岩魚ご飯
「ごはんだよー」
広い家の中ですが、兵太郎の声はやなりや物の怪たちが届けてくれます。狸流の防音加工でも安心、畑にだって届いちゃいます。
今日のご飯は「ご飯」。それもとびきりの「ご飯」です。
テーブル席に兵太郎が持ってきたのは大きな土鍋。
はらぺこの妖怪たちが興味津々で見守る中、兵太郎が土鍋の蓋を取りました。
もわんと香ばしい湯気が逃げていき、とびきりご飯が現れます。
大きな土鍋に真っ白なごはん。敷かれた昆布の上には軽く焼き目が付いた魚美しい川魚が、豪勢に四匹も並べられています。
「岩魚だ!」
クロが声を上げました。クロは岩魚を知っています。とてもすばしっこい魚でしたが、紅珠はいとも簡単に捕まえて見せてくれました。
そんな紅珠に教わって、二匹はクロが自分で捕まえたのです。
「そうそう。クロちゃんと紅さんがとってきてくれた岩魚だよ」
今夜のメニューは岩魚ご飯。
新鮮な岩魚を炭で焼いた後、米と一緒に土鍋で炊き上げました。
兵太郎が器用に岩魚の身を骨から外し、ご飯と混ぜ合わせていきます。おこげの部分も忘れずに、それぞれの茶碗に盛り付けて、大葉と白ごまはお好みで。
「「「いただきます!」」」
早速炊き立てを頬張ると、岩魚の香ばしい風味が口いっぱいに広がります。
「兵太郎、ご飯が全部おいしいです!」
岩魚の持つ旨味を全部引き出して、お米一粒一粒に詰め直したような岩魚ご飯に、クロは大喜び。自分で捕まえたのですから、おいしさもひとしおです。
「はふ、ほふ。岩魚は炊く前に焼いてあるのじゃな。ふっくらしてて旨いのじゃ」
紅珠は熱いご飯を口いっぱいに頬張って目を白黒。やけどには気を付けなくてはいけませんが、可能な限り熱々を食べたいというのもまた妖の性。
「白ゴマ入れるのももおいしいです」
「私は大葉が好きですわ」
「どっちも入れるのが一番じゃ」
それぞれが好みの食べ方にたどり着いた頃、次の料理が運ばれてきました。
串打たれ、美しく塩化粧された岩魚の塩焼と、紅珠とクロが岩魚と一緒に採ってきたタモギ茸のお味噌汁、それにきゅうりの浅漬け。
山の恵みたっぷりのメニュー。
それと何やら大きな薬缶。
「これは出汁だよ。塩焼き足してお茶漬けにしてみてね」
「なんと、岩魚茶漬けというわけか。これはまた旨そうじゃのう。流石儂の兵太郎じゃ」
「こういうのって楽しいですわね。流石私の兵太郎です」
美人の奥さん二人に褒められて、兵太郎のいつも締まりのない顔がさらににへらと崩れます。料理を作って、褒められて。なんて幸せなんでしょう。
紅珠と藤葛が出汁茶漬けを作るのを見て、クロも真似して作ってみました。
食べてみると岩魚の風味がしみこんだご飯を岩魚の出汁が包み込み、どどんと押し寄せてきました。
「兵太郎、お茶漬けもおいしいです!」
ご飯にお湯なんか掛けたらもったいないんじゃないかと心配していましたが、それはどうやら杞憂だったようです。
大きな鍋にたくさん入っていた岩魚ご飯は、すっかりなくなってしまいました。
食後に、それぞれの皿に残っていた頭と骨を集めて兵太郎が骨煎餅を作ってくれました。
骨をじっくり揚げることで広がる香ばしい焼き魚のような風味。魚の旨味が凝縮されており、噛むほどに広がる淡白で上品な味わい。
カリッとした軽やかな食感が楽しく、噛みしめるたびに旨味がじんわり出てきます。
「骨も頭も旨いのじゃあ!」
「こんなにおいしくなるのですね。確かに捨ててしまってはもったいないです」
最近ではお店で衛生管理の観点から、一度生食用として出した料理の残った部分を別の形で提供することは難しくなっています。
でも家族だけなら問題なし。
四人は美味しい岩魚をそれこそ骨の芯まで堪能したのでした。
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「さっきからずっと気になっとったのじゃが、あの階段はなんなのじゃ?」
食後のお茶を飲みながら、紅珠がいつの間にか店内にできていた二階へと続く階段を指さします。
「うーん、たしか昨日はなかったよねえ」
「あっ、駄目ですわ、兵太郎」
兵太郎が覗こうとすると、 にょん、と階段の前に立ち入り禁止の札が現れました。
ご丁寧に「ご迷惑をおかけしております」と頭を下げる耳付き藤葛の絵が描かれています。
「そっちはまだ行ってはいけませんわ。作りかけで時空が乱れていますから」
「時空が?」
「時空が。保健所の監査が入る前に広げておかないと後々面倒ですから、ちょっと急いだのですわ」
なるほどと納得する兵太郎。でも時空とは一体何でしょう。兵太郎には難しすぎますが、でもだけちょっと気になります。
「ねえ藤さん、もし入ったらどうなるの?」
「嫌ですわ兵太郎」
ぽっと藤葛が頬を染めました。この家は藤葛自身。いくら愛する旦那様とはいえ、そんな積極的に攻められては困ってしまいます。
「どうにもなりませんわ。私が助けに参りますので。でも少しだけ時間が掛かってしまうかもしれませんので、入らない方が良いですよ」
兵太郎は家の中で知らない部屋や通路を見つけても、決して入らないようにしようと思いました。




