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お友達の裏事情

「貴方たち、紅さんに中の事をお願いしますと伝えて下さいな。私は少々この方とお話をさせていただきます」



 藤葛と名乗った女性は中空に向かって何事か伝えました。英が見たところそのあたりには何もありませんが、きっと壁に従業員用のマイクでも設置してあるのでしょう。



「ねえ藤さん。あのね」


「大丈夫ですよ兵太郎。ちゃんと心得ておりますわ」



 困った顔で声を掛ける兵太郎に、藤葛はにっこりとそれはそれは美しい笑みで答えました。



「では英さん。こちらへどうぞ」



 同じく美しい顔と穏やかな笑み。なのに兵太郎に向けたのとは全く異質の笑顔でそういうと藤葛は屋敷の奥へと歩き始めます。その有無を言わせない迫力に、英は言われるままに後に従いました。




 英が連れていかれたのは喫茶店になっている大きな屋敷の奥の奥、しんとした事務所のような場所でした。英が促されるままに中央に設置された椅子に座ると、戸口からがちゃりと鍵が一人でにかかる音がしました。どうやらオートロックのようです。


 しかしロックと言うものは基本外からの侵入を防ぐために使われるものです。まさか、外に出さないための物であるはずはありません。いくら後ろめたい事情があり、目の前の相手が恐ろしいからとはいえ、それは考えすぎというものです。


 そんな思いが顔に出たのでしょうか。藤葛は英に向かって言いました。



「逃げようなんて考えないで下さいませ。人の身では不可能ですし、なにより私か紅さんの許可を得ずにこの屋敷を出ることは自殺行為ですわよ」


 嘘や冗談とは思いませんでした。藤葛から放たれる凄みがソレを許しません。

  

 英はこくこくと頷きます。考えすぎなどではありませんでした。むしろ考え不足だったようです。


 言っていることの意味はよくわかりませんが、どうやらオートロック以上の仕掛けがある様子。どんなものかはわかりませんがとにかく逃げてはいけないこと、逃げられないことはわかりました。




「さて、お話を聞かせていただきましょうか」



 美しい笑顔から放たれる射すくめるような視線に英は体を強張らせます。



「自覚があるのは良いことです。兵太郎をたばかったあなたに開き直られてしまっては私も抑えが効くかどうか。うっかり引き裂いてしまっては兵太郎が悲しみます」



 それはそれは美しい女がにい、笑います。藤葛は「奴ら」の様に声を荒げたりはしません。暴力も振るいません。しかしどうしたことか、「奴ら」以上に恐ろしい何かを感じます。



「そう身構えないで下さいませ。貴方は曲がりなりにも兵太郎の友達です。取って喰おうというわけではありません」



 そういわれても安心などできるものではありません。むしろ、兵太郎の友達でなければ取って喰ってやったものを、とでも言われているような気分です。



「何もしないと申しておりますのに。それにあなたにはもう一つ重要な価値があります」



 つまりはその価値を示せば何もしないということです。英は藤葛の顔色をうかがいながら話の続きを待ちました。



「先ほどあなたは『駄目だ、そうはならない』とおっしゃっていましたね。これは借金を返すことができない、あるいは借金を返しても意味がない、と言う意味で間違いないでしょうか?」



 英は無言で頷きました。隠しても仕方がありません。それはついさっき、兵太郎の前で英が口走ってしまった内容です。



「では、その理由をお聞かせいただけますか? 元より私は貴方に善意や道徳は期待しておりませんので、包み隠さず全てをお話下さいませ」




******




 今年の四月の初め、夕甚(ゆうじん) (えい)は会社をクビになりました。正確にはクビではなくリストラなのですが、そこは些細な問題です。


 次の仕事を探すにも、英の能力とプライドに見合う仕事はなかなか見つかりません。


 友人達が気晴らしにと誘ってくれた飲みも、本当は行きたくありませんでした。行けば惨めな思いをするでしょう。しかし行かなければきっと陰で笑われるのでしょう。仕方なく英は参加することにしました。



「まあ、しばらくゆっくりしてそれから考えるさ。その気になれば仕事なんてすぐ見つかるだろ」



 何も気にしていないふりを装って英は作り笑いを浮かべます。友人たちもそれに同調してくれました。



「そういや、あの馬鹿も仕事クビになったらしいぞ」



 英を気遣ってか、一人がそんなことを言い出します。このメンツで集まって、馬鹿と言えば誰の事かは決まっています。それはなかなかに痛快なお話でした。



「マジかよ、ってまあ当然か」


「はは、マグレなんてそうそう長くは続かねえよ」



 馬鹿の癖に運だけで誰もが知っているような良い会社に入社し、似合わないスーツ姿でへらへらと同窓会に現れたあの男を良く思っているものなどこの場にはいません。転落したならいい気味です。


