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第130話 刃のカタチ

原縁市の伝説に曰く。


 昔々。今から百年ほど前の、割と近い昔の話。


 縫霰山には人喰いの大狸がおり、人々に贄を強要しておりました。


 しかしある時この地を訪れた女退魔師が腰に携えていた破魔斬妖の大太刀でこの大狸を討伐いたしました。


 人々は退魔師に感謝し様々な贈り物を差し出しましたが、彼女はその一切を受け取らず、またどこかへ旅立ったと言われています。


 この伝説に登場する女退魔師、ことによると人間ではなかったのではないか。そのように唱える者もいます。大太刀など女の手で振るえるものではないからです。


 しかしこの説にも大きな穴があります。妖怪変化の類は鋼を扱うことができません。妖殺しの大太刀など言うにや及ぶです。


 では結局、この女退魔師は一体何者だったのでしょう?


 割と近いとは言え百年も前のお話です。残念ながら真実を語れる者などおりません。



「こんなの、全部嘘っぱちですのよ。あの方々は感謝するどころか子供たちを……」



******



 木端(きのはじ) 雑兵(ぞうへい)花垂(はなたり) 青二(せいじ)三下(みつした) 弥津子(やつこ)


 三人の正義の味方を乗せ、縫霰峠を一路邪悪なるものどもの巣窟こくり家へ向けてひた走る車の中。



 こんこんこん。



 青二が座る助手席のドアになにかが当たる音がします。


 風に飛ばされた(つぶて)でしょうか?



 こんこんこん。



 尚も物音は続きます。今度は後部座席の窓でした。何度も何度も聞こえるものですから、弥津子が怪訝に思って窓を覗いてみますが、そこには暗い縫霰の森が広がるばかり。



 こんこんこん。


 こんこんこん。



 何かが当たったような、しかしそれにしては規則的な音。


 まるで誰かが車の外からドアをノックしたような音。しかし走行中の車をノックする者がいるはずはありません。


 日も沈みかけた中で山道をライトをつけて走行しているのです。光に寄せられた虫が当たることもあるのでしょう。さほど気にすることではありません。



 こんこんこん。


 こんこんこん。



 今後は車の真後ろ部分。バックドアのガラスからでした。あまりにはっきり聞こえたものですから、運転担当の雑兵はバックミラー越しにそちらに目を向けました。



「ヒッ……!」



 そして雑兵は見てしまいました。


 バックミラーには車の天井から逆さまに、バックドアに張り付くようにして車内をのぞき込む女の姿が映っていました。



「どうしました、雑兵クン?」



 小さく悲鳴を上げた雑兵に、青二が不振そうに声を掛けます。その時にはもう、車内ミラーから女の姿は消えていました。


 気のせいだったのでしょうか?



「雑兵クン?」



 青二が再び雑兵へと問いかけます。


 今、必至に心を落ち着かせているというのに。青二の急かすような物言いに、雑兵は神経を逆なでされたように感じました。


 元よりたいした功績も立てていないくせに金だけで花蕾の位についた青二を、雑兵は快く思っていませんでした。


 前回猟師に警告に行ったときだって、青二は雑兵の後ろでただ震えていただけです。本来師の賞賛を受けるべき立場にはないのです。


 大体年下の癖にルールだからとクン呼ばわりをする態度も気に入りません。年上に対する敬意と言うものがまるでないのです。


 だいたい今回だって青二がいなければ助手席に座るのは弥津子(やつこ)だったのに。まったく、空気の読めない男というのは困った物。そんなんだから職場でいじめを受けて退職するなんてことになるのです。



「いえ、何でもありません」



 努めて平静に、しかし若干のいら立ちは伝わるように語気を強くして雑兵は返事を返すと案の定青二は黙りこくりました。


 いい気味です。気が弱い奴ですからこちらが強く出れば何もできなくなるのです。大人しくなった青二に少し気分を良くして、雑兵はアクセルを強く踏み込んで車を加速させました。



