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送り狼少年

「お友達」「帰った?」「もうオトモダチじゃない」「まだお友達?」「お友達は大事」大事なオトモダチ「おトモダチ第一」「じゃなくなった?」「二度とお友達を名乗らないでいただく」「じゃお友達じゃない?」「絶交?」「ゼッコウ?」



「およしなさいなあなたたち。あの方は兵太郎のお友達ですよ」



 言葉まで話すようになったエリートやなりとラップ音達の物騒なやり取りを藤葛がたしなめます。


 物の怪たちの声とは違って彼らの声は誰にでも聞こえます。今でもBGMは彼らに任せていますが、ゆくゆくは店内放送にも使えるかも。



「さてさて。困りましたわねえ」



 残された封筒を見て藤葛はため息をつきます。


 英がこれを持っていかなかったのは藤葛にとっても全くの予想外でした。


 封筒の中から取り出した札束にふうと息を吹きかけると、札束は木の葉の束へと変わります。


 今のこくり家にとってこの金額を用意するのは別に問題ありません。


 英の後ろにいる輩に流れることがわかっていて、兵太郎が汗水たらして稼いだお金を渡すわけにはいきません。


 札束に変えた木の葉には仕掛けがしてありました。狸流変化法GPSの術。要はそれが何処にあるかわかるようにしてあったのです。ちなみにGPSは「現在位置がぴこんと表示されるのですぐにわかる」の略です。


 それを辿って英を脅している者たちには思い知らせてやるつもりでした。



「さて、どうしましょうか」



 憂さ晴らしだか面白半分だか知りませんが、本来兵太郎をたばかった英の罪は重く、それだけで万死に値します。


 ただ、まあ、そのことについて兵太郎は言ったのです。



「英ちゃんのお陰で紅さんと藤さんに会えた。だから英ちゃんには感謝してる」



 非常に不本意ではありますが、それは一つの真実です。なによりそれを兵太郎自身が言ったというのが大きい。



 家に変化しておよそ百年。


 自分を別の物と定義して過ごすには、それはあまりに長い時間です。藤葛がかろうじて自我を残していられたのは時折「お化け屋敷」にやってくる勇敢で臆病な男の子たちのお陰。しかしそれも恐らく限界でした。


 英がいなければ藤葛は兵太郎と出会うこともなく、自分が何者なのかも忘れたままに、家として一生を終えたことでしょう。


 そんなわけで万死の罪の償いは澄んでおります。


 それに、英がこれを持っていかなかったのは藤葛にも予想外でした。見事に自分に一杯食わせた人間に褒美を与えるのは、古来より大妖怪の嗜みです。


 それに英が言っていた開店祝いがもしも実現したのなら、兵太郎はとても喜ぶでしょう。その顔を想像しただけで藤葛は嬉しくなってしまいます。



 だから、英は守らなくてはなりません。



 物の怪達に尋ねながら藤葛自身が出向くという手もないわけではないですが、物の怪の意識は本来あいまいです。生ける神紅珠が治める縫霰山と言う場所が例外なのです。目的の答えを得るのに時間がかかってしまい、その間に英に何かあっては大変です。



「良い機会です。クロならば後を追うのも問題ないでしょうし、どこまでできるかあの子にやらせてみましょうか」


 どうせこの話をすれば是非自分にと言い出すでしょう。それならいっそ初めから任せてしまえば、クロも大いに張り切るはず。


 藤葛がここにいる今現在、広いこくり家の店内は紅珠が仕切っています。ということは、そうめんコースターを含む屋敷の外は全てクロに任されているということです。


 一時ではあり、また凪紗と若木の手伝いがあるとはいえ、クロは一大イベントを任すことができるまでに成長しました。集金屋から英を守る程度の事は余裕でやってのけるでしょう


 その後はお手並み拝見と言ったところです。



「さてさて。そうと決まればまずはお客様ですね。すっかり紅さんとクロに任せきりにしてしまいました。後れを取り戻さなくてはいけませんわ」



 藤葛はぽんと手を打って、いそいそと自分の持ち場の店内へと戻っていきました。




 ******




「で? お友達から店は返してもらえたのかい?」



 集金屋のボスがそういいますが、これは「はい」とか「いいえ」とかを聞いているわけではありません。出来ていないことはわかっていて、あえて質問して英の恐怖心を煽っているのです、


