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黄金スパゲティー

 なんか色々あってずいぶん遅くなってしまった朝ごはん。


 奥さん二人と家来が一人、カウンターの中を踊るように動き回る兵太郎を見ています。



「お前様、お前様、その緑色の葉っぱの根っこのところ、儂に下され」


「えっ? 根っこってコレ?」



 紅珠が欲しがったのは、兵太郎がみじん切りにしてもう食べるところがなくなってしまったイタリアンパセリの切れ端です。



「こんなのどうするの?」



 紅珠は受け取った小さな根っこを優しく両手で包みました。



「こうするのじゃ。むん!」



 するとどうでしょう。


 切れっぱしになった根っこから、するすると鮮やかな緑の葉が伸びだしたではありませんか。



 「えええええ」



 やがて10センチほどの大きさの苗となると、イタリアンパセリはぴょんと紅珠の手から飛び降り、ぴっと葉っぱを折り曲げて紅珠に敬礼しました。



「うむ。美味しく育つのじゃぞ」


「えええええ……」



 紅珠以外が呆けたような視線を送る中、イタリアンパセリはカフェの戸口へと向かいます。クロがあわてて扉を開けた扉から意気揚々と出ていったのでした。



「やられましたわね。流石は土地神といったところですか」


「紅様、すごいです!」



 藤葛はちょっと悔しそうに、クロは手放しで嬉しそうに紅葛の規格外の妖力を称えます。


 昨日雑草が自分から出ていくところを見た兵太郎にとっても、簡単に見慣れる光景ではありません。正気に回復するまでずいぶんと時間が掛かりました。



「紅さん、あのイタリアンパセリは何処へ行ったの?」


「うむ。裏庭に畑ができとったからの。とりあえずそこに植わっとるじゃろ」


「畑……。紅さんは凄いねえ。いつの間に畑なんか作ったの」


「いや、儂ではないのじゃ」



 感心する兵太郎に、バツが悪そうに紅珠が答えます。



「じゃあ一体だれが作ったの?」



 畑がひとりでにできるわけがありません。それともさっきのパセリや昨日の雑草たちのように、草たちが自分で畑を耕したとでもいうのでしょうか。


 いくらなんでもそんな馬鹿な。兵太郎はぶんぶん頭を振って、おかしな想像を頭から追いやります。



「昨日、儂が畑を作りたいと言ったらミミズどもが張り切りおってのう……。さっき見たら立派な畑になっとった」


「ミミズが張り切って……?」



 なんと畑を作ったのは草たちではなくミミズでした。惜しかったですね、兵太郎。



「凄いんだねえ。紅さんは」


「お前様よ。儂ではなくてミミズたちがじゃな」



 自分の功労ではないことで褒められるのが、紅珠にとっては納得がいかないようです。とはいえミミズたちが頑張ったのは紅珠がいてこそ。部下の手柄は上司の手柄。そして横取りしないのが良い上司です。



「そっか。ミミズさんたちにもお礼言っておいてね」


「うむ。お前様も畑を見てやってほしいのじゃ」


「うん。後でみんなで見に行こう」



 気を取り直して兵太郎は料理を再開。


 ぐつぐつと沸騰する大きな鍋でゆでられるパスタ。笊ざるの中には夕べから砂抜きしていたアサリ。


 フライパンからはニンニクと鷹の爪をオリーブオイルで炒める香ばしくて刺激的な香りが漂いはじめます。


 刻んだイタリアンパセリを少々加えて香りをなじませたら、アサリと白ワインをフライパンへ。蓋をして火を強めて、待つことしばし。



 一瞬。



 ほんの一瞬だけ、兵太郎の顔がいつもの間の抜けたような顔から引き締まった表情へと変わります。



「ん」



 軽く息を吐くとともに、フライパンを一揺すり。




 ぱかっ!


 ぱかぱかぱかぱかぱかぱかっ!



 フライパンから伝わる衝撃で、魔法をかけられた花の蕾のようにアサリが一斉に口を開けました。


 過熱を最小限にとどめること。それこそアサリをおいしくいただく極意。


 最高の状態に仕上がった手早くアサリを取り出して、硬めに茹でたパスタ投入。


 パスタがアサリとワインでできたスープを吸い込んだところに、残ったイタリアンパセリをたっぷりと。もう一度エクストラバージンオリーブオイルを加えて香りをプラスして、取り出したアサリを戻したら完成です。


 今日のメニューはスパゲティーの大定番、|アサリの白ワイン仕立て《ボンゴレ・ビアンコ》。



「スパゲティーが光ってる???」



 出来上がった料理を見て、クロは不思議そうにつぶやきました。



「あははは。それ、妖怪の間で流行ってるの?」


「え、でも……?」



 兵太郎は流行りのジョークだと思ったようですが、クロの目にははっきりと、スパゲティーが光を放っているのが見えています。



「うむ。クロよ。兵太郎の料理は光るのじゃ」


「ええ、ええ。そうなのです。さあ料理を運びましょう。今日はテーブル席で食べましょうね」



 テーブル席に並んだ四人分のパスタ。


 兵太郎も一緒に遅い遅い朝ご飯です。


 アサリの出汁とオリーブオイルが絡んでほんのり黄金に色づくパスタを、ごろごろと入ったアサリと鮮やかなイタリアンパセリの緑、添えられたホールの鷹の爪の赤が飾りたてます。


 何より抗いがたいのは、さっきから店内を満たす潮の香り。


 黄金に輝くスパゲティーを前に、クロはごくりと唾を飲み込みました。



「さ、食べよっか」


「「いただきます!」」



 兵太郎の声の下、二人の奥さんは早速スパゲティーにとりかかります。



「おいしいっ! この香り、たまりませんわね」


「ふおっ、アサリがぷっくぷくじゃあ!」



 喜ぶ奥さんたちを、兵太郎はにこにこと嬉しそうに見ています。


 クロは困り果ててしまいました。


 とてつもなくおいしそうな料理。抗うのが難しいほどの香り。


 でも本当にこんな料理を自分が食べていいのでしょうか? しかも主である兵太郎やその奥さんたちと同じ食卓で?



「クロちゃんもどうぞ。きっと気に入ってくれると思うんだ」



 戸惑うクロに、兵太郎が優しく声を掛けました。



「クロや。気持ちはわかる。だが、兵太郎が作ったものを食べぬというのはそれはもったいないことじゃと思わぬか?」


「ええ、ええ。それにその自制心、見上げたものですが。それほど長くは我慢できないと思いますわよ」



 確かに藤葛の言うとおり、クロの我慢ももう限界です。



「クロちゃんのために作ったんだから、食べてくれたら嬉しいな」



 兵太郎の一言がとどめとなりました。



「いただきます!」



 畏れながら意を決して、ぱくり。



 !!!!



 アサリの出汁を吸った固ゆでのスパゲティーが、ぷつんと歯ざわりもよく嚙み切られると、うま味の束となって口の中を跳ね回ります。


 まるでアサリの旨味が形を持って、口の中を蹂躙するかのよう。


 最適に火を通したアサリからぷりっとした歯ごたえと共に、さらなる旨味のジュースが噴き出して広がり、後から加えたオリーブオイルとイタリアンパセリのフレッシュな香りがまた次の一口を誘います。



「おいしいです、兵太郎、凄くおいしいです!」


「それは良かった」



 幸せそうにスパゲティーを頬張るクロを見て、兵太郎はにへらと笑うと、自分もスパゲティーを食べ始めました。


「ん、おいしい」

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