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奥様達のご訪問

 斑木老人はたいそう腹を立てておりました。


 斑木丹皇は優れた人間です。金もあって、頭もあって、政界にも伝手がある一握りの選ばれた側の人間です。


 丹皇の言葉はみんながへへーっと這いつくばって聞くのが当たり前。欲しいモノを我慢をするとかありえない。


 なのに部下は無能で与えられた仕事一つ満足にこなせないし、なにより暴力屋の親分のあの態度。



『斑木さんよ。アンタなんか勘違いしてんじゃねえか』



 ムキーッ!



 返す返すも憎たらしい。はらわたが煮えくり返る気分です。


 大体あんなどすの利いた声出されたからって、丹皇がビビるわけがないんです。そこんとこ勘違いされては困ります。ちょっと声が大きかったのと思ってた反応と違ったのでびっくりしただけ。


 ビビるのとびっくりするのはニュアンスが違うし。全然ちがうし。びっくりしたのとむかついたので言い返せなかっただけです。


 それなのに。



『あの家に手を出したら、あんたその日から家の外に出られなくなると思えよ』



 むっきぃいいいーーーー!



 俗物が、この斑木丹皇を馬鹿にして!


 こうまでコケにされて黙っているわけにはいきません。そんなの嫌です。ムッキー!!


 こうなればなんとしてもあの喫茶店を自分の物にしなくてはなりません。そして生意気な口を叩いた暴力屋の親分に吠えづらを書かせてやらなくては。


 しかし国内の勢力は九津原組の相手をするのは嫌がるでしょうし、海外勢力は金がかかる上、紹介してもらう議員先生に大きな借りを作ることになります。


 となれば怖い物知らずの半グレあたりが妥当でしょうか。


 相と決まれば善は急げです。丹皇は自室の固定電話の短縮ダイヤルのボタンを押しました。


 丹皇は黒幕ですから当然自分で半グレや彼らにつながるブローカーに自分で連絡したりはしません。指示するだけ。あとは秘書が勝手にやってくれます。


 ぷぷぷ、という電子音。秘書は丹皇を待たせてはいけないことは重々承知していますので、通話はすぐに繋がりました。



『キャハハハはハハアハあはハははは!!!』


「うわっ!?」



 通話口から聞こえたその異様な笑い声に、丹皇は思わず受話器を投げ捨てました。もちろん秘書の声ではありません。



『あは、あははあハはあははははあは』



 不気味な笑い声は部屋の隅に転がった受話器から、尚も漏れ聞こえています。その声のあまりの異様さに、丹皇の背中に冷たい物が走ります。


 これは何事だ、相手は一体誰だ。子供? 老人? 男? 女?


 いえ、これは。



 くすくすくすくすくす『あはあははあは、あはは』『あーっはっはっはっは』『キャハハハハ!』



 一人じゃ、ない。




「あは、あははああはあああああ!」クスクスクス」「キャハハハハハハハハッ!」うふ、うふふふふ……」「キャハハハハ!」くすくすくすくすくすくす「あはあははあは、あはは」「ふふふふふふふ」「あーっはっはっはっはっはあははははははは」ケラケラケラケラ「アハハ、アハハ、アハハハハハハ!!」「ウフフフフ…アハッ…!」「ヒィ、ヒッヒッヒッヒッヒ!」「ぎゃははははっ!」



 転がる電話から溢れ出るの何人もの笑い声。一つとして同じものはなく、その全てが普通ではなく、明らかに異常な雰囲気を纏っています。



「何だ、誰の仕業だ! いたずらでは済まんぞ。私は、私は、斑木丹皇だぞ!」



 転がる受話器に向かって丹皇が叫ぶと、笑い声の全てが、ぴたりと同時に止まりました。



 沈黙。


 そして。




『斑木ぃいィィ……丹皇……』



 それは無数の声が一つになった、嬉しげで、愉快気で、不気味で、おぞましくて、恐ろしくて、異常で、何より恨みの込められた声。




『見ィつけタ』




 ぶつっ。



 大きな音を立てて、通話は途切れました。



 一体、今のは何だったのでしょう。



 あまりの事態に、壁際に転がる受話器を拾いに行こうという気も起きずに呆然とする丹皇を、さらなる異変が襲います。



 ぴんぽーん。



「ひぃっ?」



 鳴り響いたのはインターホンです。こんな時間に尋ねてくるなんて、一体どんな人間でしょう。


 というか、それほんとに人間でしょうか?



