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チーズ小僧と雪の空

 ミントの葉たちはやる気が強すぎますので時々注意しなくてはなりません。気を付けて管理するという意味ではなく、口頭での注意です。


 しかし此度の様にデザート類や前菜にはなくてはならぬものですから、褒めてあげるのだって大事です。誰だって注意ばっかりでは嫌になってしまいます。


 しっかり冷やした反田果樹園の桃を串切りにカットして並べ、中央には「チーズ工房 Via Lattea(ヴィア ラッテラ)」の人気商品ブッラータ。


 この二つを合わせるならビネガーは不要でしょう。やる気満々のミントの葉をあしらいまして味付けにはブラックペッパーとオリーブオイルを少々。白いチーズとミントの葉のグリーンが桃の果肉の微かな桃色を映えさせます。


 こちら一流の素材の持ち味をとことん生かしたシンプルな一品。桃とブッラータのカプレーゼでございます。



「ふむ、桃とチーズとな? 変わった取り合わせじゃのう」



 狐の奥様が興味津々の体でフォークでチーズの袋をつつきますと、袋は破れて中からとろりとしたクリームと共に細かく裂いたチーズがあふれ出しました。


 桃に絡めて一緒にぱくり。



「ほほう、旨いもんじゃの!」



 クリーミーなチーズと柔らかな桃の果肉。溶け合うというのとは少々違います。寧ろブッラータの程よい塩味と桃のフレッシュな甘さが互いの味を引き立てあうのです。



「このチーズ、ブッラータと言うのでしたか? 素晴らしい出来ですわね。兵太郎が一目で気に入ったのも納得ですわ」



 細く裂かれたモッツァレラの穏やかな塩気と噛みごたえある食感。その隙間を埋める濃密なミルクの甘さとなめらかな舌触り。


 改めてブッラータを単体で味わいながら、狸の奥様も頬に手を当てて大絶賛です。



「やれありがたい。噂に名高き大妖狐殿と大妖狸にお墨付きを頂けるとは。当店にも箔が付くというものでござる」


「ありがとうございます。良かったねえ蘇酪(そら)



 満足そうに頷く蘇酪のとなりで優しく微笑むのは奥さんの星倉(ほしくら) 千雪ちゆき。蘇酪の飛び込み営業が心配でついてきたのです。


 千雪は車の中で待っていたのですが、兵太郎がメニューの試作品を作るとのことでお味見に参加です。


 余談ですが蘇酪の名前は千雪が付けました。拙者今後はチーズ小僧に改名すると言い出した豆腐小僧にそれはどうなんだと思ったからです。二人で考えたその時はまだ存在しなかった天の川(ヴィアラッテラ)の店名にちなんで、「空」と音を合わせて付けました。



「ヴィア・ラッテラ、高評価いっぱいです。すごいです!」



 カプレーゼを高速で食べ終えて、専用のタブレットで喰いログの口コミを確認していたクロが驚きの声を上げました。


 ヴィア・ラッテラは蘇酪と千雪が営む隣の古原市にあるチーズの専門店です。


 ネットでの活動はこくり家の生命線。良い店員であるクロは藤葛に作ってもらったクロ専用タブレット(黒色)をしっかり使いこなせるようになりました。


 今やクロの自撮り写真も大事な宣伝の一つ。おしゃれ喫茶こくり家のお客様の中には、クロ目当てのお嬢さんお姉さんも多いのです。


 ヴィア・ラッテラのチーズを食べた人の賞賛とお店への感謝が並ぶ口コミをうんうん頷きながらしっぽぶんぶんでスクロールしていくクロでしたが、途中で不当な低評価を見つけてむうと眉をしかめました。


