おとぎ話の王子様?
「またな、じゃないわまったく。そもそも今日はお前に頼みがあって来たんじゃ」
「あ、そうだったの? じゃあ早く言って。俺たち忙しいから」
「わさわさ」
「二人してあからさまに邪魔者扱いするんでないわ! 」
「そんなことしてないよねえ。若木ちゃん」
「わさわさ」
「いちゃつくんじゃないわこの付き合いたてカップルめが。 大体忙しいってなんじゃ、さっきまで岩だったくせに」
見せつけるようにべたべたと絡み合う石と木に紅珠はおかんむりです。でも大事な旦那様の為に、このイチャイチャカップルから協力を取り付けないといけません。
此処は頑張りどころです。帰ったら一杯頭を撫でてもらうことにしましょう。
「まあいい。クロよ、山路に儂らが此処に来た理由を説明するのじゃ」
「畏まりました。紅様」
紅珠に大役を任せられて、クロはしっぽがぴんと張るような思いです。
「道祖神山路様、恐れながら申し上げます。ボクはクロちゃん。兵太郎とその奥様達に仕える妖です」
「なんと、名持ちの狗狼か。ご丁寧な挨拶痛み入る」
驚いたように目を見張った後、山路も丁寧にお辞儀を返してくれました。
山路はちゃらいお爺さんですが、礼には礼で応じてくれるようです。どうやらうまく挨拶できているようで、クロは内心ほっとしました。
「で、クロ殿は何故、紅珠と一緒にここにいらっしゃった」
「決まっておろう。クロが仕える兵太郎の奥さんというのが儂じゃ」
クロが説明するより早く紅珠が自慢げに言いました。実はさっきからずっともう言いたくてたまらなかったのです。
「ああ、そういう……って、えええぇえええ!!!??、紅珠お前奥さんになったの?」
大岩が低く渋い声で素っ頓狂な声を上げました。
してやったり、と紅珠は口元を緩めました。そうです。紅珠には兵太郎がいるのです。なので目の前で石と木がべたべたじゃれあっていても全然平気なのです。
きっと山路は相手はどんなやつなのかとか、どんなところが好きなのかとかいろいろ聞いてくるでしょう。何を聞かれても答える準備は万全です。とくに出会いについては一万字(「こくり家」5~6話分)くらいの短編小説に仕立ててあります。
「あの紅珠が? 『旦那にするなら気は優しくて働き者でお人よし、人に騙されても気が付かないくらい純粋で、貧しくても誠実に生きていて、道で罠にかかっていた鶴を見つけたら思わず助けちゃうような、そんな人間の男じゃなきゃダメじゃ』とか夢みたいなことばっかり言ってたあの紅珠が、ついに妥協したの?」
山路の反応は紅珠が思っていたのとなんか違いました。心外です。
「誰が妥協するかあ! そこは譲らんわ!」
「妥協じゃない? なんだ妄想の話かよ。驚いちまったじゃねえか」
「妄想ではないわ! 兵太郎は実在するのじゃ!」
思わず大声を上げてしまった紅珠をみながら、山路ははああと深いため息をつきました。
「紅珠。お前さあ、いい加減気が付けよ。いや若い妖ならわかるよ? 人間に助けてもらって、そいつのトコに押しかけて嫁になるなんてロマンチックなおとぎ話に憧れるのは。でもお前ももう千超えてんだろ? そろそろ現実見ろよ。」
「現実の話じゃ! あと年関係ないじゃろ! んでその言い方ハラスメントじゃからな!」
「んなこと言ったって仕方ねえじゃねえか。いいか? 妥協は別に悪いことじゃないんだって。仁吉さんも茂平さんも現実にはいねえんだからよ」
「いるもん! 兵太郎いるもん!」
「おいおい、何も泣くこたあねえだろ。しょーがねえな。わーかったって。俺が悪かったって。いるいる。お前の中にな」
「話を聞けえ! 兵太郎はなあ、初めて出会ったときに儂の身体をそれは丁寧に」
「そうだな。その日が待ち遠しいな。大丈夫いつか会えるさ、その兵太郎? みたいな男にな」
「うきいいいいいいいい!」
山の神でもある大妖怪は顔を真っ赤にして地団駄を踏んでいます。紅玉の威厳が損なわれてしまっては大変と、クロは山路にやんわりと苦言を呈することにしました。
「山路様、紅様をいじめないでください。兵太郎は実在します」
「ええ、クロちゃんまでそんなこと言うの?」
さっきはクロ殿と呼んでいたのに、クロちゃんになってることに、クロは気が付きましたがちゃんと我慢しました。
クロの名前は兵太郎がつけたので、自分でも名乗った通りクロちゃんが正しいのです。でもちょっとクロ殿はかっこいいなと思っただけなのです。
「ボクの名前を付けたのは兵太郎です。兵太郎は紅様の妄想ではありません」
「え、まじで? 嘘だろ、兵太郎実在するの? 」
紅珠の旦那様はやっと妖怪から存在を認めてもらえたようです。紅珠も一安心。これでやっと本題に入れます。
「でも存在するのもどうなの? そいつ人として駄目じゃない?」
「たわけが! そこがいいんじゃろが!」