 ぴんぽーん。


 ぴんぽーん。



 執拗に繰り返されるインターホン。ぶつ、という鈍い音がして、門の外のマイクとカメラが勝手に作動します。



『まだらぎさあああああん、いいいいいますかあ?』



 マイクがひろう、訪問者の不気味な声。到底返事を返す気にはなれない丹皇の目の前で、白一色から段々と鮮明になっていくカメラの映像。


 見たくない、見たくない、きっと見れば恐ろしいモノが映っているに違いない。そう思っても、目はモニターから離れてくれません。


 そして、そこには。




 ―何も、映っていませんでした。



  ぴんぽーん。

      ぴんぽーん。


   ぴんぽーん。



『まだらぎさあん、たっきゅううウううびんです』




  ぴんぽーん。


         ぴんぽーん。

ぴんぽーん。



ぴんぽーん。


      

ぴんぽーん。

 ぴんぽーん。



『まだらぎサあアアアん』



      ぴんぽーん。ぴんぽーん。


 ぴんぽーん、ぴんぽーん。



『イるのはわかってますよお』



ぴんぽんぴんぽんぴんぴんぽん


 ぴんぽんぴんぽん     ぴんぽぴん


    ぴんぽんぴんぽぴんぽ


    ぴんぽんぴんぽぴんぽぴんぽん ぴんぽん


ぴんぽんぴんぽんぴんぽん


    ぴんぽぴんぽぴんぽん



「まだらぎさあん開あけてくださアい」「いるんでしょう」「いそぎのごようじです」「まだらぎさんちょうどよかった」「耳寄りな情報があリるんです」「ここ、開けてくだpさい」「たすけてホシいんです」「あアあけてよおおお」「お話だけでも聞いてくださラい」「あけテケてよ」「探ヒしたんですよ」「開けてください」「あけろよ」「あけてくれないとここまりまま」「これじゃあ入れませんよおおおおおおー」「アケテ」「あけろ」「開けろよ」「開けないとたいへんなことになりますよお」



ぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぴんぽんぴんぽんぴんぽぴんぽぴんぽんぴんぽぴんぽぴんぽんぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽんぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽんぴんぽぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぴんぽんぴんぽんぴんぽぴんぽぴんぽんぴんぽぴんぽぴんぽんぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽんぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽんぴんぽぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽん



「あけて」「あけろよ」「あけて」「あけろ」「あけろ」あけて」「あけろ」「あけろ」あけて」「あけろ」「ここをあけろ」「あけろ」あけてよ」「あけろ」「あけろ」「はやく」「あけろ」「あけろ」「あけろ」「あけて」「あけろ」「あけろ」「開けろ!」



「ひいいいいい!」



 いくら脅されたって、開けるわけにはいきません。開けてしまえばもっと恐ろしいことになるのは目に見えています。


 門の外にいるモノが一体何なのかわかりません。しかし開けろと言っている以上、門が開かなければ、ソレは入ってこれないということ。


 屋敷の防犯設備は最新で、電子ロックは厳重です。大丈夫、此処にいれば絶対大丈夫。丹皇そう必死に自分に言い聞かせます。



『はいはい貴方達、ちょっと通してくださいな』


 

モニターを見ることもできずに震えていた丹皇の耳に飛び込んできたのは、ある種場違いな、ごく普通の「人間」の声でした。





 がちゃん。



 は?



 丹皇は耳を疑います。今のは。今の音はまさか?



『はい開きました。では参りましょうか』


『いやいやありえん。いいか、妖怪は閉ざされた扉を開けることはできないんじゃ』


『そこはホラ、今は人に化けてますから』


『んじゃ聞くが、電子ロックの方は一体どうやって開けたんじゃ』


『変化術で合い鍵を作りましたが何か?』


『ダブルスタンダードじゃろそれ!』



 ぶつんと音がして、それきりインターホンからの音声はそれきり途切れます。


 そして恐ろしいまでの静寂が、丹皇と屋敷を包み込みました。

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