不審者襲来?
ちりんちりん♪
「邪魔するぜい!」
まだ開店していない「こくり家」にお客さんがやってきました。
やんちゃなお爺さんとその孫のような娘の二人連れと言う変わった取り合わせです。
カウンターの中で一生懸命にグランドメニューを考えていた兵太郎は慌ててしまいました。
「あ、すいませんまだ営業始まってなくって」
「ああ、すまねえ客じゃねえんだ」
お爺さんはそういうと、そのままずかずかと店内に入り込んできました。でもお客さんでないなら尚のこと勝手に入ってこられては困ります。
「あんたが兵太郎か?」
お爺さんはじろじろと兵太郎を品定め。孫娘もお爺さんの影から控えめに、でも興味深そうに見ています。
「はあ僕は確かに兵太郎ですが」
「ほほう。こいつは確かになかなかの」
お爺さんは何やらうんうんと頷いています。でも頷かれてもこまります。
「あらあらどなたでしょう。まだ開いていないと兵太郎が言っておりますのに」
口調は丁寧ですが底冷えのするような声。カウンターの前、お爺さんの視線を遮るように立ったのは兵太郎の奥さんの一人、藤葛です。
「二人とも人間ではありませんね。一体如何なる御用でしょう?」
えええ、と驚く兵太郎。でも緊張感のあるシーンなので割愛します。
藤葛が放つ迫力は並の妖怪ならそれだけで霧散してしまいそう。しかしお爺さんは連れてきた娘を背に庇いはしたものの怯んだ様子すら見せません。
「あんたもしかして藤の大狸か? こいつは驚いた」
「あらあら私をご存じですか。でしたらすぐにお帰りになったほうが良いのでは?」
「いやあ、それがそうもいかなくてよ」
藤葛は内心舌打ちをしました。
このお爺さん、妖力はそれほどでもありません。しかしそれとは別に何やら不気味な底の深さを感じます。背中に庇っている娘だってどんな力を秘めているかわかりません。
藤葛が本気で戦ったなら後れを取ることはまずないでしょう。
しかし兵太郎に何かがあっては大変です。
それに藤葛だって怪我をするわけにはいきません。このカフェは藤葛自身。オープンは間近に迫っているのです。
紅珠は迷わず最も確実な手段を選択しました。
「あなた達。すぐに紅さんとクロを呼んできて下さいな」
藤葛の命令を受け、天井の梁や窓枠に控えていたやなり達が飛び出していきました。二人は裏の畑にいますがすぐに駆け付けてくれるでしょう。
さてそれまではこの得体のしれない相手から、兵太郎を守らなくてはなりません。
「ああ待て待て、藤の狸。俺はその紅珠に頼まれて来たんだ」
お爺さんは両手を前に出し、ぶんぶんと振って見せます。
「紅さんに、ですか?」
油断なく身構えながら藤葛は会話に応じました。相手の言っていることが嘘でも本当でも構いません。答えはすぐにわかります。
「おう。それと握り飯の礼だな。ありゃあうまかったぜ。兵太郎、ご馳走さん」
お爺さんはそういうと、藤葛の後ろにいる兵太郎にひらひらと手を振ります。後ろの娘も同じように、お爺さんの影から手を振りました。
どっ、と力が抜ける藤葛。そういえば先日紅珠がおにぎりを持って出かけています。確か道の神の協力を取り付けるためだと。
道の神ならばこの得体のしれない妖力にも納得がいきます。兵太郎のおにぎりを食べたというならなおさらでしょう。
「ああ~、紅さんの友達ですか。それならそうと言ってくれれば」
「驚かさないでくださいまし。何が来たのかと思いましたわ」
兵太郎は知らない人が入ってきたら困るなあと思っていただけ。でも藤葛にしてみれば「何が来たのかと思った」は決して冗談ではないのです。
「わりいわりい。しかしこっちこそ驚いたぜ。紅珠と藤の大狸を同時に娶ろうたあ、随分な色男もいたもんだ」
紅珠の知り合いなのは間違いなさそうです。頼まれてきたというのも嘘ではないのでしょう。
「いささかの不本意はありますが、兵太郎ですので仕方がありませんわ。もちろんこれ以上増えられては困りますが」
「ちげえねえ」
お爺さんはくかか、と笑います。
そこにばんとお店の戸が開いて、紅珠とクロが駆け込んできました。
「藤よ、何があった!」
「兵太郎、兵太郎、無事ですか!」
二人の剣幕にびっくりしてなるのを忘れていたドアの鈴が、後から遠慮がちにちりんとなりました。




