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お届けこくり家

 ぴょんぴょんぴょん。


 こくり家が手掛ける新たなお仕事に先立って、クロは縫霰湖の裏手へとやってきました。


 こちら側は人が入り込むことはできませんが、最近ではドローンと言うやつが近くまで来ることがありますので油断はできません。巷で騒がれるヌシの正体が実は近くのこくり家で餌付けしている謎生物だなどということが知られてしまっては大変です。


 いや、それはそれで大スクープだけれども。


 でもそんなのやらせだとかUMAって言ったのに妖怪だなんてずるいとか、騒ぐ人はいるものです。ずるいっていったいなんでしょね。


 木と岩で囲まれた向こう側からは見えない場所に着いたクロが狸マークの岡持ちの蓋を開くと、スパイシーな香りがあたりに漂い始めます。



「ぬべえ!」



 香りに惹かれてすぐにヌシが現れました。もっちもっちと体を伸び縮みさせて早く、早くと催促です。



「わかってるよ。今あげるから」



 ヌシに対しては少々複雑な思いを抱いてはいますが、クロはいい店員ですのでそんなことおくびにも出しません。


 主が作った状態をちゃんとそのままキープして来た「湖の主カレー」を地面に置くと、ヌシはぬべえ♥と喜びました。


 この夏こくり家が仕掛ける最後のイベントは、縫霰湖のヌシウオッチャーの方々への配達です。しかしこの業務には一つ重要な問題がありました。


 湖の主そのものです。


 いくら力あるUMAに成長したと言っても、兵太郎の料理が湖の周りで供されるようになっては我を忘れてしまうかもしれません。


 このため配達メニューにはヌシの好物である主カレーは含めないことが決定されています。


 それでもやっぱり気になってしまうでしょうから、前もってヌシにはカレーをお供えするのです。他の人はカレーが食べられない。自分だけの特別サービスと言うわけですから、ヌシも悪い気はしないでしょう。


 でも念のため、カレーにプラスしてテイクアウト限定メニューも一日一つずつお供えすることになっています。今日は定番山路さんおにぎり。ヌシはこちらもおいしそうにもっちもっちと平らげました。



「じゃあ、今日もよろしく」


「ぬべっ!」



 ぬべぬべとヌシカレーを食べ終えたヌシからヌシ専用のお皿を回収すると、クロはぴょんぴょんとこくり家と戻るのでした。



******



 さて夏休みも間もなく終わり。


 今日こそはぬっしーを画像に収めんと、ヌシウオッチャーたちは気合十分です。


 何かいることは間違いないのです。姿を見たものも多いのです。


 ま、そうはいってもヌシの姿を写真に収めた者はおりません。ガチ勢も「今日も駄目だった」とつぶやくためだけにここに来ている者がほとんどです。


 みんなぬっしーが大好きです。写真に収められない不思議さを含めて、ぬっしーを愛しています。だから姿が撮れなくってもいいのです。


 勿論自分以外の誰かがその姿を捕らえない限りは、ですが。


 さて残された時間を有効に使うため、できるだけ長く湖に張り付いていたいヌシウオッチャーの皆様に朗報です。


 皆様御用達のあのこくり家で、新サービスが始まりました。


 縫霰湖および縫霰山への配達でございます。


 こくり家アプリからのご注文ですと、出来立てを注文後10分以内と言うありえない速さでお届けいたします。あれ、10分? 確かにあり得ないけど、こくり家としてはイマイチじゃない?


 流石ですお客様。ほんとはもっと早く届けられるんですが、ありえなさすぎるので5分待ってから兵太郎に注文が届くシステムとなっています。


 アプリをご登録されない方でも宅配のご利用は可能です。事前に店舗にお立ちよりいただいただき、ご注文とお届けの時間をご指定の上、GPS内蔵キーホルダーをお受け取り下さい。


 キーホルダーのデザインは全部で4種類。


 当店店員の紅珠、藤葛、クロ、それに湖のヌシ。


 店長? いらないでしょ妖怪以外に需要ないし。


 えっ、クロジ? マニアックですねお客様。


 キーホルダーは大変可愛らしい見た目となっておりますが、お持ち帰りはご遠慮ください。もし間違って持って帰ってもいつの間にかなくなっています。GPSなしの同様の物がこくり家本店のお土産物(みやげもの)販売所で販売しております。ぜひそちらをお求めください。


 そうそう、お土産物と申しますと、「こくり家限定湖の主革細工シリーズ」も大人気です。


 こちら猟師の颯の知り合いの職人さんの作る革細工に、シルエットにしたヌシの型の焼き印を押したものとなっています。


 機能性もさることながらデザインが素晴らしく、こくり家通を自称するインフルエンサー様たちの間でひっぱり猪のひっぱり鹿。


 化粧品や文具にちょうどいいサイズのヌシ・ポーチバッグ。焼き印は控えめに角に一つ、さりげなく。


 ヌシ・トートバッグは買い物にも使える普段使いサイズ。焼き印はヌシが湖面に浮かぶシルエット。大きめで存在感たっぷり。


 わあ凄い。他のも見てみたい! 申し訳ございませんが今あるのは本日入荷したこの二つだけ。


 品質は折り紙付きですがそもそもが全部手作りの一点もの。出した瞬間に売り切れた長財布やショルダーバッグの入荷は完全未定となっております。ご予約はお受けできませんのでご容赦下さい。


