狐のショートケーキ
「見ていてもそんなに面白くないよ?」
カウンター越しに二人から見つめられて、兵太郎は照れ臭そうに笑いました。
さしもの兵太郎と言えど、これから作るものには少なからぬ時間が掛かります。
篩、秤、ボウルに泡だて器。
見ていても面白くない、と兵太郎は言いますが、かちゃかちゃと不思議な器具によって小麦粉、卵、バターが様々な形に変化していくのはなかなかの見物。
しかも新婚ほやほやの愛しい旦那様ともなれば、妖怪二人の視線は兵太郎に釘付けです。
「はああ~。兵太郎の動きは舞のようじゃのう」
「不思議ですわね。無駄な動きは一切ないというのに」
紅珠のため息に、藤葛も同調します。
様々な器具やオーブンの立てる音。その中で兵太郎はお菓子を作っています。
藤葛がいうとおり、兵太郎の動きには一切の無駄がありません。いえ、それ以上。一つの動作に複数の意味と仕事を込められています。
洗練された動きはまるで、神々に捧げられる踊り、神楽舞にも似て。
やがてえもいわれぬ甘い香りがカフェ店内に漂い始めました。
紅珠の鼻がひくひくと動いています。
オーブンから取り出されたキツネ色のケーキスポンジを、大きなケーキ用の包丁がするりと二度撫でました。
綺麗に三等分になったスポンジの上に生クリームとスライスした苺をぎっしりと並べ、その上にスポンジを重ねて層にします。
スポンジ、イチゴ、スポンジ、イチゴ、スポンジの見てるだけでもテンションが上がってしまう豪華な地層。
でもその全てを真っ白な生クリームで覆い隠してしまいます。ああ、もったいない!
まっ白一色になったケーキを、真っ赤な苺と生クリームで飾り付け。
八等分に切り分けられると、キツネ色の断面とぎっしり詰まった苺でできた五層が再び現れました。
「ほわあああ、朝のパンケーキも凄かったが、これはまたなんとも見事な……!」
これぞスイーツの定番にして、王道。
「苺のショートケーキだよ。紅さんをイメージして作ってみたんだ」
「なんとっ!?」
ことりとカウンターに置かれた一皿、添えられた一言に、紅珠は目を大きく見開きました。
言われてみれば、ケーキの上に飾り付けのカットされた苺は確かに狐の耳のよう。
「お前様、お前様はほんに、人を喜ばせるのが上手いのじゃ」
紅珠は嬉しさを隠せない様子でケーキを観察し、手を合わせて感激のため息を漏らします。
「ああ、食べるのがもったいないが食べずにはおれぬ。なんとも贅沢なジレンマじゃ」
そっとフォークを手に取り、一口。再び大きく見開かれる紅珠の目。
「こっ、これはたまらぬ!」
苺の甘酸っぱさとクリームの優しい甘みがベストマッチ。なんだか気持ちまでウキウキ、フワフワしてきます。
苺のみずみずしさは、たしかに活動的な紅珠のもつ、強い生命力を思わせます。
正にスイーツの王様。
紅珠が喜びに頬を上気させてパクパクと食べ進める姿に、兵太郎は自分まで嬉しそう。いえ、きっとすごく嬉しいのでしょうね。
「はい紅茶。ダージリンだよ。セカンドフラッシュのちょっといいやつ」
出された紅茶をぐいっと飲む紅珠。でも火傷の心配はありません。兵太郎の出すお茶ですからね。
「こ、紅茶が上手いのじゃ!」
「でしょー。紅茶って一緒に食べるもので味が変わるよね」
甘くフルーティーな紅茶の香りがショートケーキの甘みで補完され、訪れるえもいわれぬ幸福感。そしてかすかに舌に残る渋みが、次に口に運ぶケーキの甘未を引き立てます。
兵太郎に追加のお茶を注いでもらい、大満足、にこにこの紅珠。
でも口の端にクリームをつけているのは大妖怪としてちょっといただけません。
威厳的がなくなってしまいます。
それにしても兵太郎?
苺たっぷりのとても豪華なケーキ、紅茶もかなりの逸品と見ましたが。
だいじょうぶなんでしょうか?
たしかあなた、借金まみれでしたよね?




