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大岩の神様

 ちゅんちゅんちゅん。あソレちゅんちゅんちゅん。


 どうしてスズメは鳴くのでしょ。


 そんなの雀の勝手でしょ。


 ちゅんちゅんちゅん。あソレちゅんちゅんちゅん。



***



 ふぁあああ、と大きなあくびをしながら兵太郎が店先に出てきました。


 今日も寝坊のようです。全く仕方ないですね。


 朝の掃除はクロが済ませてくれていたので、兵太郎は朝ごはんから。


 兵太郎特性ふわふわパンケーキに、今日は焼いたハムとチーズ、それにスクランブルエッグを添えて。


 美味しい朝ごはんに舌鼓を打った後、紅珠から兵太郎にお願いがありました。


 なんでも旧い知り合いを尋ねるので、昨日と同じ岩魚ごはんを作っておにぎりにして欲しいというのです。


 岩魚はねぼすけ兵太郎が起きる前に、既に紅珠が捕まえてきていました。


 紅珠の旧知ともなれば大切にしなければいけません。


 兵太郎は二つ返事で岩魚ご飯のおにぎりを作ると、魔法瓶に入れただし汁と一緒に紅珠に持たせました。



「いってらっしゃい。お友達に宜しく」


「うむ。行ってくるのじゃ。クロを連れていくからの。お前様は外に出てはならぬぞ。くれぐれも藤葛の目の届くとこにおるのじゃ」



 大げさだなあと兵太郎は思いましたが、昨夜のイメージクラフトを思い出して素直に頷きました。



「わかった。今日は家の中にいるよ」


「うむ。藤よ、兵太郎をよろしく頼むのじゃ」



 紅珠にとって自分と同じく兵太郎の奥さんである藤葛は、最大のライバルであり、同時に頼れる仲間です。


 おかしな輩を兵太郎に近づけさせはしないでしょう。



「心得ましたわ。二人ともお気をつけていってらっしゃいませ」


「はい、藤様、兵太郎、行ってまいります」



 紅珠とクロを見送った後、藤葛と兵太郎もそれぞれお店のオープンに向けて準備です。



「では、私もお昼のおにぎりを楽しみに頑張りますわね」



 藤葛は何処からか取り出した(たすき)で着物の袖をまとめると、お店の中へと入っていきました。異空間になっている二階の改装を始めるようです。


 こんな時に兵太郎を独り占めしようとしないところが、藤葛のいいところなのでした。



 ***



「確かこのあたりだったはずなのじゃが」



 長い私道を抜けた先、国道を見上げる谷の下で、紅珠とクロは目当ての(ひと)を探します。



「これっくらいの、青白くてごつごつしたおっきい岩じゃ」



 これっくらい、の所で紅珠は両手を頭の上で広げて見せます。かなりの大きさのようですが、それらしい岩は見つかりません。


 二人が探しているのは昔々に道を広げるために脇にどかされ、その後新しい道も作られて、今ではすっかり忘れ去られてしまったた道の神様のご神体です。



「ずいぶん昔じゃからのう。埋まってしまっておるのかもしれん。埋まった岩を探すのは骨が折れそうじゃの」



 紅珠は祠がなくなってしまってからも、自然に力がたまる都度見回りをしていましたが、山の全てを把握することなどできません。


 悪徳廃棄業者の監視や後始末を優先すれば、いじけてただの岩になってしまった旧い友人のことまでは手が回らなかったのです。


 近くの木々や虫たちも、岩のことは知らないようでした。



「やれやれじゃの。後はお前の鼻が頼りじゃ。クロよ、頼むぞ」


「はい! お任せください紅様!」



 紅珠に頼り等と言われれば、子供とはいえワークホリックな一族であるクロのテンションは爆上がりです。


 どんなにかすかな妖力も見逃すまいと、ふんふんと鼻をならし始めました。



 ***



「紅様、紅様、見つけました。このお方では?」



 妖力を頼りにクロが見つけた岩は、木の根元にありました。



「クロよ。(ひと)に向けて指を指してはいかんぞ。それは失礼じゃ」


「申し訳ありません紅様」



 紅珠に言われてクロは慌てて手を引っ込めます。



「うむ。礼を失するは呪いに通ずるのじゃ。兵太郎の家来ならば弁えねばならぬぞ。それはそれとしてよう見つけた。大儀じゃったな」


「ありがとうございます!」



 岩の上の木は細く、高さも大人の背丈ほど。でも根っこだけはしっかりと、岩を抱え込んでいます。これでは地面から栄養を得るのも大変そうです。



「若木にまで迷惑をかけおって。仕方のない奴じゃ」



 紅珠は旧友の駄目っぷりにため息をつくと、石の上に根を張る細い木を優しく撫でました。



「こやつが迷惑をかけたようじゃの。連れていくので退いてやってくれぬか」



 わさわさと木の根っこが動き出しますが、木は石の上を退()こうとはしません。それどころかさらにしっかりと石を抱え込んでしまいました。


 まるで紅珠に逆らうかのような行動です。せっかく紅珠が優しく声をかけているというのに、どういうつもりなのでしょう。クロにはそれを見過ごすことなどできません。



「貴様、このお方を何方と心得る。恐れ多くも山の神にして兵太郎の奥方の一人、大妖狐紅珠様にあらせられるぞ。早々に仰せに応じぬか」



 木は畏れるように根っこを縮こまらせましたが、それでも石を離そうとはしません。



「おのれ、山に住まうモノでありながら、紅珠様の威光に逆らうか!」


「よい。収めよ、クロ」



 思わず激高しかけたクロを紅珠が窘めます。それどころかなんと、木に向かって頭を下げたではありませんか。



「気づかなんだとはいえ不躾なことを申したな。相すまぬのじゃ」


「紅様! 頭をお上げください!」


「クロよ。こちらに否があれば頭を下げるのじゃ。立場が上なればこそ忘れてはならぬ。これも礼儀じゃ」


「しかし、紅様に落ち度など! 」


「あるのじゃ。力あるものの頼みごとは命令にほかならぬ。立場が逆であったなら、儂は地に這いつくばり、どうか取らないでくれ、連れていかないでくれと泣きながら懇願するであろうよ」



 紅珠いわれてやっとクロも気が付きました。


 木はただ理由もなく紅珠の言葉に抗っているわけではありませんでした。


 紅珠やクロを恐れながらも、それでもどうしても石から離れたくなくて、必死に恐怖に耐えているのです。


 それはきっと、昨日兵太郎の家来になるために、紅珠と藤葛の前で土下座した自分と同じなのでしょう。恐くても譲れないものがあるのです。



「たかが神如きに、恋路を邪魔されてたまるものかよ。のう、木の娘よ?」



 紅珠の言葉に、岩を抱きしめた若木がわさわさと揺れました。

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