閉店後にやってくるモノたち
「申し、申し、助けていただいた亀ですが」
「いらんいらん!」
「今晩は。鷺ですが先日はお世話になりまして」
「はいはいどうぞお引き取り下さいまし」
「アライグマですが」
「えっと、ごめんなさい間に合ってます」
「ハマグリですが」
「絶対にいらん!」
ご飯を賜った物の怪達がこれ見よがしに自慢するものですから、妖ネットワークで噂が広まり、こくり家には人以外にも様々なモノ達がご来店するようになりました。
お客様としてのご来店なら何方でも大歓迎ですが、閉店後に来るモノたちはどうにも下心が見え隠れ。
「まったく図々しい。助けてもらったお礼に女房にしてくれとか何考えとるんじゃ」
女房希望の妙齢の蛤さんを戸口であしらって、紅珠はぶつぶつと文句をいいました。
本体が鏡である紅珠にとっても自分の姿を客観的に見るというのは難しいことのようです。
「妖ネットのトレンド一位がこくり家、二位が兵太郎でしたからね。一目見たいという気持ちはわからなくもないですが。だからと言って一目ぼれからの即求婚など節操が無さすぎますわ」
藤葛も自分の事を棚に上げておかんむりです。藤葛の本体は家ですから、棚に上げるとか得意分野です。
「あはは。妖怪さんって意外といっぱいいるんだねえ」
流石の兵太郎も苦笑い。連日連夜いろんなモノたちが奥さんにしてくれとやってくるものですから、多少の自覚は出たようでなによりです。
「強い力を持つ者は少ないじゃろうが、山奥でひっそりと暮らすモノや、伊達や川内の様に人として生きておる妖怪はそこそこいるのじゃ。お前様、くれぐれも注意するのじゃぞ」
「ううん、そうは言ってもさ」
「ううんもうわんもありませんよ兵太郎。しかしそう考えますと、兵太郎が今まで妖怪と出会わなかったのは幸運でしたわね」
「うむ。全くじゃ。まさに運命というやつじゃの」
紅珠が感慨深げに頷きます。藤葛とクロもまったくですわそのとおりですと同調しました。
「ううん。僕も運命だったらいいなって思うけど。でもこんなにたくさん妖怪さんがいるなら、気が付かなかっただけで今までにも会ってたんじゃないかな?」
「それはないのじゃ」
「あり得ませんわね」
「ないと思います」
兵太郎の意見は妖怪三匹に即座に否定されてしまいました。
「出会っておればお前様が気が付かんでも向こうが放っておかんのじゃ」
「ううん、そうなのかなあ? そんなこともないと思うんだけど」
何せついこの間まで誕生日ごとにモテない歴を更新し続けて来た兵太郎です。急にモテ始めても実感がありません。奥様達はともかく、他の妖怪たちは何か勘違いしてるんじゃないかなと思っています。どうやらまだまだ自覚が足りないようです
とんとんとん。
おや、また誰か来たようです。
「はあい、どなたですかあ?」
「夜分の訪問ご容赦を。拙者は豆腐小僧。名を蘇酪と申すモノ。こくり家の主兵太郎殿にお願いがあって参った次第にござる。何卒お目通り願いたい」
兵太郎が戸口に声を掛けると、何やら堅苦しい挨拶が帰ってきました。やれやれまたかと三匹の妖怪はため息をつきます。
とはいえ「いらっしゃいませ」と書かれた看板を出している日中ではありません。
相手は妖怪であると自ら名乗っています。名持の豆腐小僧とは驚きですがそれはそれ。妖は閉ざされた扉を超えることはできませんから、相手にしなければいずれ諦めて帰っていくでしょう。
……等と考えてしまうのは、所謂フラグの呪いというものです。あなおそろしや。
「はいはい、僕が兵太郎です。今開けますね」
「え。ちょ、お前様!」
「わあ、駄目です兵太郎!」
「今までの流れはなんだったんですの!?」
当たり前のように立ち上がって扉へ向かう兵太郎に三匹は愕然です。
誰だ自覚出てきたとか言ったの。
「え、でも豆腐小僧さんって言ってたし、声も男の人だったよ?」
妖怪だと名乗る相手を声で判断しようとは、なんとも警戒心のないことです。
ぼへんとした返事とともに、兵太郎は扉を開けてしまいました。ちりんちりんという扉の鈴もどこか呆れたような響きを含んでいます。
「おお、兵太郎殿。お目通り感謝いたす」
そういって頭を下げるのは、さらさらヘアーを坊ちゃん刈りにした生真面目そうな青年でした。首から大きなクーラーボックスを下げており、それを抱えて深々とおじぎをする様子は見ているだけでも肩が凝りそう。きっと腰にもよくないでしょう。
訪問者の見た目が男性だったことにとりあえず安堵する奥様達ですが、まだ油断はできません。
声と同様、姿だけで妖を判断するのは困難です。兵太郎の奥さんになりたい男性妖怪だっているでしょうし、兵太郎を奥さんにしたい女性妖怪と言う可能性もあります。兵太郎ならどっちでもいいよ、合わせる、なんてモノだっているはずです。
「あれ、あなたはお昼にカルボナーラを頼んだお客さんですね。たしか奥さんぽい人と一緒に。そっか、妖怪さんだったんだ」
兵太郎の言葉に奥さんたちの警戒は若干和らぎました。奥さんと言うのは一人しかいないものです。二人いるとか言語道断です。
一方その反対に蘇酪と名乗った豆腐小僧はずいぶんと驚いたようです。
「なんと、拙者と妻のことを覚えておいでで?」
「うん。凄くおいしそうに食べるなあって嬉しかったから。でも今は閉店していますから、カルボナーラはまたお昼に食べに来てください」
御免なさいと頭を下げる兵太郎に、蘇酪はあわててぶんぶんと手を振りました。
「兵太郎殿そうではござらぬ。いや確かにあのカルボナーラは絶品でござった。黄金の如き輝きを思い出すだけで涎が出るが、今宵の要件はそれではないのでござる」
蘇酪はそういうと、首から下げていた保冷バックを下ろして中から大きめのタッパーを取り出しました。
「拙者も職人の端くれなれば、言葉にて語るは無粋というもの。何卒こちらをご覧いただきたい」
蘇酪の差し出すタッパー中は微かに白く濁った液体で満たされていました。その奥に子供の拳くらいの大きさの雫型の塊がいくつか沈んでいるのがうっすらと見えます。
それを見た兵太郎の目がきらきらと輝き始めました。
「わ、凄い。これもしかしてブッラータですか?」
「おお、如何にもご慧眼の通り。作り立てにてござる。是非こくり家の皆様にお召し上がりいただきたい。してお気に召さばこくり家にて、我らの商品をお取り扱いいただきたく」
「わあほんとですか! 嬉しいです。是非お願いします」
蘇酪の願いに兵太郎が食い気味に応じました。
「よ、よろしいので?」
「はい。これなら間違いないです。最高です。よろしくお願いします。蘇酪さんでしたっけ。どうぞ上がってください。是非一緒に味見して欲しいです」




