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道祖神、山路

 これは今から数年ほど前のお話です。



 山路(やまじ)は遠くに見える国道を眺めながら暮らしておりました。



 かつては道祖神として人の行き来を見守っていた道祖神山路(やまじ)でしたが、あるとき道の拡張工事に伴い、離れたところに移動されることになりました。


 人の為に在る神が、人の都合で居場所を移されるのは仕方がないことです。


 その後またしばらくして縫霰(ぬあれ)新道と呼ばれる国道が通され、山路の見守ってきた縫霰峠(ぬあれとうげ)は旧道と呼ばれるようになりました。


 すっかり人通りは減り、山路は在るだけの神となりました。


 山路だって寂しいとは思います。でもやはり仕方ないことなのでしょう。


 人の世はうつろうもの。人と神との関わり方も変わります。


 それに考え方によっては旅人を守るなどという重い責任から解放されたともいえるのです。只の岩として気楽な余生を送るのも悪くないかもしれません。


 時々は、無事に目的を遂げた旅人が、帰り道にありがとうと置いていった竹皮の包みを懐かしく思うこともありましたが。


 そんなある日。


 山に長い長い大雨が続いた時期がありました。


 山の神の奮闘もむなしく、山のあちこちで土砂崩れが起きました。


 地盤がしっかり作られた道路ではなく、その脇に作られた山路の居場所も同様に、山路の重さに耐えることはできませんでした。


「守り神の山路さん」として慕われていたころならいざ知らず。山路自身にも、自分を支えることなどできはしません。


 山路は谷底へと転がり落ちていきました。


 谷底は山に降り注ぐ雨を集め、川のようになっていました。自分の大きな体が人に被害を与えなかったことは、山路にとってせめてもの幸いでした。


 しかし谷底に落ちた道祖神を尋ねるものなどおりません。いよいよお役御免ということでしょう。


 遠く上の方に新道が見えます。もう山路の力は届きませんが、どうかあそこを通る人々が無事に目的地につけますように。



 しかしその時。



 たすけて、たすけて、たすけて。



 守り神としての本質なのか、責任感によるものか。山路の薄れていく感覚が小さな小さな悲鳴を捕らえました。



 人ではありません。


 濁流に流される小さな小さな苗木。いえ、森にすむ(あやかし)、木の娘の子供でした。



「嬢ちゃん、じっとしてな!」



 それは奇跡か偶然か。あるいは燃え尽きる前の蝋燭の炎か。幼い妖の悲鳴が、道祖神山路に最後の力を与えました。


 数十年ぶりに妖力で編み上げた動くための身体は見事に苗木を濁流から拾い上げ、山路の岩の体の上へと置いたのです。



「雨が収まるまではそこにいな。すまんが後は自分でなんとかしてくれ」



 それだけ言うと、最後の仕事をやり遂げたことに満足し、今度こそ本当に、山路はただの岩となったのでした。



******



 そして現在。



「石の名を呼ぶとは、どんな代わり者かと目覚めてみれば。お前だったか、紅珠」



 大きな岩が声を出しました。低く、おなかの底に響くような年を取った男性の声です。


 傍で見ていたクロはその声に含まれる威厳に気圧されてしまいました。



「うむ。久しいのう、山路(やまじ)よ。息災そうで何よりじゃ」


「なあ~にが息災だよ。ぼろぼろだっつうの。見てわかんないのかよ」


 紅珠の呼びかけで目を覚ました山路ですが、まだ寝ぼけているのか、今の姿を自覚していないようです。



「とんとわからぬのう」


「いやわかれよ。こんな谷底まで落ちてきたんだぞ。おかげでもうほとんどただの岩だっつうの」


「何を言う。割れなかっただけよかったではないか」


「あーね」


「あーねはやめんか、そのなりで」


「若者言葉は老けないための秘訣なの。お前こそじゃとか使ってんなよ。老けるぞ「老けんわ!」あれ、何で俺喋れてんの? さっきまでマジで意識なかったんだけど。只の岩だったんだけど」



 低く、地を揺るがすような岩の声は、意外とチャラいしゃべり方をします。クロはなんか気が抜けました。


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