれは絶対わざとです。卵でとじられた鶏肉なんて卑怯です。
伊達の卵のもつややオレンジがかった濃い黄色に、三つ葉の緑が良く映えてなんとも食欲をそそります。
さあもう十分待ちました。これ以上待たせたら大変です。何が大変って夜とかが。どんぶりに大盛に盛ったご飯を覆い隠すまで、たっぷりのせて出来上がり。
こくり家の賄いご飯「親子丼」。鶏と卵のおいしさをとことんまで味わえる、メニューにはない一品です。
もしもだれかが夜中にこんなお話を書いたらきっとお腹が空いて仕方ないでしょう。翌日は親子丼を作るに違いありません。
「こりゃあうまそげな親子丼だあ」
伊達はもちろん親子丼が大好物。以前は有名店を回って食べ比べをしていたくらい。でもそんな伊達でも光る親子丼と言うのは初めてです。
期待に胸を膨らませて箸を持ちました。
どんぶりを手に書き込むようにぱくり。食べた伊達は一つ目小僧みたいに目を丸くしました。
「こ、こりゃあ!」
兵太郎印の出汁がしみこんだ玉ねぎの柔らかな甘みと旨味。焦げ目をつけた香ばしい鶏がごろ~りごろり。その全部を包む、黄色い卵が卵がとろ~りふわり。
「ね、おいしいでしょ。伊達さんのお陰だよ」
兵太郎が嬉しそうにえへらと笑います。
「これがあっしの鶏・・・・・・!」
鶏にも卵にも自信を持っていました。どこにも負けないものを作っていたつもりでした。でもそれでも思ってしまいました。
うちの鶏と卵は、こんなにおいしかったのか?
いえ、もちろん他の鶏ではありません。間違いなく伊達の鶏です。でもここまでおいしくなるなんて。
伊達がこだわった餌の種類や量、水、温度、湿度、広さ、飼育数、等々。その一つ一つがそれぞれ正しかったと認められるような幸福感。
「えへ、えへへええ。そうだあ。あっしが作った鶏だあ。うめえ、うめえ。えへえへえ。あっしは幸せモンだあ」
伊達はおんおんと泣き始めてしまいました。でも食べる手はとまりません。おんおん泣きながらおいしそうに親子丼をかきこみます。
「鶏と卵とご飯でできているのにオムライスとは全然違うものになるのじゃな。オムライスも旨いが……これはなんとも後を引くの。止まらぬのじゃ」
「ええ、ええ。思わずかきこんでしまいますわね。三つ葉の香りがたまりません。少しだけ火が通った食感がなんとも」
「おいしいです、おいしいです。あつ! 兵太郎、兵太郎、大変です。僕の親子丼が無くなってしまいました!」
「わあ、クロちゃん早いねえ。おかわり食べる?」
「お願いします!」
「はいよー。他にお代わりいる人は?」
びゅんと伊達が手を上げました。負けじと紅珠もそれに続きます。
「わ、私は少なめで……」
藤葛も結局手を上げました。何も恥ずかしがることはありません。少なめと言ってもどんぶりご飯です。お代わりするってだけでたいしたものです。
美味しい親子丼は大妖怪たちにも伊達の鶏で作った親子丼は大人気。それがまた嬉しくて。
「兵太郎さん、アンタあほんと凄い人だあ」
うおんうおんと泣きながら、伊達はおかわり親子丼を食べました。全部で三杯食べました。




