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奥様達のお出かけ

 さて夏休みもあと一日と迫ったその夜の事。


 本来ならば借金の最初の期限もあと一日のはずですが、何がどうしたことか兵太郎がこしらえた多額の借金は突如としてなくなってしまいました。



「はい。あの人たちはみんな兵太郎を騙していたことをとても反省していました。どうか返さないでください、金輪際こくり家には関わらないから許して下さいと伝えるように言われています」


「ご苦労様。期待以上の良い働きでした」


「うむ。大儀であったの」



 主の奥さんたちに褒められて、クロのしっぽはぶんぶんぶん。ちらちらと兵太郎の方を伺っています。


 クロが英を助けに行ってくれたことは紅珠と藤葛から聞いていました。どうやらその時に借金のことも交渉してくれたようです。


 兵太郎にはよくわかっていませんでしたが、奥さん二人の話ではかなり高額になっていたはず。それが突然無くなってしまうなんて、一体何があったのでしょう。


 狐と狸と狗によってたかって鼻をつままれたような気持ちです。


 でもクロが頑張ってくれたことは間違いありません。しっかり褒めてあげなくては。



「クロちゃん、おいで」


「はいっ!」



 兵太郎に呼ばれたクロがばびゅんと飛んできました。



「ありがとうね、クロちゃん。お陰でお店が続けられそうだよ」


「はい、良かったですね兵太郎。きゃふううん」



 触り心地の良いクロの髪をわしゃわしゃと撫でると、クロのしっぽはちぎれんばかりにぶんぶんぶん。とても気持ちよさそうに目を細めます。


 大繁盛店のこくり家ですが、立地と言うのはやはり大きな問題。夏休みが終わればお客様の数は大きく減少するでしょう。


 でも借金がなければ全く問題ありません。常連さんや非日常を求めてお休みにやってくるお客様に支えられて、これからも末永くお店を続けられます。


 それもこれも二人の奥さんとクロのお陰です。兵太郎一人なら今頃はやっとお店を開けられていたかどうか、というあたりです。



「紅さん、藤さん。二人も本当にありがとう。僕はこんなに幸せになれるなんて思っても見なかったよ」


「なんの、礼などいらんのじゃ。お前様がいなければ儂は崩れた祠の中で錆びてゆくばかりだったのじゃからな。ありがとうはこちらの方じゃ」


「ええ、ええ。兵太郎がいなければ私も荒れ果てた後、やがて朽ちていたことでしょう。おあいこでございますわ。ありがとうございます」



 礼などいらぬとかおあいことか言っておきながら、自分でもありがとうを言ってしまう紅珠と藤葛です。


 夫婦は一心同体ですから礼はいらぬ物。でも言われるとやっぱり嬉しいものですから、いらないいらないと言いあいながらお互いにお礼を言いあうのがいいでしょう。



「さて。それでは残ったでかいゴミを片付けてしまうとするかの」


「ええ、ええ。明後日は兵太郎も久しぶりのお休みです。何の気兼ねもなくのんびりできるようにいたしましょうね」



 食後のお茶を楽しんでいた紅珠と藤葛がやおら立ち上がりました。



「クロよ。縫い霰山の神、紅珠が申し付ける。儂がおらぬ間山の神としての代理を果たすのじゃ」


「兵太郎の事、お店の事、一時貴方に任せます。よろしくお願いしますわね」



 兵太郎の友人の英を守り抜き、英とこくり家の借金を帳消しにしてきたクロに、さらなる重大な仕事が任せられます。



「大役確かに仰せつかりました。見事努めて御覧に入れます」



 クロは畏まって頭を下げました。二人がいない間はクロが縫霰山の神の代理を務め、同時にこくり家と兵太郎を守るのです。


 クロが紅珠の使いであることは縫霰山の物の怪達にも知れ渡っています。滅多なことは起きないでしょうし、いざとなれば山路もいます。


 しかしそれを含めても超重要任務。クロはしっぽがぴんと張る思いです。



「あれ、二人とも出かけるの?」



 兵太郎は驚いた声を上げました。今回ばかりは驚くのも仕方がありません。


 奥さんたちが家を離れるというのは今までにはほとんどなかったことですし、しかもこんな時間です。



「うむ。野暮用なのじゃ」


「少し遅くなるかもしれません。私たちの事は気にせずに休んでくださいね」



 何処へ何をしに行くのか、二人は口にしませんでした。


 なにせ美人の奥さんです。こんな時普通の旦那さんならともすれば浮気を心配するのかも。


 しかしもちろん兵太郎には当てはまりません。


 兵太郎は生まれてこの方ずっと馬鹿にされ続けて来ていますから、自信などと言う物にはとんと縁がありません。だから紅珠も藤葛も自分にはもったいないくらいの奥さんだということはなのは重々承知しています。


 ですがそれ以上に、自分がとても愛されていることは疑いようもないのです。恥ずかしながらそこは自信があるのです。


 だってそうでもなければ、こんな自分の所にこんな綺麗な奥さんがいてくれるはずがないのですから。



「二人とも、気を付けて行って来てね」



 その言葉に込められているのはたっぷりの信頼、純粋な心配、隠し味に寂しさ少々。なんとも美味な感情です。



「うむ。出来るだけ早く終わらせて、とっとと戻ってくるのじゃ」


「ええ、ええ。明日のお店が終わった後は、四人でゆっくり過ごしましょうね」



長くなってしまったので二話に分けました。このあとすぐ投稿したします。

そちらも見に来ていただけたらとても嬉しいです。

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