 話が脱線いたしましたがデリバリー商品は種類を限定しまして、お食事は山路さんのおにぎり、猪肉バーガー、鹿の焼肉バーガー、包み焼ピザ、鶏とクリームチーズのサンドイッチの五品をご用意いたしました。加えて各種ドリンクと天然水かき氷がご注文いただけます。


 山路さんのおにぎりは言わずとしれたこくり家開店当初からの定番人気メニュー。


 お召し上がりになった方々によれば、彼氏との仲が深まった、帰りの信号が全部青だった、推しの夢が見られた、生まれて初めて猫になつかれた、可愛いヤンデレの彼女ができた等々、相も変わらず霊験あらたかであるようです。


 続きましては猪肉バーガー。


 猪肉を中心に牛、豚のひき肉をブレンドし、どなたでも食べやすいハンバーガーに仕立てました。野菜はシャキシャキレタスとオニオンスライス。


 パンもハンバーグも野菜もいっぺんに、がぶりと食らいつきましょう。大きなハンバーガーではありますが、柔らかいバンズにはさまれた食材は抵抗なく噛み切れます。口の中に広がる微かな野性味と圧倒的な旨味。味噌、自家製マヨネーズ、柚子胡椒の特製ソースがよく合います。


 計算されたおいしさをカジュアルに一口で全部丸ごと味わえる。これぞハンバーガーと言うものです。



 鹿肉は焼いた肉を挟んだ焼肉バーガーでご提供。


 ブルーベリー、赤ワイン、お醤油、蜂蜜等々のタレに漬けこんだ薄切り鹿肉を大胆に大盛にサンド。お野菜はやっぱりレタスとオニスラ。ブルーベリーソースをとろりと追い掛け。ハンバーガーと言う形態ながらも、味からも見た目からも高級感あふれる一品です。



 ジビエ系はちょっと、という方には包み焼きピザがオススメです。


 名店ヴィアラッテアのリコッタとモッツァレラ。サラミ、トマトソースの定番素材を発酵生地で半月型に包み込み、こくり家の自慢の窯でこんがり焼き上げました。


 パリッとひび割れた表面の隙間から、ふわりと立ちのぼるチーズの香り。包み焼にすることでお外でも長時間焼きたて食感を楽しめます。焼きたてをお手元に届けられるのは当こくり家自慢のクロ狼配送システムのお陰です。よそではちょっと真似できません。


 鶏とクリームチーズのサンドイッチは先の四品とはうって変わって冷菜としてのご提供。


 兵太郎たってのお願いで、あのヴィアラッテアに五つ目のチーズが登場。ヴィアラッテア本店でも大人気の新商品クリームチーズをこくり家では優先的にお取り寄せ。


 伊達さんの鶏は張り切りハーブのマリネ液に漬け込んだ後、低温でじっくり火を通しました。


 酢漬けにした細切りニンジンと一緒に香ばしい田舎風黒パンに挟み、レモンとオリーブオイル少々。爽やかな酸味と冷たくてしっとりした鶏の食感。暑くても食欲を忘れさせない一品となっております。


 以上五品に加えて各種ドリンクと天然水かき氷もご注文いただけます。


 店舗でも人気の天然水かき氷。こちらこくり家湧水のブロック氷をしばらく放置して解ける直前の±0℃付近まで「温め」てから削ります。この温度の見極めがおいしさの秘訣。氷の表面が濡れはじめ、兵太郎がにへらと笑顔になったら適温です。


 溶けだす直前の柔らかな氷を特性鋼刃のかき氷機で薄く薄く削り上げます。


 シロップはブルーベリー、ラズベリー、桃、苺、コーヒーからお好みでお選びいただけます。そこに練乳をたっぷりと。


 薄く温度の高い氷は口の中に入れた瞬間に淡雪のように溶け、果実から作ったシロップの冷たい甘みが体中に広がります。炎天下でのヌシウオッチングにも最適。


 頭がきーんとならないのもこくり家かき氷の特徴です。


 配達のご注文はかき氷一杯、ドリンク一杯からご注文が可能。ただし配達料は別途いただきますのでご了承くださいませ。



 尚すべての配達商品は当然こくり家本店でもテイクアウトおよびイートインが可能です。


 テラス席からまるで花畑のようなこくり家の庭を眺めながら、スマホや文庫本片手にハンバーガーとかき氷など如何でしょう。夏の名残の花々をまるで一枚の絵の様に見渡せるのも、こくり屋の魅力の一つです。


 テラス席のすぐ近く、黄色い小さな花が集まっているのはオミナエシ。傍らの赤黒いは花穂ワレモコウ。木陰にひっそり咲く釣り鐘のような黄色い花はキツリフネ。


 少し離れればクルマユリの鮮やかな橙や、果物の房のようなシモツケソウのピンク。


 花はヌシと違って逃げも隠れもしませんし、これをスケッチすれば夏休みの自由研究もバッチリ。


 勿論こくり家そのものを目的としてご来店いただいたお客様の為に、本店だけの限定メニューもございます。そちらは次回の講釈で。


 残り少ない夏休み。



 お客様はどこでどのように、こくり家を堪能されますか?


沢山の応援、ありがとうございます!

今後ともよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
美味しそう……どれも食べたい〜!!なんでこっちにこくり家がないんだ……?おかしい…………
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