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畑を見に行こう

前書き。


 作中の季節は六月の半ばです。兵太郎たちの住んでいるところでは梅雨の少し前くらい。苺の旬はもうすぐ終わり。さくらんぼやアメリカンチェリーがおいしい時期ですね。

「えええええ……」



 さて本日も、兵太郎の「えええええ……」からスタートです。


 めでたくお店の名前も決まり、ミミズが作ったという畑を見に来た「こくり家」の面々。


 ちなみにやたらキラキラと眩しい眼鏡は外しています。変身したままだとありがたみが減ってしまいますからね。また夜にでも使いましょう。


 お店の裏側、裏庭とは名ばかりだったの広大な藪が、綺麗に耕されて畑になっていました。


 畑と聞いて兵太郎が想像していた小さな家庭菜園とはずいぶん違います。


 かなりビビった兵太郎でしたが、ビビっているのは兵太郎ばかりではないようです。


 広い畑の隅っこの、お店から一番遠い場所に、一株だけ植わっているイタリアンパセリがおりました。きっとさっき意気揚々と出ていったイタリアンパセリでしょう。


 あんまり広いものだから気後れしているようで、所在なさげに畑のすみっこにたたずんでいます。背筋も少し曲がっているような。


 兵太郎はイタリアンパセリに親近感を覚えました。



「こら、イタリアンパセリ。しゃんとするのじゃ。お前は数あるイタリアンパセリのなかから兵太郎に選ばれたのじゃからな。自信を持つのじゃ」



 紅珠が声を掛けるとイタリアンパセリは自信を取り戻したようにしゃんとまっすぐに立ちました。



「うむ。美味しくなるのじゃぞ」



 紅珠はうんうんと頷きました。


 イタリアンパセリと紅珠を交互に見比べてクロが聞きます。



「紅様、あのイタリアンパセリは食べられるのが怖くないのでしょうか?」



 食べられれば死んでしまいます。なのに美味しそうといわれて嬉しそうに胸を張るイタリアンパセリが、クロには不思議に見えたのです。



「ふむ。農作物と言うものはの、人がおいしくなるようにと長い時間と手間暇をかけて作って来たものじゃ。美味しくなったモノこそ勝者であり、子孫を残すことができる。個の死という概念を持つ動物とは考え方も願いも違うのじゃ。兵太郎の料理に使われるのであればこの上なく本望じゃろ」


「そういうものなのですか……」


 紅珠の言うことはとても難しいことでしたが、クロは取り敢えず納得しました。



「おお、他にも来とるようじゃの」



 兵太郎が紅珠の言葉につられて目をやると、イタリアンパセリとは反対側の端っこに、兵太郎の背の高さと同じくらいの木が一本、立っておりました。


 でもこの木。なんだか見覚えがあるような?


 近づいて確認してみると、案の定それは兵太郎が裏山で見つけたグミの木でした。



「そういやグミのジャムがうまかったという話はしたの。自分から出向いてくるとは可愛い奴じゃ」



 紅珠に声を掛けられて、グミの木はわさわさと嬉しそうに揺れました。



「えええええ……」



 兵太郎はとりあえず驚いておくくらいしかできません。


 グミのインパクトが強くて見落としてしまいましたが、グミの木の根元には沢山の赤い実と特徴ある葉を持つ蔦植物も生えていました。



「あれ、これ苺?」



 しかも野苺と呼ばれる自生種ではなく、スーパーなどで見かけるものと同じれっきとした苺。六月も半ばだというのに大きくて真っ赤な実をつけています。


 苺の前に、紅珠がかがみこみました。



「ふむふむ? なるほどのう。たしかにそんな話はしたが。しかし旨くないといかんぞ?」



 何やらぶつぶつ言っています。苺と話でもしているのでしょうか。


 なんて、まさかね。



「お前様よ。この苺じゃが、どこぞの農家からこぼれだして苗が野生化したはいいが、そこに別の草が入ってきて立ち行かんくなったそうじゃ」


「ええと、うん、そうなんだ」


「農家に戻るわけにも行かずこまっとったとこに、儂が兵太郎のつくった苺のショートケーキが旨いと話しとったのを聞いて来たのだそうじゃ」


「う、ううん? うん」


「そういうわけで品定めをしてやってくれんかの?」


「あ、はい」



 どうやら本当に苺と会話をしているらしい紅珠。そのあたりの話にはついていけませんが、味のことなら兵太郎も少しばかり自信があります。


 見れば艶やかに輝く実。なかなか期待できそうです。



「念のため聞くけど、食べていいんだよね?」


「? とうぜんじゃろ?」



 頭に?を乗せる紅珠。


 たしかに食べないと品定めなんかできません。でもだからと言って言葉を話しているらしい苺の実をとって食べてしまっていいのかは悩むところです。


 でもきっと、さっきのイタリアンパセリと同じなのでしょう。


 兵太郎は食べごろの真っ赤になった実を一つ選んで、がぶりとかじりつきました。



「あ、おいしい」



 香り高く、甘みも酸味もなかなかの物。野生種にはありえない均一な果実の歯触りは、ケーキに使ってもきっとおいしいに違いありません。



「ふむ。よかったのう。頑張って旨い実をつけるのじゃぞ。どれ儂も一つ。藤とクロも味見してみるとよいのじゃ」



 促されるままに藤葛とクロも苺をとって食べてみました。



「きゅわん! 美味しいけどすっぱいです!」


「でもこの苺でケーキを作ったらきっと美味しいでしょうね」


「ケーキですか?」


「ええ、ええ。兵太郎の作るケーキはそれはそれは美味しいのですよ」



 藤葛はうっとりと昨日のケーキを思い出します。



「そうじゃのう。あの苺ショートは絶品じゃったのう……おっといかん」


 じゅる、と紅珠は危なく垂れそうになった涎をすすりあげました。



「兵太郎のケーキ……」



 そんな二人を見ていたら、クロは兵太郎のケーキが食べたくて食べたくてたまらなくなってしまいました。



「あ、そういえば。今日はクロちゃんにぴったりのケーキを焼くよ」



 兵太郎がそう言うと、クロにぴょこんとしっぽが生えました。ぶんぶんとちぎれんばかりに振られています。



「本当ですか、兵太郎!」


「うんうん。是非食べてほしいな」


「やった〜!」



 クロは喜んで広い庭を駆け回りました。


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