妖たちの饗宴
コトコトと煮込んだ猪骨スープは冷やすと溶けだしたコラーゲンでゼリー状に固まります。
これだけでも贅沢な味わいの煮凝りですが今回は脇役。
猪肉を刻んで叩いて肉の食感を残す粗挽き肉に仕立て、下味は強めにつけます。
キャベツも荒めにみじん切り。生姜、にんにくオイスターソースを加えて餡を作り、5mm四方の猪骨ゼリーキューブをざっと混ぜ合わせて皮で包んだら冷蔵庫へ。
さあ、あとは宴の始まりを待つばかりです。
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ちりんちりん♪
担当やなりが高らかとベルの音を鳴らし、人と妖の視線が入り口に集中します。
「すいません、ただいま戻りました!」
駆け込んで来た人物に一同安堵の息を漏らしました。
「お帰りなさいませ、凪紗さん。お疲れさまでしたわね」
「うむ。大儀であったのじゃ」
厨房にこもっている兵太郎以外は『妖狐神通:物の怪生放送』で一部始終を見てはいたのですが、それでも無事な姿を見れば安心します。
「凪紗ちゃん、大丈夫だったかい? あいつらに酷いこと言われなかったかい?」
凪紗がただの人間にどうにかされるなどと言うことは在りません。しかしいくら体が強くても、理不尽な心ない言葉を掛けられれば、傷つく物もあるでしょう。
心配する父に、しかし凪紗はにっこり微笑みました。
「お父さん、私あんな人たちに何言われたって大丈夫だよ」
実際あいつらはいろんなことを言いました
生き物を殺すとか、人でなしとか。
あいつは猟師の娘だとか。
なるほどすべて真実、その通り。
しかしそれを罵倒と思っているならお笑い草。草々々の、大草原。
父の凄さは、凪紗が一番よく知っているのです。
「あ、凪紗さんお帰りなさい」
凪紗と同じくらいに父の凄さを知る人が厨房から顔を出しました。
「用事はもう大丈夫なの?」
「はい。お待たせしてすいませんでした」
凪紗が頭を下げると兵太郎は嬉しそうににへらと笑いました。
「じゃあさっそく始めようかあ」
フライパンを火にかけて、油は多めにひきましょう。冷蔵庫にしまっていた一品目を取り出します。
「おおっ? 兵太郎、ひょっとしてそいつは餃子か?」
目ざとくチェックを入れたのは山路です。
「うん。今日はね、猪の肉を使って作ったよ。颯さんが凄くいいお肉入れてくれたからねえ」
「ほほう!」
どれどれと釣られてカウンターをのぞき込む妖怪たちを、食欲をいやが応にもかき立てる肉と油が焼ける香りがふわりと包みました。
「はあ、ええ匂いだあ」
伊達がしみじみと目を細めます。抱えられた鶉ちゃんも鼻をひくひくさせています。
「おほっ、たまんねえなこりゃ。紅珠様、今日はおおっぴらに酒飲んでいいんだよな?」
川内は無類の酒好きですが、こくり家ではアルコールの提供ができません。普段は妖術で隠してこっそり飲んでいるのです。
「うむ。祝いの席じゃからの。遠慮はいらんのじゃ」
狐の方の奥様紅珠が頷くと川内以外からも歓声が上がりました。やはり餃子にお酒はつきものです。
「それでは皆様、お飲み物をお伺いいたします!」
「ビールで!」
クロの言葉に先頭を切って答えたのはのは颯です。それに俺も俺もと山路、川内が続きます。おっと、山路の陰で若木も手を上げておりました。
「凪紗さんはどうなさいますか?」
凪紗は少々迷いはしたものの、何せ暑い夏の盛りです。餃子にビールの魅力は抗いがたいものがあります。
「私もビールを頂けますか」
二人の奥様も自分用にビールを用意。
車で来ていてしかも今日はどうしても帰らないといけないという伊達とお子様クロはよーく冷えたピーチティー。鶉ちゃんにはガムシロップを多めに入れてご提供。氷の代わりに凍らせた桃が入っているのが最後のお楽しみです。
「お前様、一度出てくるのじゃ。お前様がいなくては始まらぬぞ」
狐の方の奥様に呼ばれて、はあいと兵太郎が顔を出しました。
「さあ兵太郎、乾杯の音頭をお願いいたしますわ」
「えっ、僕?」
