夏の終わりのスペシャルメニュー!
更新、おそくなりました!
「凄いねえ。太くて長くて。こんなに立派なの見たことないや」
大丈夫、ご安心下さい。ご覧の小説は間違いなく「こくり家」です。安心安全、全年齢対応です。
兵太郎がえへらえへらと眺めているのは太さは3㎝ほど、長さは一メートル半はありそうな大変立派な自然薯です。
自然薯はスーパーで売っている長芋の、山で自生している物の事です。
八月三十日、夏休みも残すはあと二日と言う今日この日、縫霰山の自然薯たちが示し合わせて集まって来てくれました。
天然物でしかも縫霰山の豊かな自然の中で数年かけて栄養を蓄えたつわもの揃い。ほら見てください。面構えからして違います。
「質と量を揃えての儀への参加、戦略含め実に見事であったのじゃ。旦那様も喜んでおる。儂も鼻が高いのじゃ」
山の神様の方の奥さんにも手放しで称賛され、立派な自然薯たちはさらに誇らしげに胸を張りました。
天然の自然薯は香りも粘りも強く、滋養強壮効果にも優れています。でも見つけるのも掘るのも一苦労。そう簡単に手に入るものではありません。栽培物に比べて十倍の値段が付くことも。
それが向こうからやってきてくれるのですから、山の神様と言うのは凄いものです。
兵太郎は葉が付いたままの山芋の、芋の部分を少し残して切り取りました。この状態で植えておくとまた成長して数年後に食べられるようになるのですが、こくり家では植え直す手間はいりません。
「達者で暮らすのじゃ。いずれまた会おうぞ」
山芋たちは紅珠と兵太郎に頭を下げて散っていきました。それぞれ自分で良い場所を探して植わるのです。きっと子孫を増やしながら成長し、また数年後にこくり家に現れてくれることでしょう。秋には親戚のむかごを紹介してくれるかもしれません。
さてこの素晴らしい自然薯。すりおろしてご飯にかけるのもよいですし、とろろそばも捨てがたい。敢えてすりおろさずに磯辺焼きや酢の物も魅力的。さてどのようにしていただきましょう。
「紅珠様、兵太郎の旦那、こちらにいやしたか」
兵太郎がえへらえへらと迷っているところに、やってきたのは川獺の川内です。
「本日分です。お納め下せえ」
そういって川内が差し出したのは川内自身の好物でもある鮎です。安心の川内クオリティー。間違いなく一級品なのは、兵太郎でなくても一目でわかります。
「わあ、川内さんありがとう」
鮎と自然薯。どちらも和の高級食材。しかもなかなかお目にかかれないほどの逸品となれば、合わせてみたくなるのが人情です。
「う~ん……。あっ、そうだ!」
兵太郎がにへら、と顔を輝かせました。さて、こくり家本日のおすすめメニューは……?
******
自然薯をコンロで炙りますと、ひげ根がちりちりと焼き切れます。
たわしで軽く流しつつ、狸印のナノバブル蛇口から出る水で洗いましょう。ナノレベルの水の泡が自然薯のくぼみへこみの奥の奥まで入りこみ、ひげ根の燃えカスや隠れた細かい泥をしっかりさっぱり落としてくれます。
皮が付いたまますりおろした方が香りが豊か。目の細かい専用のおろし金ですりおろしたら大きなすり鉢に移して、大きなすりこ木でさらにごりごり練り上げます。
天然ものの自然薯は、練れば練るほど粘り気が増し、とろりと舌触りも良くなって……
うまいっ!
さてお次は鮎。先ずは三枚に下ろします。
今回は内臓は使いませんが、天然鮎の内臓は貴重ですので捨てるのはもったいない。ナノレベル洗浄してから塩に漬けておきましょう。ひと月もすれば贅沢な鮎の内臓塩辛が出来上がります。ちょっと癖が強いのですが、好きな人にはたまらないヤツ。
ちなみにこちらは申し訳ございませんがお客さんには出せません。ご自宅用の自己責任。兵太郎がその目で見ながら調理しているので問題はないのですけどね。え? どうしても食べたい? しょうがないなあ。他のお客様には内緒ですよ?
