道祖神のおにぎり
べべん。(ラップ音)
薄く透ける布地を重ねて作られた着物は、無垢なる白と新芽の緑。
細い手足と透けるような白い肌は、風でも吹けば消えてしまいそう。
齢の頃なら十の半ば、かくも儚く美しき乙女に森の中で出会ったのならばご用心。
べべん
それは男を惑わす美人ヤンデレ妖怪、木の娘。
もしも覚悟の上だというのなら、添い遂げるのもまた一興。
彼女が見せる夢の中、共に幸せな日々を過ごせましょう。
どこまでも一途な彼女から、貴方が逃げ出したりしなければ。
べべんべんべん。
そんなわけで若木ちゃんの人間バージョンです。
「まじかあ! 俺の嫁可愛すぎんだろ!」
男ならば誰でも手を差し伸べ守ってあげたくなってしまうその美しくも儚げな姿は、守り神である山路のど真ん中をずきゅんと打ち抜きました。
「いや嫁て。ついさっき付き合い始めたばっかじゃろ」
紅珠は冷静に突っ込みを入れました。
全くこれだから付き合いたては困ります。交際と結婚は全然違うのです。交際はお互いが好きだというだけで十分ですが、結婚ともなるといろいろこう、なんかあるのです。とっさには思いつかないけど色々。
「いいんだよ。当世言葉ってやつだ。それにおれぁ一度付き合った女と結婚するって昔っから決めてんだよ」
「何言っとんじゃこの純情爺さんは」
現実見ろとかおとぎ話がどうのとかさんざん言っていた癖にと納得いかない紅珠ですが、若木の娘的にはアリなようで、頬をぽっと染めました。
「いいね~いいね~、その恥ずかしがるところもたまんないねえ!」
ひゅうひゅうと口笛を吹きながら、ちゃらいお爺さんが孫みたいな年の自分の彼女を褒めまくっています。
彼女の方はというとやめてよ~とばかりに口をとがらせて、腕をぶんぶんと振っています。
つまりまんざらでもなさそうです。
紅珠はなんだかとっても疲れました。
「ええい、いちゃいちゃは後でするのじゃ。話が進まぬ」
紅珠にそういわれて、山路はやっと紅珠のことを思い出しました。
「おお、そうだった。しっかりしろ紅珠、こんなに衰弱して。俺と若木ちゃんの為に無茶な力の使い方しやがって」
「なんかその言い方気に入らんのじゃ!」
確かに紅珠は衰弱はしていますが、妖力の枯渇によるものではありません。山路と若木の為と言うよりは、山路と若木のせいと言った方がいいでしょう。
「皆様、準備が整いました。どうぞおかけください」
山路と紅珠が漫才をしている間に、優秀な従者クロがビニールシートを敷き、おにぎりとお茶を用意してくれていました。
「おおそうだった、あの握り飯をいただかねえと」
そうです。おにぎりをみんなで食べるために人間になったのです。いちゃいちゃするためではありません。いちゃいちゃは木と石のまんまでもできますからね。
それぞれの思い思いに腰を下ろし、国道を見上げながらのピクニックです。
若木は山路の隣にピッタリくっついて座りました。
何せ苗木の頃から山路にくっついていたのです。くっついているのがデフォルトです。
「山路様、若木さん、こちらをどうぞ」
山路が渡された包を開くと、中には大きなおにぎりが二つ、不思議な光を放っております。
「なんと、岩魚飯の握り飯なのか? こいつは美味そうだ。どれ早速」
山路は豪快におにぎりにかぶりつきました。
「うんめえええええ! なんだこれ!」
一口食べた山路は大きな声を上げました。
隣では若木もふんふんこくこくと頷きながら必死でおにぎりを食べています。
紅珠とクロは初めて食べる二人への優越感に浸りながら、余裕たっぷりにおにぎりに噛り付きました。
ところがいざ食べてみると。
「旨っ!? なんじゃこれは!」
「昨日と全然違う!」
そうなのです。岩魚ご飯をただ握っただけではありません。
炊き立ての岩魚ご飯のおいしさを知っている二人でしたが、おにぎりはまた違った甲乙つけがたいおいしさです。
これは兵太郎が時間をおいてから食べることを想定して作ったおにぎり。
強めの味付けに竹の皮の香り。冷めてもおいしさが損なわれるのではなく、時間を置くことで互いに馴染んでしっとりまとまり深い味わいをつくりあげています。
山路が大きなオニギリをぺろりと平らげ、早くも二つ目にかぶりついているのをみて、クロは慌てて止めました。
「山路様、2つ目のおにぎりは全部食べてしまわれませぬよう。少し残してこちらのお椀に入れ、出汁茶漬けにてお楽しみください。この出汁も兵太郎が岩魚からとったものです。山椒をお好みでどうぞ」
しっかり説明ができてクロは心の中でガッツポーズ。いずれはカフェの職人として働くのですから、このくらいは余裕です。
「ほほう、おにぎりを茶漬けにか。それもまた旨そうだな」
言われるがままに、山路は大きなおにぎりの半分をお椀に入れて、魔法瓶の水筒から出汁を注ぎます。
「ふおおっ、こいつはたまらん!」
骨からとった熱い出し汁と、岩魚の身をほぐして混ぜ込まれたご飯。この再会は偶然ではありえません。なんていうかもう、運命。
そうまさに山路と若木。
若木ちゃんも細い体に似合わずぺろりと大きなおにぎり1つ目を平らげると、山路の真似をしてお茶漬けを作り始めました。
「山椒もよく合うのう」
「つんとするけどおいしいです」
紅珠とクロも大満足。
合計八個の大きなおにぎりは、あっという間になくなりました。




