パーティーへ急げ!
「そういうことでしたか。車を壊したのはあなたの仕業だったのですね」
全てを見抜いた雑兵はきりりとキメ顔をしました。
「わざわざ自分から出てきてくれるとは。これで師に報いることができます」
青二も颯爽と左手を前にした半身の構えをとりました。ちなみに武術の心得は在りません。なんとなく構えただけです。
「二人とも油断しないでください。まだ何か仕込んでいるかもしれません」
その後ろで弥津子がヒロインを気取りました。
「えええっ?」
やる気を見せる三人に、凪紗は愕然とします。
まさかこの人たち、私と戦うつもりなの? 車壊したのは私だって、今自分で言ったのに?
車を切り裂いたのが凪紗であることと、凪紗が車を切り裂けること、そして車以外もたやすく切り避けることは彼らの中では繋がらないようです。でも文句を言っても仕方がありません。とっとと追い出して宴に戻らなくては。
「ええっと。私は山の神の使いです。お前たち、馬鹿なことは止めて早々にこの場を立ち去りなさい。さもなくば恐ろしい災いが降りかかるでしょう」
「ふっ、やはりそうでしたか」
凪紗の言葉に雑兵が不敵に笑います。
トリックで不思議な現象を起こし、神を語るのは詐欺師の常とう手段です。
彼らは神など信じません。
知の使途たる彼らは神などと言うものが人によってつくられた共同幻想であることを知っています。世界を偽り捻じ曲げて都合のいいように動かすために、邪悪な者たちがでっち上げた嘘であることを知っています。
師がそう言ってたのですから間違いありません。
ふっふっふと不敵に笑う三人に凪紗はげんなりしました。車を止めて話ができれば追い返せるというのはどうも考えが甘かったようです。
でももうそろそろ帰らないと。大妖怪達や兵太郎を待たせてしまいます。
スパンとやってしまえば話は早いのですが、危害を加えてはいけないことになっています。仕方がないので凪紗は真っ二つになった車の片方に近寄り、大太刀を錬成しました。
ずばん。
「……え?」
半分の半分になった車を見て、彼らもやっと危機感を持ったようです。
「ひ、怯むな! きっとワイヤーか何かを使って……!」
雑兵が怖気づいた仲間たちを鼓舞しようと大声を上げました。ワイヤーで車を切断するような相手に戦いを挑もうとは、なんとも見上げた覚悟です。
鋭すぎる刃では現実感がなさすぎるのかもしれません。凪紗は少し刃の鋭度を下げてさらに車を解体することにしました。
ずがん、どかん、ばこん。
「…………」
「…………」
「…………」
くるりと振り向くと、三人はずいぶん大人しくなっていました。
念のためもう少しやっておきましょう。
がしゃん、べこん、がこん、ばきん、ぐしゃん。
すばん、ごかん、ざしゅん、べきん。がっしゃん、ぼがん、べぎょん、ぎゃりん、ぎょりん、ずがしゃっ。
だいぶ小さくしてもう一度振り返ってみると、三人は真っ青な顔でガタガタと震えていました。そろそろいいでしょうか?
精一杯の威厳を込めて、年若き鎌鼬は悪党どもに言い放ちます。
「お前たち、早々に立ち去りなさい。そして二度と御山に近づかないように。さもなくば私などよりよほど恐ろしいものがお前たちを裁きに現れますよ」
とどめとばかりに一陣の風が、悪党三人の間を吹き抜けました。
彼らはその身には傷の一つも負いませんでした。
ただし風が吹き抜けたその後には、身体以外の全てが微塵に切り裂かれていました。
服も、バッグも、財布も、カードも、携帯も。
そしてもちろん高慢な心も。
あ、お情けで靴は残して貰えていたようです。流石人に育てられた妖怪、優しい。
「怪我されて居座られても困るもんね」
かくて彼らは男女平等に素っ裸に靴とという出で立ちで真っ暗な山道を逃げ帰っていきました。
彼らが去って行った後、凪紗は後始末の為に車をできるだけ小さくしておくことにしました。
すぱんすぱんすぱん。
やはり切れ味が良い方がらくちんです。
余談ですが凪紗は車を捌く際、バッテリー、燃料タンク、エンジンオイルなどの各種油膜、冷却水等々山を汚染する可能性がある部分はしっかりと避けています。凪紗は解体を生業とする妖怪ですからこれは当然です。
手早く手ごろなサイズに車を解体し終えると、凪紗は虚空に向けてぺこりと頭を下げました。
「すいませんがコレをさっきの人たちに届けて下さい」
ざわざわざわ。凪紗の言葉に夜の闇がざわめきます。なんとこくり家出入りの大妖怪からのお願いです。これは期待が高まります。
「お礼としてこのことを奥様達と兵太郎さんにお伝えしておきますので……」
うおおおおおおおん!
凪紗の願いに無数の声なきモノ達の歓声が答えました。




