力の象徴
ご来店ありがとうございます。
また期間開いてしまいました。申しわけ御座いません!
しんと静かな書斎の中で、斑木丹皇は一人震えておりました。恐いからじゃありません。武者震いと言うやつです。
一体何が起きているのでしょう。
電話の声やインターホンのことは悪い夢だだったとしか思えません。
でも、最後に聞こえた二人分の声と音は夢ではありません。現に門は開いています。どんな手段を使ったのかわかりませんが、何物かがこの屋敷に入り込んだのは確かです。
丹皇は書斎の奥の肘掛け椅子に腰を下ろしました。大きな机の引き出しの鍵を開け、そこに在るものを確認しました。
間接照明に照らされて鈍く輝くダークグレイの金属の塊。手のひらに収まるほどの大きさながら、圧倒的な存在感と重量感。
ニューナンブ M60。
この国においては本当に限られたごく一握りの者しか手にすることのできない真の力の証です。
侵入者が何者かはわかりません。しかしどんな人間だって銃にはかないません。銃口を向けられればどんな屈強な男でも無様にはいつくばって命乞いをすることでしょう。
勿論それで済ませはしません。脅しだけでは済ませません。
「来るなら、来てみろ……っ!」
丹皇は射撃の腕には自信がありました。海外視察の度に高級クラブで実弾射撃の訓練を積んでいるのです。ニオウはスジがイイネと褒められたこともあるし、手入れだって自分でできます。持っているだけの輩とは違うのです。
考え方によってはこの手で人を撃ち殺すことができるチャンスだとも言えます。この屋敷で銃を使ったとて、斑木丹皇が罪に問われることはあり得ません。
力の証を持ち、それを行使することができる。
それが斑木丹皇です。
こんこんこん。
書斎のドアがノックされました。律儀な侵入者もいるものですが丹皇が応じてやる義理は在りません。どきりと跳ねる心臓を宥めて銃を手にします。
こんこんこん。
分厚い防音扉の向こう、気配を察知することはできませんがそこに侵入者たちがいるのは確かです。丹皇は両手で拳銃を構え、扉に向けてしかと銃口を定めました。
ドアノブが音もなく押し下げられました。蹴破って突入してくるという丹皇の予想とは反対に、扉はゆっくりと開かれていきます。
先手必勝、姿が見えたらすぐに撃つ。そのつもりだったのに。
「!?」
丹皇の指は動きませんでした。
「夜分恐れ入ります。こちら斑木丹皇さんのお宅でお間違い御座いませんか?」
「そして貴様が斑木丹皇で間違いないかの? 人違いだったら申し訳ないからの。早めに言って欲しいのじゃ」
入ってきたのは二人。
一人はしとやかな藤色の衣に身を包んだ、長身の女性。
もう一人は目が覚めるような紅の衣を纏う、小柄な少女。
侵入者が女性というのも想像の外でしたが、加えて二人ともこの世の物とは思えないほどの美しさ。
一瞬とはいえ丹皇は恐怖も怒りも忘れてそれに目を奪われてしまったのです。
「貴様ら、何物だ?」
動揺を抑えつつ、斑木は侵入者を観察します。
銃口を向けられているというのにあまりにも平然とした態度。モデルガンだとでも思っているのでしょうか。それとも、自分たちが女で美人だから撃たれたりしないとタカをくくっているのでしょうか。
いずれにしても大間違い。銃は本物ですし、女をいたぶるのは丹皇のような上級民のみに許された高尚な趣味です。
二人ともとんでもない美人ですから、問答無用に殺してしまうのはもったいない。捕えて存分に楽しみましょう。特に赤い着物を来た小さい方は丹皇のストライクゾーンど真ん中。
「うわっ、今なんかぞわっとしたのじゃ」
「あらあら、紅さんはこういう方からも人気ですのね」
「その言い方なんかむかつくのじゃ!」
紅珠が丹皇のタイプだったのはあくまでたまたまです。ここ重要。
紅珠が「こういう方」から人気があるというのは風評被害ですし、またこくり家に訪れる紅珠ファンの方々は皆健全です。斑木と一緒にされるのは心外でしょう。
「フォローされればされるほど不利になる気がするのじゃ」
さて、どうしてですかね。
「貴様らこれが見えんのか! 何物かと聞いているんだ。とっとと素性と目的を話せ。この斑木丹皇の屋敷に侵入するなど許されたことではないが、素直に従えば命だけは取らないで置いてやる」
老人とは思えない大きな声。絶対有利な立場からの上から目線。脱線しかけたお話を、丹皇の一喝が戻します。
「おやおや、これは大変失礼いたしました。押しかけておいて名乗らぬのは確かに失礼。私はこくり家の主、兵太郎の妻。名を藤葛と申します」
「ふむ、人違いではいようじゃ。同じく兵太郎の妻。名は紅珠じゃ。貴様こくり家の名に聞き覚えはあるかの?」
「こくり家だと? 貴様らこくり家の関係者か!」
覚えがあるどころではありません。それは丹皇が欲しいのに手に入れられないでいる無礼な喫茶店の名前。しかもそのせいで丹皇は暴力屋の親分に馬鹿にされたのです。むきーっ!