 なにせ英はボスの前で部下の大男二人に地面に頭を押し付けられています。返してもらえたと思っていたらこんな仕打ちにはならないでしょう。


 やっぱりお金は貰ってくるんだったかな。


 予想通り英は早速後悔していました。美人の前だからってカッコつけてしまったな。やれやれ、これだから男と言うやつは。しかも相手は友人の奥さんだっていうのに。



「何笑ってんだお前。立場わかってんのか?」



 ボスに凄まれて、英はそれに気が付きます。そうか。俺、笑っていたのか。


 確かに後悔はしているけれどそれは只、単に後悔しているというだけのことです。あのお金を持って帰ってきてしまえばもっと後悔していたでしょうから仕方がありません。


 だからきっと、自分は笑っているのでしょう。



「お前、すぐに楽になれるなんて思ってねえだろうな」



 でもこんな風に笑っていられるのはいましばらくの間です。一方的に振るわれる暴力は、実に的確に人の心を削るのです。


 手下たちが木刀を構えました。英はその痛みと恐ろしさは身に染みて知っています。


 それでも今までは手加減されていました。大きな怪我をすれば仕事に支障が出るからです。きっと今日からはそれがありません。数日掛けて嫌と言うほど苦痛を味あわされて、その上で英の身体は文字通りに引き裂かれるのです。



「腹は打つな。売りもんに傷がつく。それ以外は構わねえ。しっかり後悔させてやれ」



 ボスの言葉に手下どもが笑います。何処から壊そうかと相談しているようでした。


 一人は動画の撮影の準備を始めます。この動画は英の同僚たちや哀れな新人を教育するのに使われます。以前に英も見せられた動画です。



 やがて相談がまとまったようで、英は二人がかりで押さえつけられました。右手をぐいと引っ張られて水平に固定されたところを見ると、どうやら利き腕から壊されるようです。


 ぐいと髪を引っ張られて、英は頭を上げさせられました。



「おら、しっかり見とけよ」



 英の髪の毛をつかんでいる男の反対の手には、忌々しい木刀が握られています。


 見とけと言われてみていられるものではありません。英はぎゅうと強く目をつぶりました。


 そんな英をあざ笑う声と共に木刀が、英の右腕に。



 ———振り下ろされることは、ありませんでした。



「な、なんだてめえは!?」



 突如手下の男の上げる狼狽した声に、英は恐る恐る目を開きます。


 英と男の間に、恐ろしく綺麗な顔をした高校生くらいの少年が入り込んでいました。男の振り下ろしただろう木刀の先端は少年の左手にがっちりと捕まえられています。


 少年は男の誰何には答えず、掴んだ木刀の先端を振り下ろしました。


 ぶん。



「うおっ!?」



 するとどうでしょう。


 逆の端をつかんでいた男がまるで自分で飛んだかのようにくるりと宙を舞います。


 ごすん。


 そのまま顔から落ちて地面に激突しました。うわあ、すっごく痛そう。


 固いコンクリート打ちっぱなしの床ですしかなりの高さがありましたから、鼻っ柱くらいは折れているかも。英はさっきまでのこともすっかり忘れて男に同情します。


 少年は奪った木刀を投げ捨てると、英の方に振り向きました。そのまま右手を無造作に払います。


 どごん。


 虫でも払うような何気ない仕草からは想像できない強く鈍い音。英の左側にいた男はたまらず壁まで吹き飛びました。


 無造作にも見えた少年の一振りは、剛腕を以てごく至近距離でも爆発的な威力を生み出す必殺の一撃。いわゆる、裏拳というやつです。


 さらに少年は目も留まらぬ速さで踏みこむと、再びドスンと鈍い音がして英の右手を抑えていた男が反対側の壁まで吹き飛びました。いわゆる右ストレートです。


 なんという力。なんという強さ。なんと言う暴力。


 三人の男を瞬時にのして、恐ろしく綺麗なその少年は英に向かって優しく恐ろしく笑います。



「英さん、黙って影に入ってしまってごめんなさい。此処が一番確実英さんを守れると思ったんです」



 英はそれとよく似た笑い方をする人を知っていました。似ているというよりも、その後ろにある凄みに通じるものがあるのです。


 暴力は恐ろしい。この少年は恐ろしい。集金屋よりはるかに強い暴力を生み出すこの少年は、だけどもなんと、頼もしい。



「君は、一体……?」



 集金屋の男たちには一切関心を向けることもなかったその少年は、英に問われると慌てたように、あっと小さく声を上げました。



「申し遅れました。英さんごめんなさい。僕はクロ。こくり家の主兵太郎と、その奥方様たちに仕えるモノです」


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