驚いている兵太郎ですが、店主でありそもそもみんなにお礼がしたいと言い出した本人ですから当然のこと。狸の方の奥様から渡されたグラスをえへらと照れ臭そうに掲げます。
「ええっと。じゃあ、乾杯!」
いささか締まらぬ音頭に応えて、かちりかちりとグラスが打ち合わされます。
ぐいっと一口二口飲み込んで口の中が潤いましたところに一品目、お待ちかねの猪肉餃子の登場です。
こんがり焼け目のついた見るもおいしそうな餃子がぐるり、大きなお皿いっぱいに渦巻き模様を描いて並んでいます。
「肉汁がいっぱい出るから気を付けてねえ。熱いからね」
脂で揚げ焼きにした厚めの皮はパリリと香ばしく、そして—
「あっつっ、ほわあ、旨いのじゃあ!」
いの一番にかぶりついた狐の方の奥様がキツネ目をまん丸にして驚きます。忠告を聞かずに食べても火傷しないのが兵太郎の料理の七不思議。
繊維を残した食べ応えのある粗ひき肉、食感を楽しみつつを噛み締めると、肉の隙間から猪骨のスープが小籠包の如く湧き出して口の中を満たしました。
「う、旨えええええ! なんだこれ!」
あらびき肉の中に仕込んだ猪骨ゼリーが溶け出して、肉汁と合わさり濃厚なジュースになっているのです。
強めの味付けでそのままでもビールのお供にピッタリですが、ポン酢しょうゆでも美味しくお召し上がりいただけます。
うまいうまい。熱いうちに食べないともったいない!
大皿にいっぱいの餃子が瞬く間に消えていきます。でもご安心、すぐに二皿目の餃子が出て参りました。
宴の二品目に出てきましたのは猪ソーセージ。やはりビールによく合う一品です。
歯を立てるとぱりっと小気味良い音をたててソーセージの皮がはじけました。そして広がる癖のある肉と香辛料のハーモニー。藤葛はすかさずビールで追い打ちます。
「ん~っ! こちらもおいしいですわねえ」
こちらのソーセージ、材料と時間に余裕が出てきた翠川家で兵太郎監修の元に制作したものです。地元土産物店や通販で商品としての販売も考えており、本日初のお披露目となります。
さて続く三品目はパーティーの王道メニューです。
「はあ、こりゃまたえらいもんご馳走になって。ありがてえありがてえ」
大皿に山盛りで運ばれてきましたのは、グランドメニューにもあります伊達さんの鶏のもも肉を使った「から揚げ」です。
お醤油、みりん、生姜とにんにく。王道和風の味付けで、衣には食感を重視して米粉と片栗粉をブレンドで採用。
低温でじっくり火を通してから仕上げに高温で二度揚げし、外はかりっと中はしっとりジューシーに仕上げています。レモンとチリソースはお好みでどうぞ。
まだまだメニューは続きます。四品目は「だし巻き卵」。
伊達さんの卵は卵焼きにしてももちろん絶品です。ちょっと甘めの味つけは見事鶉ちゃんの心を射抜いたよう。大きな卵焼きを小さな口で夢中になって食べています。
野菜たちも負けてはおりません。
トマトの出汁漬けはしっかりすっきり体を冷やしてくれます。真夏の炎天下で長時間頑張るヌシウオッチャーたちからも愛されている隠れた人気メニューです。
巾着ナス率いるぬか漬け軍団 vs プチトマト&パプリカのピクルス連合の戦いも熱い。尚きゅうりはどっちの軍でも大活躍。
新鮮な鹿のハツとレバーは串を打ちまして、伊達さんの鶏と一緒に炭火焼きでご提供いたします。
「おいしいです。おいしいです。颯さん、凪紗さんありがとうございます!」
「何言ってんだよクロちゃんのお陰だろ。しっかし旨いなコレ。一体何が違うんだ?」
元がケモノのモノ達が多い宴ですからハツとレバーは大人気。
数量限定としてもメニューに入ることは稀な内臓料理ですが、本日はいっぱいありますから安心して下さいね。
「はあい。天ぷらがあがったよ」
「おほっ! 待ってたぜ兵太郎の旦那!」
川内のリクエストにお答えして、鮎は天ぷらでご提供。
辛みの利いた夏大根のおろしたっぷりの天つゆも魅力ですが、お酒のお供ならお塩も捨てがたい。
締めには大人気の猪カレー、デザートには桃のシャーベットをご用意しております。
日ごろお世話になっております皆様、どうぞ今日はゆっくり楽しんでいってくださいね。




