化け物
前回同様、連続投稿を行いました。お手数ですが読み飛ばしがないかご確認お願いいたします。
「あ、あああ」
手が真っ赤に染まっているのを見た瞬間、頬の熱感は灼熱を伴う痛みに変化していき、ざわざわざわと、忘れていた恐怖が再び丹皇を襲います。
「ひ、ひぃいいいい! そんな馬鹿なことがあるかあ!」
ぱんぱんぱん!
恐怖を否定するため続けざまに引かれる引き金。しかしそれは逆に、斑木の恐ろしい想像を肯定する結果になりました。
ビシッ、ビシッ、ビシッ!
再び背後で炸裂音。
そして発射された弾丸と同じだけ、腕、太もも、頭に灼熱感が襲います。
「ニューナンブM60。優れた銃ですが、この私を相手にするには少々威力不足ですわね」
長く美しい爪に、藤葛がふっと再び息を吹きかけました。
「なんだ、なんだ貴様! 撃ったんだぞ! なぜ倒れない!」
糾弾せずにはいられません。理不尽にもほどがあります。
「何故……? ああ、なるほど、貴方には銃はそのように見えているのですね。では、こういった趣向はいかがでしょう」
にいぃ。
美しい女はそれはそれは恐ろしい笑みを浮かべました。
藤葛の手がピストルの形をとり、指先が斑木に向けられます。人差し指の先端から放たれる不吉な重圧。まるで本物の銃でも突き付けられているような。
「ヒッ!」
次の瞬間、不吉な想像はずるりと現実へと置き換わります。
いつの間にか藤葛の手に握られていたのは、限られた者しか手にすることができない絶対なる力の証。
モデルガン? いえ、そうではありません。斑木にはわかります。この重厚感、間違いなく本物です。
しかも、二丁。
「え、あ、え? ニューナンブM60……?」
「ご名答。では景品をどうぞ」
パァン!
斑木の足元がえぐれ、木の破片が飛び散ります。斑木は慌てて飛び跳ねました。
撃った。撃たれた。
絶対の力を自分に向けて行使されて、足から力が抜けていきます。へなへなとへたり込みそうになる丹皇でしたが、相手はそれを許してはくれませんでした。
「右足」
藤色の着物の女が短くつぶやきました。その美しくも恐ろしい笑みに、次に起きる出来事を否応なしに理解させられます。
パァン!
さっきまで丹皇の右足があったところの床が、破片を飛び散らせながら深くえぐれました。
「左足」
「ちょっ、待っ」
パァン!
がちがちと奥歯が鳴ります。次は、次に狙われるのは……? 告げられる場所を聞き漏らすまいと必死の形相でこちらを見やる老人に、藤葛はにっこりと微笑みました。
「さあて、何処でしょう?」
「ひ、ひいっ!」
パンパンパン!
床が、壁が立て続けに爆ぜます。
その破片が、斑木の肌に傷を作りますが、そんなのかまっていられません。
「さあさあ、踊りなさいな。さもないと―死んでしまいますよ?」
パンパンパン!
楽し気に銃を乱射し後期高齢者を虐待する美女。実に絵になる光景です。
「人聞きの悪い言い方はよして下さいませ」
パァン!
銃撃が止み、撃ち尽くされたと安心してへなへなと崩れ落ちる斑木の頭のすぐ近く、本当の最後の一発を撃ち込んで、藤葛は西部劇宜しくくるくると銃をもて遊びます。
強制的に運動させられた老人の足はもう動きません。でも、これで終わりです。銃弾は全てうち尽くされました。
「わ、わかった話を聞いてやる」
老獪なる斑木老人は心中を隠して譲歩しました。
脅しで切り札を使い切ってしまう等、所詮若造。力はあってもその使い方を知らないようです。どうにかこの場を乗り切ればあとはどうにでもなります。
「あなた、まだ理解していませんわね?」
冷たく冷たく、冷えた声。手の中でもてあそばれていた二丁の拳銃が、再び斑木へと向けられました。しかしその銃は空っぽです。最早恐れる必要など……
あ、あれ?
