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名前と言うもの

「で、狗狼(くろう)族さん、君の名前はなんていうの?」


 兵太郎が男の子に聞きました。


「ボクに名前はありません」


「名前がない?」


 生まれた時から名前がある兵太郎としては、それはとても不思議なことでした。


「お前様、名前のない妖怪というのは沢山いるのじゃぞ」


「えっ、そうなの?」


「ええ。「狗狼」のような種族としてのの名前ならともかく、個として名前を持っているものは寧ろほんの一握りでしょう」


「じゃあ紅さんと藤さんはその一握りということ?」


「うむ。その通りじゃ」


「二人とも凄いんだねえ」


「まあ、凄いか凄くないかで言えば凄いですわね」


「ううん、でも名前がないと困るよねえ」


 どうしようかと悩む兵太郎を、男の子が目をキラキラさせて見つめます。


「兵太郎が付けて下さい」


「え、僕が付けるの? それでいいの?」


「はい。我ら狗狼は仕えるべき主からお名前をいただくこと、主からその名で呼ばれることを無上の喜びとするのです」


「名前を呼ばれるのが嬉しいの?」


「はい、それはもう!」


 人間である兵太郎にとって、名前を呼ばれることは当たり前。


 それに呼ばれる時には兵太郎の前に「あの」とか「馬鹿の」が付くことが多かったので、嬉しいという感覚がいまいちピンときません。


 しかし人から向けられた感情を糧とする妖怪達にとって、名を呼ばれるというのは特別なことなのです。


 相手に名前があってそれを知っているのなら、抱いた感情は直接相手に向かいます。それがどのような感情であったとしても。


 現代においても、チーレム、無双、追放等、様々な新しい名前を持つ妖怪が生まれています。


 個としての名前を持った悪役令嬢などは、もはや古代の大妖にも匹敵する恐るべき力をもっています。


 またそこまででなくても、ネット上で名を得ることで、ゴジダツジーやエタリの虫、イチマンジキエタ、ナンデカハナシガナガクナルといった昔はいなかったような妖怪も誕生しています。


 多くの人がその名を呼び、恐れたなら、彼らはさらに力を増し、やがて恐ろしい存在へと成長するでしょう。


 現象に名前を付けるというのは、実はとても危険なことなのです。



「じゃあいい名前を考えないとね。うーん……」



 兵太郎は腕を組んで一生懸命、男の子の名前を考えました。



狗狼(くろう)族で黒い犬だから、クロちゃんっていうのはどうかな?」



 安易!


 紅珠と藤葛は心の中で突っ込みを入れました。でも少年はその名前をいたく気に入ったようです。



「ありがとうございます、兵太郎! とても素敵な名前です!」



 ぼふん、と音がしてクロちゃんになった少年に、突如しっぽが生えました。


 しっぽはぶんぶん揺れています。狗狼(くろう)族はしっぽで感情を表します。嬉しすぎてしっぽを出さずにはいられなかったようです。



「ま、本人が喜んどるんだらかいいんじゃろな」


「そうですね。この子には合っているのではないかと」


 初めは心の中で突っ込みを入れた二人の奥さんも、クロちゃんの喜ぶ顔としっぽを見ていると良い名前のような気がしてきました。


「ね、紅さんも藤さんも色が名前になってるし、こういうのなんだか家族っぽくっていいと思わない?」


「か、家族でございますかっ!?」



 ぶんぶんぶんぶん、ぶんぶんぶんぶん。


 兵太郎があんまり嬉しいことをいうものだから、最早クロちゃんのしっぽはちぎれんばかり。


 ぶんぶんぶんぶん、ぶんぶんぶんぶん。


 激しく振り回すものだから、お尻まで一緒になって揺れています。



「そうじゃな。一緒に暮らすとなれば、クロも家族同然じゃな」


「ええ、ええ。兵太郎がそう言うのであれば是非はありません。クロさん、どうぞ宜しくお願いしますね」


「は、はい! 紅様、藤様、どうぞ宜しくお願いいたします」


 二人の奥さんにも家族と認められて、クロちゃんは今度は嬉しさから、ぺっちゃんこになって平伏したのでした。



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