狐火vs狸火
「んじゃ、勝負開始と行くかの」
「望むところです。よりお客様が湧いた方が勝ちということでよろしいですね?」
二人の奥様が久しぶりに真剣な顔でにらみ合っています。
それもそのはず、この戦いに勝った方が今夜一晩旦那様を独り占めできるのです。
自分の妖力には自信がある二人ですが、相手の恐ろしさも十分にわかっています。悔しいことですが実力は伯仲と言えるでしょう。
それどころか負ける可能性だって十分にあります。そして負けてしまっては今夜旦那様を独り占めすることができないのです。一大事。
……ごくり。
高まる緊張。そんなわけで、負けた方は明日一晩旦那様を独り占めすることになってます。安心。
しかしだからといってじゃあいいか、とはなりません。あくまで真剣勝負です。
「まずは儂から行くのじゃ。妖狐神通:狐火菊花!」
ひゅるるるるる。
紅珠が掲げた手から空を裂いて狐火の玉が上昇していきます。はじける閃光とほぼ同時、おなかに響くような轟音が響き渡りました。
どーーん!
直線的に広がる橙と赤の炎の花びら。縫霰山の夜空に、大輪の菊が現れました。
おおおっ?
予想を超える見事さに、お客様からは感嘆の声があがります。
花火大会も町内会の物から、市や観光協会が主催のものまで規模は様々。一個人の経営する喫茶店が主催の大会に過度な期待は禁物と思っていましたがこれはもしかして?
いやいや俺ははじめからわかってたぜ。こくり家だからな、このくらいはするよ。
この花火大会はどれほどの物かを示す一発目の花火は重要です。コース料理に例えると前菜のようなものでしょうか。初めて行ったレストランの前菜を食べて感動し、続く料理にワクワクするのと同じ気持ちで、お客様たちは次の花火を待ちわびます。
「反応は上々のようじゃな。では続けて行くぞ。妖狐神通、狐火牡丹連咲!」
どーん、どーん、どーん!
天空に弾けて丸く広がる光の粒。先程よりいささか小ぶりではありますが、次々と開けばやはり見事。
期待をたがえぬ美しさに、お飲み物片手にお客様も大喜び。
「流石ですわね。では次は私が参りましょう。狸流変化術:四号玉冠藤!」
ひゅるるるる。
妖力で作り出した四号玉が天高く打ち上げられます。
どーーーん!
うおっ、でかっ!? 腹に響くっ!?
金色の菊の花びらは長く大きく広がって、途中から鮮やかな藤色へと変化しつつ見事なしだれ藤を描き出しました。
ほぼ真上に打ち上げられる至近距離での音と光はまさに圧巻の、いつまでも眺めていたい美しさ。しかし花火の定めとしてその命は一瞬。
ああ、消えちゃう。もっと、もっと見たくなる!
「続けて参ります。六号玉、錦冠!」
どーーーーーん!
ひときわ大きく開く金の花。その眩いばかりの閃光は、刹那隣にいる人の表情がはっきりわかるほど。光はその後も大きく尾を引いて流れていきます。
先ほどより長く大きく広がる輝きに、お客様はビール片手に拍手喝采。うわっ、焼きトウモロコシ旨っ!
「貴様、なんちゅうもんを。麓から見えたらどうすんのじゃ!」
「紅さんとの対決でしたらこのくらいは致しませんと」
警察や消防署に花火大会の届け出は出していますが、山の中で専門業者を入れるわけでもなくやってますから、本当はできる花火は限られています。
妖力で作った花火ですから火や破片による事故は起きないのですが、だからといってバレると色々まずいのです。
今夜の縫霰山には不思議なもののけ雲がかかっていて、麓からは空は見えないようになっていますがそれも程度問題。四号だの六号だのをポンポン挙げられてはたまりません。
尚こくり家および縫霰山一帯には狸囃子が響いていますので、だれも「あれ?」とは思いません。純粋に花火を楽しんでいます。
撮影された動画を見た人も同様です。狸と狐のサブリミナル妖術でうわ、すごい、羨ましい、行ってみたい! とだけ思います。
「ええい、そっちがその気なら儂も容赦はせぬぞ。妖狐神通:狐火千輪七変化!」
次に紅珠が打ち上げたのはどどーんと花開く金色の大輪。しかしそれだけでは終わりません。
ばらっ、ばっ、ばっばっ!
続けて弾ける火薬の音。金色の菊をバックに、七色の小さな花の塊が次々と咲き乱れます。それはまるで夜空に掲げられた色取りどりのブーケの様。千輪花火というものです。
どんどんばららら、ばっばっばと連続して打ちあがり、こくり家の庭は真昼の様に白々と明るく照らされます。
「お見事です。やはり一筋縄ではいきませんか。仕方ありません。狸流変化術:尺玉錦冠!」
「なっ!? 尺っ??? 貴様、ちょ、待」
紅珠の制止は間に合わず、火花を散らしながら大きな炎の玉が天へと上がっていきます。空を切る音も一段と長く、高く高く、更にさらに高く。
ひゅ~~~~るるるるるるる。
あれ、何処まであがるの? なかなか破裂しないんだけど、もしかして不発?