一体どうしたことでしょう。再び構え直された二丁の銃は、シルエットが完全に変わっていました。
長さ6インチ。ステンレス仕上げのロングバレルが放つ白銀の閃光。
携帯武器としての実用性を極めたニューナンブとは全く違う、見せるだけでも相手を制圧することも可能な銃の中の銃。
「え、コ……、コルト・パイソ……ン?」
「またしてもご名答。では景品をどうぞ」
「ひっ、い、いらな」
ガオン!
「うわっ、うっさいの」
耳をつんざくような爆裂音と共に銃口から炎が噴き出し、もう一人の侵入者が迷惑そうに顔をしかめました。
「室内で使うような銃ではありませんからね」
一方老人の方はと言えば、泡を吹いて気絶しかけています。でも残念。そうは問屋が卸しません。銃は二丁あるのです。
ガオン!
「ぎゃあああっ!」
威力もニューナンブとはけた違い。壁には大きな穴が穿たれ、ばらばらと硬木の破片が飛び散りした。
先ほどと同様、離れた位置に着弾したにも関わらず、殴り飛ばされたような衝撃。
ガオン!
ガオン!
ガオン!
老人は気絶することも許されずに音速を超える弾丸の衝撃派に殴られ続けます。
「銃も嫌いじゃありませんが、髪に火薬の臭いがついてしまうのは困りますわね」
「パンパン撃つからじゃろ。旦那様に洗っていただきたいところじゃが、この時間に頼むわけにもいかんの」
立ち込める硝煙のお陰で銃撃が止みました。ありがとうコルトパイソン。丹皇は今がチャンスとばかりに交渉を持ち掛けます。今度は間違えないように。業腹ではありますが、それでも譲歩できるのが丹皇の賢い所です。
「わ、わかった、こくり家だな。もう手出しはしない。お前たちも無事に帰してやる。だからその銃を」
「あらあら、滑稽なこと。まだ自分の立場が分かりませんの?」
再び、藤葛の手の中で大型拳銃がくるりくるりと踊ります。構えられたその両手に現れたのは、T字型の黒い鉄の塊。
「あ、あ、あ、嘘、嘘だあぁあ……」
毎分1,000発。片手で街を黙らせる弾丸の嵐を生み出す、暴れ馬のような暴力の化身。
「M-10ンン……?」
サブマシンガン、と言うやつです。到底、個人が持っていていいシロモノではありません。
「はいお見事。ではご褒美ですね」
「や、ヤメッ」
ばららっばらららららららららららららららら!
二丁のサブマシンガンが個人のお宅を蹂躙します。縦横無尽にばらまかれる銃弾で高級な家具や調度品が見るも無残に破壊され、一瞬で廃墟の様になりました。
「なんなんだ、なんなんだぁ、お前たちはぁ」
「なんじゃ貴様、儂らを知らんのか」
自室の中、へたり込む老人の言葉に紅珠がわざとらしく驚きます。
「驚きですわね。私たちを知らない人間がいるとは」
空になった弾倉をかちゃりと排出し、何処からか取り出した新しい弾倉をセットしながら、藤葛も驚きの表情を作って見せます。
「悪さをすると儂らが現れて、どこかに連れて行かれるのだと寝物語に教わらなかったか?」
「だから辛くとも理不尽でも、真っ当に生きねばならぬのだと、そうどなたかに教わりませんでしたか?」
「悪人の元に現れて、とって喰う我らが何か、貴様本当に知らぬのか?」
廃墟になった部屋の中、ざわざわと、声なきモノたちが騒ぎ出す。
間接照明のうすぼんやりした影が、瞬く間に濃さを増して伸びあがります。
壁を覆いつくす真っ黒な影が形作るのは、大きく口を開き牙をむき出しにした二頭の巨大な獣の姿。
「ひ、ひいいいっ、ば、化け物っ!」
「なんじゃ、良く知っておるようではないか」
「では正解のご褒美です」
ばららららばらららららっばららららららららららららら!
「ひ、ひいいいい、やめっもう、やめてくれえ」
「あらあら、化け物相手に命乞いですか?」
「なんと儂らの姿を目にして、まだ助かると思っておるとは驚きじゃの」
おっほっほ。
わっはっは。
それはそれは恐ろしい、化け物たちが笑います。
斑木はやっと理解しました。
コルトパイソンよりも、M-10よりも。
この侵入者たちの方がよほど恐ろしいのだということを。