彼女たちの運命は決まりました。やはり殺すのは取りやめです。美しく生んでくれた親にせいぜい感謝するがいい。いえ、それとも呪うべきでしょうか。
無礼の代償と腹いせのために、まずはどちらか一人をを撃ち抜いてやりましょう。なに場所を選べば人はそう簡単に死んだりはしません。
痛みに苦しむ女を放置して、その前で残った一人を脅して辱めてやるのです。そのあとで二人とも手足を打ち抜くのもいいでしょう。二度と立つことも握ることもできなくなりますが、斑木丹皇を怒らせた報いとしては安いものです。
何をどうやって丹皇までたどり着いたのか、それはわかりません。情報を提供した者や手助けした者についても、ゆっくり時間をかけて話を聞くことにしましょう。
二人とも散々いたぶって、客を取らせて、ぼろぼろにしてからこくり家の主に、家と交換で返してやります。
返すのは当然片方だけ。どちらを選ぶのか、それはぼろぼろになった二人の前でこくり家の店主に決めさせます。実際に返すのはもちろん選ばれなかった方です。
助平根性とは恐ろしいもの。
丹皇の武者震いはピタリと収まり、ニューナンブM60が藤葛に向けて定められました。
まずは一発。モデルガンではないことを見せつけ、力の差をわからせてやりましょう。
この距離で丹皇が外すことはありません。卑怯にも的が動いたら外れるかもしれませが、そこは外れてもいいんです。どうせ銃声にひるんで身動きできなくなるでしょう。それからゆっくり二発目を撃てばいいだけです。
「下民風情が、この斑木丹皇に盾突いたこと、後悔するがいい!」
パァン!
渇いた破裂音。
放たれた弾丸は目視できないスピードで藤色の着物の女性の胸に―
ビシッ!
弾丸を放った直後、丹皇の真後ろの壁から、大きな音がしました。
「へ?」
なんで前に撃ったのに後ろから音がするの?
恐る恐る振り返ると、丹皇のすぐ近くの硬木製の壁に小さく丸い穴が穿たれていました。そこから蜘蛛の巣状に白く裂けた木目が広がっています。
それはまるで、弾痕の様で。
撃たれた当の藤葛は、平然と立ったままその長く美しい爪に、ふっと息を吹きかけます。
「あら、ネイルがはがれてしまいましたわ。大人しく当たっておけばよかったでしょうか」
「そんなことしたら着物に穴が開くじゃろ」
「着物は変身術で直せますがネイルは手作業ですから」
「や、そのこだわりはよくわからんけど」
え? 爪? 爪って何? 爪でどうしたの?
呆ける丹皇でしたが、ふと焼けるような感覚を覚えて自分の頬に手を当てます。
ぬるり。
「あ、あ?」
嫌な感触。これはもしかして。
頬から離した手を恐る恐る見てみると、真っ赤に染まっておりました。
血です。
「あ、うわ、あああああ!」
頬から溢れた夥しい量の血で、手が真っ赤に染まっているのです。大出血です。大怪我です。一大事です。大変です。だれか、救急車!
「いえ、ほんのちょっとかすめただけですが」
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あとがき
前回に続き、間が空いてしまい申し訳ございません。この後すぐ、12時10ころに次のお話を投稿いたします。
是非ご来店下さいませ。
お読みいただきありがとうございました。
本日この後お昼過ぎにもう一話投稿したします。
ご来店お待ちしております!