 曰く、「イートインスペースが二席しかなくて、待っている時間がなくて入れませんでした」、「せっかくわざわざ行ったのに休業日でした」。



「酷いです。こんな理由で評価をつけるなんて」



 クロはプンスカ。食べてない食べ物、読んでない小説に星を付けるのはマナー違反。しかし当の蘇酪と千雪はあまり気にしていないようです。



「クロ殿、義憤感謝いたす。しかし我らは食べたことがない者に何を言われようと何等の痛痒を感じないのでござる」


「低評価の内容を確認をしたがる人達って言うのは一定数いますか、この内容を見てむしろ安心してくれる人もいるんですよ」



 不敵にも見える二人の笑顔に満ちるのは、実際に食べた人たちのたくさんの笑顔に裏打ちされた、職人としての圧倒的な自信です。



「なるほどです! 凄いです!」



 ぶんぶんぶん。


 クロはまた一つ賢くなりました。



「はあい。試作品の二品目だよ」



 そこに店主兵太郎が運んできましたのは鉄製のスキレット。



 ヴィアラッテラの二人が持ってきたのはブッラータだけではありません。他にも店舗で販売しているチーズを数種類用意していました。


 不当な口コミにもあったように、ヴィアラッテラのイートインスペースは二席しかありません。


 扱うチーズはどれも絶品ですが、そのまま食べられるチーズケーキやブッラータはともかく、中にはひと手間必要で、ご家庭で食べるには敷居の高い物もあります。


 広い客席のあるこくり家で美味しく調理したものが食べられるとなれば、ヴィアラッテラのファンにも喜ばれることでしょう。当然こくり家にもメリットのあるお話です。


 さて、じゅうじゅうと期待を煽る音を立てているスキレットの中身は……?



「わあ、綺麗!」



 その色鮮やかな見た目に、千雪が歓声を上げました。



 厳選素材をこくり家自慢の薪を使った窯で高温&短時間で焼き上げます。


 そこに幅2cmほどの厚めに切りましたカチョカヴァロとローズマリーを追加。仕上げにこくり家蜂蜜を一垂らし。


 もう一度、窯に戻してチーズに焦げ目がつくまで焼いたら完成です。


 こくり家&ヴィアラッテラのコラボメニュー、二品目は「猪のベーコンと夏野菜のグリル、カチョカヴァロチーズを添えて」でございます。



「わあ、こっちのチーズもおいしいです。凄くチーズな味がします!」



 焼き目の香りも香ばしい、厚切カチョカヴァロにクロはご満悦。


 カチョカヴァロはヒョウタンのような形が独特のチーズです。厚めに切って高温で焼きますと、中はかりっ、中はとろりと仕上がります。


 しかし単に溶けてとろとろとはならないのがカチョカヴァロの特徴で、柔らかくももっちりとした弾力のある歯ごたえを残しており、噛むことでその奥深さを堪能できます。



「んっ。これが猪肉ですか。やっぱり少し癖があるんですね。でもカチョカヴァロとよく合う。おいしいです」



 初めて猪肉を食べる千雪はその風味に少々驚いたよう。


 合わせますのは製品化にこぎつけた翠川家の猪ベーコン。強い塩気と獣肉らしい深い味わい。猪肉好きの中~上級者向けの仕上がりです。


 高温窯で焼き上げた猪肉独特の赤色は、こくり家の常連のような「知っている者」に期待感を抱かせます。しっかりとした歯ごたえはまさに肉を食べているという満足感をかみしめるよう。噛めば噛むほど味が出ます。


 余談ですが翠川家のソーセージは試作品はできたものの製品化までまだしばらくかかる模様。某保健所職員の陰にひなたにの大活躍には毎度頭が下がります。



「野菜の味も濃いのでござるな。かくも美しく仕立てていただき、チーズも喜んでいるでござろう」



 こくり家農園からはズッキーニ、パプリカ、とうもろこし、トマトが胸を張って登場。個性の強いメンツをまとめ上げるのは引率の、優しくて甘くて爽やかなローズマリー先生です。


 さてヴイアラッテアのチーズを使った料理、前菜と肉料理を堪能いたしました。


 そこに漂い始める小麦の香り。



「はあい、お待たせ~」



 三品目は、チーズと言ったらやっぱりアレ。



 こくり家自慢の高温薪窯、いよいよ本領発揮でございます。


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