 あの要領の悪い馬鹿の事ですから次の職を探すのは難しいでしょう。その気になれば何とでもなる英とは違うのです。


 その日の飲み会は、実に有意義なものになりました。自分より惨めなものがいるというのは精神衛生上非常に良いことです。


 とはいってもいつまでも仕事をしないでいれば自分もあの馬鹿と同類になってしまいます。そう思うと不思議とやる気も出るものです。


 英がネットで楽で短期で実入りのいい仕事を探しておりますと、一軒の怪しい広告が目に留まりました。土地の買い手を紹介すると報奨金を貰えるという物です。


 英はにやりと唇を歪めます。


 それは実に実に、おあつらえ向きのお仕事でした。


 酒のネタが増えて金も入る。なにより自分より惨めな人間を見れば心も晴れる。自分より劣っている人間がいるというのは気持ちがいい。馬鹿を見下すのは気持ちがいい。


 英は昔々に(くだん)の馬鹿が「喫茶店をやりたい」等と言って笑われていたのをしっかり覚えていました。


 正直なところ喫茶店をやりたいと言って笑われる理由は昔も今もわかりませんが、それは別にいいのです。あの馬鹿のやることは何でも嗤っておけばいいのです。みんなそうしてます。


 報酬の額を見るにまっとうな仕事ではないでしょうがそれは別に構いません。自分は騙す方であり騙される方ではないのです。


 しかも騙すのはあの馬鹿ですから罪悪感もありません。弱肉強食は世の摂理。騙される馬鹿が悪いのです。 


 予想通りその馬鹿は英が「親戚から相続した」といって紹介した家をほとんど確認もせずに買いました。英に感謝までする始末です。


 馬鹿のお陰で英にはまとまった金が入りました。


 こうなればもうあくせく働くなんてやってられません。成功体験が英の思考を鈍らせます。


 以来、英はおかしなアルバイトにはまりました。



「【軽作業】報酬高額!」

「いるだけでOK! あとはこちらですべて手配します」

「これで生活変わった人、たくさんいます」

「知ってる人はみんなやってる。書類だけでOK、10万円」

「紹介制・完全非公開」

「真面目にやれば月50万以上は可能です」

「興味ある方だけDM下さい」



 どんどん仕事はヤバくなりますが英はそれに気が付きません。それどころかむしろ自分は特別だという優越感すら持ち始めました。気分は一流詐欺師です。


 法人名義での口座の開設、名前を貸しての中古車の購入。馬鹿に古屋敷を売った時に伝手が出来た金貸しから回ってくる「集金」業務。



 そして時は訪れます。



「んだテメエは?」



 ただの「集金」のアルバイトで向かった先にはとても怖いお兄さんがおりました。どう考えても堅気ではありません。集金なんてとても無理。


 英は慌てて事務所へと逃げ帰った英に、「筋がいいアルバイト」として英を重宝していたはずのボスは、態度を一変させました。



「あ? できなかった、じゃ済まされねえだろ」


「んじゃお前が払うんだな」



 あれよあれよという間に、英は借金まみれになりました。


 今日も今日とて回されるのは誰もやりたくなくて実入りの少ない仕事。要は自分と同じ立場かそれ以下の者達からの「集金」です。


 成果など出せません。狩りに出しても労働の喜びはありません。英は西洋映画の不死妖怪のような日々を過ごします。


 その日も成果ゼロでびくびくと事務所に戻ってきた英に集金屋のボスが見せるのは「こくり家」という喫茶店のネット広告でした。



「お前確か、この店買ったやつのオトモダチだったよなあ?」



 それが以前友人に自分が売りつけた古屋敷だと理解するまで、しばしの時間を必要としました。


 広告だけ見ても、その喫茶店が大成功を収めているのがわかります。あの馬鹿がこれをやったなんて俄かには信じられません。



「さる金持ちの爺さんが、どうしても今すぐこの家が欲しいんだとよ。だまってりゃ金が回収できるってんだからほっときゃいいのにもったいねえ。うちは真っ当で善良な金貸しだ。足が付くような面倒ごとや暴力沙汰は御免だ。わかるか?」



集金屋のボスの言うことはさっぱりわかりませんが英は頷くしかありません。



「ったく、面倒くせえジジイだ。強欲で遠慮ってもんを知らねえ。お前この家取り返して来い。駄目だったら店に不審火でも焚いてきな。それで全部チャラにしてやるよ」


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