第40話 尽きない魅力
「あら二人とも、何を飲んでおりますの?」
兵太郎とクロがお風呂を上がって兵太郎が作っていたアイスティーを楽しんでいると、二人の奥さんもお風呂から出てきました。
妖狐神通や狸流変化法で浴衣姿になっています。ちなみに浴衣はその機能性の高さから、流派を問わずどの変身術にも採用されています。
「アイスティーです。兵太郎が作ってくれました」
「藤さんと紅さんも飲む?」
「兵太郎が作ったのですか? それは是非いただかなくては」
「儂もお願いするのじゃ」
湯上りの上気した肌を浴衣で隠した奥さん達はいつも以上に妖しい色気たっぷり。
奥さん達ににへらと見とれながら、兵太郎は二人にもアイスティーを用意しました。
「ふおっ、旨いのじゃ。冷やしても香りは失われぬのじゃのう」
「おいしいです。体の中に染みわたっていくようですわ」
ちゃんと淹れた紅茶を冷やして作ったアイスティーは、暑くなりかけた時期のお風呂上りには最高の飲み物です。
四人でアイスティーを楽しみながら、今日一日を振り返ります。色んな事がありました。
クロがきて、畑ができて、コーヒー橋を渡って、お店の名前が決まりました。
明日もきっといろんなことがあるでしょう。
「じゃあ、そろそろ寝ようかあ」
立ち上がる兵太郎に、紅珠がぼそりと言いました。
「そういえば、お前様。浮気の件がまだじゃったのう」
「あらそうでした。私としたことがついうっかり。今日はいろんなことがありすぎて」
藤葛も思い出したとばかりに手のひらをぽんと打ちました。
「あ、あれ? その件って有耶無耶になったんじゃないの?」
「わっはっは。お前様は馬鹿じゃのう」
「おっほっほ、おかしなことを言いますのね、兵太郎」
戸惑う兵太郎に、顔を見合わせた後、わっはっは、おっほっほ、と奥さんたちが笑います。
「浮気が有耶無耶になるわけがないじゃろう?」
「浮気が有耶無耶になるわけないでしょう?」
奥さんたちがいうことは、至極もっともな話でした。
「あ、あれは、だから違って、そもそも浮気じゃなくてたまたま」
冷や汗をかきながらしどろもどろに言い訳を始める兵太郎に、二人の奥さんたちはにっこりと笑いました。
「ええ、ええ。わかっております。責めているのではありませんのよ」
「二度とそんな気が起きないように、儂らの魅力をたっぷりと知っていただこうと、ただそれだけの話じゃ」
奥さん二人はそういうと、何処からともなくおしゃれ眼鏡を取り出しました。
「妖狐神通『明淵慧眼鏡』!」
「狸流変化術、『視八千代、秘照の装い、改め非尽鏡視の装!』
しゃらんらんらんら~、ててんてんてんて~。
「「プットオン!!」」
た~た~たたたった~、たんたらたんたんたんたらたんたんたん~。
同時変身バージョンのラップ音の中、浴衣がするすると空気中にほどけていきます。
見えちゃうんじゃないかと心配でしたが、ちょうどそこに家の中だというのに偶然落ちてきた木の葉で旨いこと隠れました。セーフ。
ほどけた浴衣は別の形になって再び体へと戻っていきます。
きらりん☆
変身が完全に終了すると、二人はそろってウィンクを決めました。
こうして紅珠はまるでクラス委員長のような、藤葛は美人秘書あらため美人教師のような、知的な装いに変身しました。
ちなみに美人秘書と美人教師の主な違いはスカートの短さとスリットの深さです。
PTAがうるさいですからね。
「え、何? どういうこと?」
この姿は知性をアップさせる装いのはず。なぜ今この二人はこの姿に変身したのでしょう。ついていけない兵太郎の両脇を、美人教師とクラス委員長ががっちりホールドします。
「クロよ。儂らは寝室に行くのじゃ」
「おやすみなさいまし。クロも遅くならないうちに寝るのですよ」
「はい。兵太郎、紅様、藤様、お休みなさいませ」
クロが見守る中、兵太郎がずるずるとカフェの奥へ、さらには寝室へと引きずられていきます。
「え、なに? なんで寝室に黒板と机があるの?」
「狸流変化術、イメージクラフトですわ」
イメージクラフト。それは多くの人間の中に根差す共通イメージを実体ある形として作り出す狸流変化術の奥義です。
ちなみに略称はない。
「きゃああああ、あ~れ~」
兵太郎の姿が寝室に消え、バタンとふすまが閉まると辺りを夜の静寂が包みました。
二人の奥さんに連れていかれた兵太郎に、クロは群れを率いるライオンを想像します。やっぱり兵太郎は凄いのだなと思いました。