勿論そうではありません。高く高く、打ち上げる必要があるのです。
カッ!
眩い閃光に若干遅れて、どーーーーーんという下っ腹に響く音。
黄金の光の粒が四方八方へと一気に広がり、闇であるはずの空に東巨大な光の花を咲かせます。
長く長く尾を引いてしだれ落ちていく様は細かい糸を束ねた錦の帳のよう。一瞬であるはずの花火の常識を翻し、時間が止まっているのではないかと錯覚してしまうほど。
打ちあげられた大玉、その直径およそ一尺。号で言うなら堂々の十号。破裂した際の花火の直径、なんと驚きの300m。東京ドームが入っちゃう。
お客様はもちろん大喝采。
でもこんなん、山で上げたら駄目。
「何考えとんじゃ貴様ぁ!」
「やはり大きさというのは力なのかなと思いまして」
つっかかる紅珠に、しかし藤葛は余裕の表情。胸を張った拍子にたゆんと双丘が揺れました。
「やかましい! なんでもかんでもデカければいいってもんではないわ! 花火は繊細な技こそが命じゃ。今からそれを教えてくれるわ!」
紅珠の身体が紅色に光り出します。それは徐々に強さを増し、尺花火もかくやの眩い輝きとなります。
「何ですって、まさかまさか、この光が全て妖気だというのですか? くううっ、これが、これが神……ッ!」
発せられる妖気の凄まじさは千変万化の大妖狸も思わず後ずさるほど。改めて相手の恐ろしさを実感させられ、冷や汗が頬をつたいます。
これほどの妖気を練り上げて繰り出される花火とは、果たして一体?
「ゆくぞ! 妖狐神通:|狐火型物、紅珠《きつねびかたもの、べにたま》!」
なんと大妖狐が放ったのは自らの名を冠した大技。いったいどのような効果が!?
ちなみ森の中にいるので二人のコンt、二人の戦いはお客様からは見えません。大丈夫。
紅珠の身体を覆っていた輝きが球形を成し、高く高く昇っていきます。そして夜空に描き出されるのは!
どーーーーーん!
吊り目がちの大きな目、口元から覗く八重歯。のじゃ言葉を話すロリ可愛い人気者。
そう、こくり家の女将、大妖狐紅珠そのヒトです。
巨大な紅珠が天空からぱちりとウインクすると、その衝撃はいくつもの銀の輝きとなってお客さん達へと降り注ぎました。
「紅珠ちゃんだ!」「うおおおおお~~~~!!!!」「キャワ!」「食べちゃいたい」「でっかい紅珠様だ!」「むしろ喰われたい!」「ていうか喰ってくれ!」「きゃあああああ!」「紅珠ちゃ~~ん!」「カワイイ!」「紅珠タンハアハア」「紅珠さ~~~ん!」「紅様ああああ!」「生きててよかった!」
花火の轟音をもかき消すような喝采。此処にいる人のなかで紅珠がキライという人はいませんから当然の反応です。
「こ、これほどとは。紅さん、やはり貴方は恐ろしいヒトです」
花火の凄さに大ダメージを受けた藤葛がよろめきます。
かつて数多の妖魔を屠ったという伝説の退魔師も、神たる大妖狐紅珠の大技の前に立っているのがやっとです。
「ふふ。今宵は儂の勝ちかの?」
紅珠がむんと胸を張りました。そう、大きさがすべてではないのです。しかし、退魔師の目に宿る光はまだ消えてはいません。
「いいえ、まだです。まだ負けるわけにはいきません。それに、いまの一撃で決められなかったのは失敗でしたよ、紅さん」
満身創痍ながらも、伝説の退魔師藤葛はうふふと不敵に笑います。
「何? どういうことじゃ」
「分からないのですか? ……その技は私にも可能だということです!」
「何っ、馬鹿な、貴様まさかっ!」
「二番煎じではありますが、やらぬわけにはいきません」
そうですね。お客さんも期待してますから。
藤葛の身体から発せられる眩いばかりの光に圧倒され、さしもの大妖狐も思わず後ずさります。
「こ、これは、神ならぬ身でありながら、なんという妖気じゃ!」
「うふふ。白々しい、とは言わないでおきましょうか。少々無理をしております。参りますよ。狸流変化術奥義、狸火型物 藤葛!」
藤色の光は球となり、天空へと昇っていきます。
どーーーーーん!