 こんこんという音は、いつの間にか聞こえなくなっていました。



 かくして人に育てられた大妖からの最終警告は、彼らには届きませんでした。



 ******



 凪紗は少々焦っていました。


 物の怪達に導かれ、悪党どもの車を発見したまでは良かったものの、さて彼らが乗る車をどうやって止めたものでしょう。


 何回もドアをノックしてみましたが彼らは気が付いてくれません。これでは説得して追い返すこともできません。


 大妖怪達を前に自分が一番早く帰ってこられると大口をたたいたのです。こくり家のお祝いパーティーの開始をこれ以上遅らせては一大事です。


 そこで凪紗は車を斬って開いて彼らに出てきてもらうことにしました。


 斬ると言っても車は鋼でできています。いくら凪紗の鎌が鋭くても車を斬ることはできません。


 鎌ではダメです。もっと強い刃のカタチが必要です。


 鋼すらも断ち斬る、そんな刃が必要です。


 思い出すのは少し前、こくり家を訪れた時の事。



 

******



 こくり家店主の兵太郎が用途に応じて様々な刃物を華麗に使いこなすのに、凪紗はついつい見とれていました。


 自分も刃の形を変えられたら父の獲物の解体もはかどるのでしょうか?



「あらあら。それは素敵ですわね。凪紗さんのお仕事が捗るのでしたらこちらとしても大歓迎ですわ」


「あっ、いえ、無理なのはわかってるんですけど」



 ちょちょいと手招きされて、連れていかれたのは畏れながらもこくり家の女将、藤葛の自室です。


 そこで藤葛は参考までにと様々な「自作」の刃物を見せてくれました。凪紗はただただ驚くばかり。妖が刃物を作るなんてありえません。それは藤葛だからできることです。



「まあまあ。作るというのはともかく、あれだけの仕事をこなす凪紗さんが刃の形を変えられないなんて、私にはその方が不自然に思えますわ」



 そして人と妖の双方に伝説として語られる大妖狸は、最後の最後に凪紗にとんでもないものを見せてくれました。


 それは妖怪が変化した屋敷に在ってはならぬ物であり、また退魔師藤葛伝説の答え合わせでもありました。


 人以外の何物にその刃が振るえましょうか。家以外のどこにその刃を収められましょうか。


 人に化けては人と成り、家に化けては家と成る。それが大妖狸藤葛です。



「私は妖狸。化けて化かして世界をたばかるモノ。凪紗さん、貴方は何をするモノですか?」



 その日から凪紗は藤葛から、妖気の操り方と刃の扱い方を学ぶことになりました。



 ******



 悪党どもの車のはるか前方に降り立つと、凪紗は両手を点に向けて高く上げ、そこに妖気を集中します。


 兵太郎の料理によって力を得たとて、凪紗は藤葛の様に鋼を扱うことができるわけではありません。世界を騙くらかして鋼を作り出すなんて言うチートな反則技は使えません。


 しかし藤葛が見せてくれた「斬るモノ」のカタチを妖気で真似ることは可能です。


 前三人の悪党の乗る車が加速しました。どうやら向こうも凪紗を確認し、その上で轢いてやろうと考えているようです。


 なんともありがたいことです。これで良心の呵責なく、真っ二つにしてやれるというものです。



 妖気、収斂。



 只の鎌鼬では到底あり得ない膨大な妖気を練り上げて、虚空から取り()だした刃渡り三尺にも届こうかというその刃を、大上段に構え太刀(カマイタチ)

 

悪党ども、しかとその目に焼き付けよ。これが貴様らを裁くモノである。



 (ざん)



 すれ違いざまに振り下ろせば見事車は真っ二つ。


 二台になった車は尚も暴走を続けましたが、やがてそれぞれガードレールと樫の大木に衝突し、かつんどかんと大きな音を立てて停止しました。


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