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第60話 妖怪「伊達」

 昔々。縫霰(ぬあれ)山のふもとの村に一匹の鼬がおりました。


 鼬は神様の留守を狙って神社に忍び込みました。捧げものをつまみ食いしようという魂胆です。


 ここの神様は狐だというのは知っています。見つかればただでは済まないでしょうが、何、見つからなければいいだけのことです。狐なんて所詮、体が大きいだけの薄鈍(うすのろ)です。


 捧げものの中に首を切られ血を抜かれた白い鳥がおりました。まるまると太った見たことの無い鳥です。食べてびっくり。なんておいしいのでしょう。山の鳥とは全然違います。


 ちょっとだけ食べて逃げ出すつもりがつい夢中になってしまい、帰ってきた神様に見つかってしまいます。恐れる鼬に、神様は笑って言いました。



「旨いじゃろ。それは人が作ったのじゃ」



 人が作る? 鼬には意味が分かりませんでした。



「そう恐れるな。供物を盗み食いしたとて咎めはせぬ。じゃが儂は人の神じゃ。豊穣を司るものじゃ。もしもお前が鶏小屋を襲い人を害するなら排せねばならぬ。それは忘れるでないぞ」



 やがて鼬は人里に鶏小屋を見つけ、神様の言葉の意味を知ります。


 あの美味しい鶏をもう一度食べたい。でも神様との約束は破れません。


 自分が人だったらいいのに。美味しい鶏をいっぱい作って、いっぱい食べることができるのに。鼬はそう思いました。



 それは神の奇跡か想いの力か。はては十化け(とばけ)と名高き妖鼬の業か。



 うろうろと鶏小屋の周りを回るうち、やがて鼬は人の童の姿となりました。



「行くとこがねえのか? うちさ来るか?」


「おめえは真面目だ。良く働く偉い奴だ」



 鼬は伊達と言う名を持つことになりました。下の名前もあったのですがお父さんがいなくなってしまってからは長く呼ばれることがなかったものですから、もう思い出せません。


 人になった伊達はおいしい鶏を作るために頑張りました。勉強もたくさんしました。伊達の作る美味しい鶏はたくさんの人を幸せにしました。その美味しさにはお父さんもびっくりしたくらい。えらいお殿様に献上したことだってあるのです。


 長く生き続ければ怪しまれます。時折童の姿になり、あるいは女の姿になり。代々の伊達として伊達は在りました。元より十化け。人間だろうが妖だろうが、伊達の変化を見破ることができるものなどおりません。


 伊達はもうただの鼬ではありませんでした。おいしい鶏を作る「伊達」と言う妖怪になったのです。



 でも。



 人の世はうつろいます。いつしか美味しいだけではやっていけなくなりました。伊達の鶏を欲しがる人はいなくなってしまいました。加えて変化だけでは人として在るのも難しくなってきました。


 伊達はおいしい鶏を作る妖怪です。それ以外のことはできません。だから伊達はおいしい鶏を作り続けました。だんだんと自分と言う存在が希薄になっていくのを感じながら。



 そんなある日のことです。



 なんだか間の抜けた顔をした男が、今はもうずいぶん小さくなってしまった鶏小屋の金網に手をかけて、きらきらした目で中を覗いておりました。



「なんだあ、アンタあ」



 敷地の中まで入り込むなんてもしかして泥棒? 訝しんだ伊達が声をかけると、男はそのキラキラした目を伊達に向けて聞いてきます。



「貴方は、この家の方ですか?」


「ああ、んだども」



 伊達が答えると、男はぱっと顔を輝かせます。なんて嬉しそうな顔でしょう。久しぶりに向けられた「感情」に戸惑う伊達に、男は頭を下げました。



「どうかこの鶏を僕に売っていただけませんか? お願いします。この鶏じゃなきゃダメなんです」




******




 さて時は現在。こくり家の妖怪たちに衝撃が走っておりました。


 喫茶店ですから卵は色々なところで使います。こくり家のメニューでは鶏肉もかなりの確率で使用しています。兵太郎が麓の農家さんが作る鶏と卵に惚れこんでいるからです。


 その全部を作っているのがこのよれよれのおじさん。正体は鼬の変化だという伊達さんです。つまり伊達さんがいなければ、オムライスもケーキもタルトも食べられないのです。



「伊達さん、伊達さん。重ねて無礼のお詫びを申し上げます。ボクは兵太郎のケーキが大好きです。オムライスもカルボナーラも大好きです」


「先ほどはとんだ失礼を。良くぞいらしてくださいました。私は兵太郎の作るタルトが大好きでして。ああ、お洋服が濡れてしまいましたわね。お風邪などひかれては大変です。さあさあ、どうぞ店内へ。お着替えを用意いたしますわ」


「鼬よ。いや今は伊達というのじゃったな。儂は苺のショートケーキが好きじゃ! おお、無論チキンドリアもチキンソテーも大好きじゃぞ。それからカスタードクリームと言うものは最高じゃのう!」



「へ、へえすまんこって、すまんこって」



 はるか格上の妖怪たちの大歓迎に伊達のおじさんは目を白黒させました。



いつもご来店、誠にありがとうございます。


楽しんで頂いただけていると良いのですが。私はそれを食べて小説を書いています。


エモート、ご評価、感想など、どうぞ宜しくお願いします。楽しんで頂いている実感があらと、凄くパワーが湧いてくるのです。

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