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天の川四重奏

クアトロフォルマッジ。


「4種類のチーズ」という意味で、トマトソースを使わず四種のチーズのみをトッピングしたピザのこと。まさにチーズをとことん楽しむためのピザと言えるでしょう。


 何を使うのかは特に決まっていません。どんなチーズでも四種類使えばそれはクアトロフォルマッジとなります。


 それにしても通常は風味の異なるチーズを合わせて味に奥行きを持たせるの。


 四種類のうちカチョカヴァロを除く三種類がモッツァレラ、リコッタ、カッテージというフレッシュチーズで作られたクアトロフォルマッジはおそらく前代未聞でしょう。



「では、いただいてみるでござる」



 蘇酪が戸惑いながらも手を伸ばします。



 もしもいまいちだったらどうしよう?


 実はそんな思いもあるのです。此処までの料理の事もありますから、兵太郎の顔を立てて世辞でも旨いというべきか、それとも同じ職人としてしっかり指摘するべきか。


 しかしそれはもちろん杞憂と言うものです。


 恐る恐るもその真っ白なピザを口に入れた蘇酪は驚きの声を下ました。



「ふ、ふおう! これはなんと優しいピザであろうか!」



 チーズに関しては一切の妥協を許さないチーズ小僧の蘇酪の言うことです。千雪も半信半疑ながらもそのピザの先端をかじってみました。



「おいしい! 優しいけど凄く濃厚。チーズを食べてるって感じがする」



 実は千雪のその言葉は、まさにヴィア・ラッテアのお客様たちがそのチーズに抱く感想そのもの。


 四つのチーズ中で中心となるのはモッツァレラ。とろける糸引きとミルクの優しい風味。


 ふんわりとミルキーな甘みはリコッタ。


 香ばしさとコクを担当するのは焦げ目も美しいカチョカヴァロ。


 時折感じられる粒状の軽やかな食感はカッテージチーズ。控えめな塩味で他のチーズを引き立てます。


 ヴィア・ラッテアの四種のチーズの魅力をとことんまで引き出した一品。


 美味しいものを最もおいしい形でいただく。それが兵太郎の料理です。



「これも是非使ってみて下さい」



 兵太郎が持ってきたのはこくり家蜂蜜です。


 クアトロフォルマッジには蜂蜜をかけるのが一般的な食べ方です。しかしそれはクアトロフォルマッジに癖と塩味の強いチーズを使うからこそ。はてさてこちらの優しいピザに蜂蜜はいかがなものか?


 等と心配する必要はもちろんありません。


 ミルキーな味わいのチーズピザに、蜂蜜が合わぬわけはありません。



「これは、罪深き味にござるな」


「あー、もうどうしよう。ただでさえ今日は食べ過ぎてるのに」



 優しい確かにその通り。しかしそれだけではありません。


 チーズのコクに蜂蜜が加わって、優しく、甘く、甘やかす。それは正しく罪の味。


 一度その味を知ってしまえば逃れることは敵いません。全てを捨てても求めてしまうその甘さは、種族を超えた禁断の恋にも似て。


 優しく脳を蕩かす乳の川の如き甘さの奔流。味わうというのならお覚悟を。


 それは人を虜にする魔性の快楽(甘み)


 兵太郎特性、“チーズ工房ヴィアラッテアのクアトロフォルマッジ”でございます。



「なんとも抗い互い。まるで千雪の如きピザにござるな」


「駄目止められない。このピザ、なんだか蘇酪みたい」



 ぼそりと呟いた後、蘇酪と千雪は互いに顔を見やりました。



「む? 拙者にござるか?」


「蘇酪、それどいう意味?」



 想いより出づる妖が、生き方を変えるなどそうそう出来るものではありません。


 一方、人が妖と共に生きるなんて決断もそう簡単に下せるものではありません。


 だからまあ、そういうことなのでしょう。



「あらあら。ごちそうさまでございますわね」


「うむ。その気持ち、よくわかるのじゃ」



 わっはっは、おっほっほ。


 こくり家の奥様達が笑います。



 赤い顔をしたチーズ職人夫婦は互いに目をそらすと、二切れ目の罪に手を伸ばしました。



 ******



「兵太郎殿、我らのチーズをここまでの料理に仕上げていただいたこと、感謝いたす」


「えええそんな。僕にチーズは作れませんから。感謝するのはこっちです。この凄いチーズがないと何もできないです」



 頭を下げる蘇酪に、こちらもぺこぺこと頭を下げる兵太郎です。



「今回は無発酵の生地で作ったけど、発酵させた生地で作ったのも食べて欲しいです。是非また来てください」


「ほほう! それは是非お伺いせねばでござるな」



 すっかり商談も済みまして、チーズ職人夫妻のお見送りです。他に明かりもない縫霰の山。頭上には天の川が美しく輝いておりました。



「さて、では兵太郎。私たちも罪の清算をいたしましょうか」


「え? あ、あれ?」



 去っていく二人を見送った後、狸の奥様の不穏な発言に兵太郎はびくりと固まりました。



「罪? 今日は特に何もなかったような……?」



 わっはっは、おっほっほ。


 それはそれは美しい、奥様達が笑います。



「お前様、罪にはいろんな形があるのじゃぞ」


「ええ、ええ。今宵の罪は炭水化物の上に脂質と糖質を重ねた罪ですわ」


「ええええええっ!?」



 そう。罪にはいろいろな形があるのです。小麦の生地の上にチーズたっぷり乗せてそこに蜂蜜を掛けて食べるなど大罪です。しかも夜になんて。


 罪は清算しなくてはなりません。具体的にはしっかり運動してカロリーを消費しなくてはなりません。


 そんなわけでずりずりずり。



「ねえねえ紅さん、罪を犯したのは僕だけじゃないよね?」


「心配ないのじゃお前様。儂らも一緒に運動するからの」


「ねえねえ藤さん、運動って言っても色々あると思うんだけど」


「大丈夫ですよ兵太郎。ちゃんと色々しますから」



 ずりずりずり。


 口では一応の抵抗はみせるものの、大人しく引きずられていく兵太郎です。いやよいやよも、というヤツなのでしょう。



「クロよ、お前もしっかり罪を清算するのじゃぞ」


「心得ました。紅様、藤様、行ってらっしゃいませ!」



 寝室へと消えていく主と奥様達に深々と頭を下げると、クロは自分も罪を償うべく畑のパトロールに向かうのでした。



******



 こくり家では料理に使うチーズを古原市にある知る人ぞ知る名店、チーズ工房ヴィア・ラッテアより仕入れております。


 ピザはもちろん、人気のハンバーグにカチョカヴァロチーズのトッピング、ベーコンと夏野菜と共にいただくグリルもおススメです。


 また曜日限定数量限定ではございますが、ブッラータとレアチーズケーキも入荷いたします。


 八月いっぱいはブッラータは桃と共にカプレーゼとして、レアチーズケーキはラズベリーのジャムを添えてのご提供。


 かの名店の味をお店でゆっくり堪能できるのも、喫茶こくり家の魅力の一つです。



 機会がありましたら是非、ご賞味下さいませ。


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― 新着の感想 ―
ピザ欲高まりすぎて読んでるだけでなんだか食べた気になっちゃった…(?) よかったです。
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