さて脱線しました。内臓の事は忘れて、今は三枚におろした身と骨の方に集中しましょう。
中骨と頭はナノ洗浄で血を洗い流してから炭火で焼いて香りをつけ、さらにそれを煮込んで出汁を取ります。
強い粘りによってスライムみたいにこんもり盛り上がった自然薯とろろに、鮎の出汁を少しずつ加えてさらに練っていきます。
お味噌とお醤油を少々、さらに練り、味を調えたらとろろ汁の完成。ランチタイムまでしっかり冷やしておきましょう。
ここから先はご注文が入ってから。
鮎は身が縮まないよう金串を打ちまして炭火で塩焼きに。焼きたての半身を豪快に、どーんとどんぶりご飯に乗っけます。
添えますのは自然薯を皮ごとおろしたため褐色の斑点が混じる冷やしとろろ汁。きゅうり、みょうが、大葉、刻み葱、琥珀色の氷も入って見た目も涼し気。
こちらがこくり家夏休み最後のおすすめメニュー、
『焼き鮎と冷とろ汁のセット』でございます。
今回ご試食頂くのは鮎にはうるさい川獺の川内さんです。まずはご飯と冷やし汁、それぞれ召し上がってみて下さい。
「塩焼きかあ……。や、文句付けるわけじゃないんだけどよ。俺ぁやっぱ旦那の作った天ぷらが……うほっ、旨っ!」
流石レジェンド妖怪、名持の川獺。期待通りのリアクションありがとうございます。
魚焼くなら強火の遠火。皮はパリッと、身はしっとり。鮎の香りを損なうことなく焼き上げました。シンプルだけに奥深い、焼き魚の真骨頂。ご飯と一緒に頂けば、それだけでもうご馳走です。
「いやあ、焼き魚も悪かねえな。流石旦那だ、え、残部食べたらだめ? 先にとろろ汁の方飲むんで? あー、旦那がそういうなら……。んあっ、うまっ!? これすげえ。すげえ鮎の味がするぜ旦那!」
焼いた骨と頭から取った鮎だしで解いたとろろですから当然です。さらにとろろの中にも焼いてほぐした鮎が隠れています。動物性のたんぱくを一緒に採ると、キュウリやミョウガもさらにおいしく味わえます。
「それになんつうんだ。ひゃっこくて体は冷えるのに腹には力が入るっつうか。内臓全部がやる気だしてるみてえでさあ」
なんだか不思議なことを言い出す川内ですが、単に気のせいと言うわけではないのかも。
自然薯は漢方では山薬と呼ばれ、上薬に分類されます。
上薬とは長い間摂り続けても副作用が起きず、不老長寿の効果があるとされる薬のことです。山薬には気力を補い、身体に潤いを与え、また胃腸の働きを助けてくれる働きがあるのです。
「んで? ご飯にかける??? このひゃっこい汁を? 焼きたての鮎と炊き立てのご飯にですかい?」
温度は味の一つ。
川内の懸念はもっともです。冷たいものは冷たく、温かいものは温かく、熱いものはできるだけ熱くいただく。それがおいしさの基本です。合わさってぬるくなってしまってはもったいない。
「あ、いや違うんでさあ。旦那を疑うなんてことはこれっぽっちも。へい、ありがたくいただきやす……」
か~ら~の~?
「うほっ、うまっ⁉ あっついのとひゃっこいのいっぺんに食うの、うまっ!」
そうなのです。舌は温度変化に敏感です。冷たさと温かさを同時に感じた時、その感覚は打ち消しあうのではなく、互いに印象を強めあいます。
そう、温度は味の一部です。
塩気が甘さを引き立てるのと同じように、温かさは冷たさをひき立て、冷たさは温かさを引き立てて、味が何層にも感じられます。
川内の好きな天ぷらと大根おろしたっぷりのつゆも同じ原理です。
「あっ、なるほどそういうことですかい。しかもこっちには氷が入ってるから、とろろ汁がぬるくならなくて、ずっと冷たくて。こりゃあうめえ!」
そして味に層を加えるの仕掛けはもう一つ。
「ん、なんかさっきと味が変わって……? あっ、これ、氷も味がすんのか!」
そう。秘密は冷や汁の中の琥珀色の氷にあります。
実はこの氷、兵太郎印の和風だしとお醤油を合わせたもの。夏の炎天下にそのまま口に放り込んでもおいしい出汁氷。溶けだしてもとろろ汁の味を損なうことなく、むしろ味に深みを与えます。
最初はとろろのまろやかさが前面、溶けてくるとだしの旨味と醤油の香りが広がり、最後まで飽きさせません。
熱いご飯と冷たいとろろ汁、更に冷たい出汁氷。
三つの温度によって焼き鮎の旨味と自然薯とろろの滋味をさらに何層にも味わえる。
それが『焼き鮎と冷とろ汁のセット』
今日と明日の限定メニューでございます。
「ひゃあ~、涼し。んでもって胃も調子よくなってすっきりした気分でさあ」
「それは良かった。じゃあ、こっちもね」
兵太郎がことりと川内の前に置いたのは、なんと大好物の鮎の天ぷらです。
「だ、旦那ぁああああ! さすがわかってるぜえ!」
ほくほく、サクサクの鮎の天ぷら。お目こぼしの偽装徳利からごくりと一口。
「っかぁああああ~~ッ! 旨ぇえええっ!」
お酒も天ぷらも、いつもよりもさらにおいしく感じるのは、もしかして山薬の効果でしょうか?
こちらの『焼き鮎と冷とろ汁のセット』はしっかりお腹いっぱいになるだけのボリュームがありますが、お召し上がりの後にもしも物足りなく感じたら、天然鮎の天ぷら等一緒にご注文されるのももいいかもしれません。
夏休みは終わりますが、まだ暑い日は続きます。残暑を乗り切るために、ぜひ一度ご賞味下さいませ。