山を揺るがす轟音と共に天空に現れたのは、おしとやかを絵にかいたような着物姿の超絶美人。それでいてタレ目がちでどこか愛嬌のある優しい笑み。
こくり家の女将、大妖狸藤葛です。
ちなみに紅珠花火と大きく違うのは、胸元まで描かれていること。たゆん。
「藤葛さんキターーー!」「おっぱい!」「藤様あああああ」「挟まりたい」「きゃあああああ!」「こっち見たああああああ!」「取って喰われたい!」「配信聞いてます!」「綺麗!」「踏んで」「おっぱいいいいいいいい!」「明日も生きる~~!」
期待通りの花火に当然お客様は大喝采。
「くっ、型物は引き分けじゃの」
「そういうことにしておきましょうか」
若干藤葛の方が大きかったのですが、あ、失礼。花火の歓声の話です。
歓声は若干藤葛の方が大きかったのですが、それは先に紅珠花火をして期待が高まっていたせいもあります。胸部分まで描かれてたからとか揺れたからとかでは決してありません。
先に型物を放った紅珠がよしとするなら、互角判定は妥当なところでしょう。
なかなか勝負はつきません。次の一手を悩む二人に、やなり達がお客様からの声を届けます。
じゃあ次は? 次? クロちゃんかな。えっ、クロ様!? 来るでしょ、クロちゃん。絶対くるって!
「む、クロ。クロか。しかしあやつをやるとなれば……」
「やりましょう紅さん。私たち二人ならできます。紅さんはクロを。続けて私が打ち上げます」
「しかしそれでは……。いや、承知した。負担を掛けるの」
「いいえ、全てはお客様の為、しいては兵太郎の為です」
昨日の敵は今日の友。大きな目的を達成するため、さっきまで争っていた二人が手を結びます。 ここ、映画とかだとめっちゃ盛り上がるところです。
「ゆくぞ、狐火型物、クロ!」
どーーーーん!
金の光が夜空に描き出すのは銀のトレイを持ったこくり家のイケメン店員クロ(高校生バージョン)。紅珠の時と同様、ウィンクと共にいくつもの星が飛び散ります。
「クロー!」「クロ様あああああ!」「クロキターーー!」「くろちゃあああん!」「お持ち帰りされたい!」「寧ろ持って帰りたい!」 「待ってました!」「わあ、僕です。紅様、藤様、ありがとうございます!」「わあああああ本物隣にいたあ!」
お客様は大喜び。しかし、これでは終わりません
「続きます。狸火型物、クロ三兄弟!」
どん、どん、どん!
夜空にはにかむクロがまだ消えぬ間に、続いて現れるのは、クロよりやや小さめの三つのイケメン型物花火。クロイチ、クロジ、クロゾウです。どれが誰かは打ち上げた藤葛にもわかりません。ちょっとずつ表情変えてあるので個人で想像してください。
「弟君たち来たあ!」「そっくりwwwww」「クロジきゅううううん!」「えっ、どれが?」「右端」「右端」「右端」「なんでわかんの?」「お持ち帰られたい~~!」「セット持ち帰りで。あと単品でお兄ちゃんも」「私は店内で」
さっきからちょくちょくおかしな声が混ざりますが、別にいいんです。人の趣味はそれぞれ。妄想を個人で楽しむ分には何も問題ありません。
まあ、人間相手だと問題ありますけど。
お客様の中に混じってトラブルが起きないか見回っていたクロイチ、クロジ、クロゾウは、思わず空を見上げて呆然唖然です。まさか家来の家来である自分たちの姿の花火が上がるとは。クロゾウなんか目に涙をためてもう泣きだす寸前。主の主とその奥方様たちにますますの忠誠を誓うのでした。
え? 兵太郎花火はやらないのか?
やりませんよ。兵太郎が傷ついたらどうするんですか。
**********
「ふう、ふう。ふふ、まだじゃ。まだ勝負はついとらん」
「はあっ、はあっ、はあっ。ええ、ええ、もちろんです」
互に大技を連発し、ぜいぜいと肩で息をする二人でしたが、それでも負けを認めるわけにはいきません。それにこのあとは兵太郎お手製の遅いお夕食が待っていますから、妖力なんか使い切っても全然大丈夫。
「終了時刻も迫っておる。最早出し惜しみは無じゃ。行くぞ、妖狐神通、狐火スターマイン!」
「受けて立ちましょう。狸火二尺大玉、八重芯冠菊<!」
「貴様馬鹿じゃろ!」
「スターマインもどうかと思いますが!」
流れるラップ音に同調してどんどんどんと、連続して打ち上げられる何十発もの同型異色の打ち上げ花火、狐火スターマイン。
対するは山を覆いつくさんばかりの八色の光の雨、狸火二尺大玉、八重芯冠菊。
絶えることなく山を照らす光の花々は、大都市主催の花火大会のフィナーレももかくやです。
お客様はみんな大絶賛。
ああっ、から揚げがない! 最後の一個取っといたのに、花火に夢中で無意識に食べちゃった!
かくてこくり家花火大会は、大盛況ののちに閉幕となりました。
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その日縫霰山の麓の街では、山の頂上付近でおよそ30分にわたり不思議な発光現象が見られたという報告が相次ぎました。近くには巨大不思議生物ぬっしーの目撃情報が多数ある縫霰湖があり、関連付けて考察する者も多かったということです。
また同時刻、そのすぐ近くの喫茶店では花火大会が行われ、その様子を撮影した動画にはたくさんのインジャネが付きましたが、発光現象と関連付けて考える者はいませんでした。
だって花火大会は謎の発光現象じゃありませんからね。




