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疾風の如く

「おいおい、なにも凪紗ちゃんが行かなくてもよう。此処にいるのはみんなすげえ妖怪なんだろ? 行ってくれるって言ってんだ。任せりゃいいじゃねえか」



 縫霰の山に侵入した悪党どもの征伐に、自分が行くと言い出した娘を颯は必至で宥めます。


 しかし凪紗は無言で父を見つめました。そのまっすぐな視線に思わず颯は目を伏せてしまいます。



「……ああ、こんな言い方が卑怯だってのはわかってる。だけどよう。妖怪ってのは、人の感情を食うんだろ? そんなマズそうなもん、娘に食わせたくねえっての。親として当たり前じゃあねえか」



 妖の中には怒りや憎しみといった感情を好んで食らうモノもいます。


 しかし人間である颯の感覚ではそんなものを娘に食べさせたくはないのです。特に一方的に理不尽に抱かれた憎しみなど、到底我が娘に向けさせたくはないのです。



「ありがと。お父さん」


 

 凪紗はにこりと微笑むと、しかし意見を曲げることなく続けます。

 


「でもあいつらから直接被害を受けたのは私たちなんだよ。ひどい言葉で侮辱されたのも、大事な売り物を滅茶苦茶にされたのも。皆さんが怒ってくれるのは嬉しいし心強く思う。でもやっぱり一番怒るべきなのは、私たちだと思うの」


「でもよう。あいつらの狙いは俺だ。凪紗ちゃんが俺の娘だってことも知ってる。何やらやらかすかわかんねえ連中だ。心配するなってほうが無茶だろう」


「お父さん。私ね、強くなったんだよ。あんな人たちにどうこうされたりしないから安心して。それにあいつらの狙いがお父さんだっていうなら、やっぱり私はそれを許せないよ」


「凪紗ちゃんよう……」



 颯は何とか説得のしようと言葉を探しました。でもどう考えても娘の方が正しいようです。 


 娘は大きく成長しました。かつて二人が出会った時に凪紗を襲わんとしていた大猪も、今の凪紗ならば片手であしらえてしまうでしょう。


 いつまでも颯の保護が必要な子供ではないのです。



「それにね。折角のこくり家さんのお祝いじゃない?」



 さらに冗談めかして凪紗は付け加えます。



「私が一番、早く帰ってこれると思うんだ」



それは父を説得する言葉であると同時に、並み居る大妖怪たちを前にした、堂々たる宣言でもありました。



「くかか、言いおるではないか」


「あらあら。これは凪紗さんの勝ちではありませんか? 皆様もそれでよろしいすわね?」



 こくり家の女将二人の決定です。当然誰も異議など唱えません。それに山の神紅珠と道の神山路を含めても凪紗が最も「早い」のは純然たる事実です。



「と、なりますと、凪紗さんにも宴は存分に楽しんで貰わなくてはなりませんね」


「うむ。藤の言う通りじゃな。お前様、お前様」



 紅珠が厨房に向かって呼びかけます。はあいと間の抜けた返事とともに、兵太郎が顔を覗かせました。



「凪紗が野暮用じゃ。ちいとばかり宴の開始を遅らせることはできるかの?」


「紅珠様、そのようなお心遣いは……!」



 紅珠の言葉に慌てる凪紗ですが、時すでに遅しです。



「うんだいじょうぶ。丁度ご飯に火を入れる前だったし。みんな一緒がいいもんねえ。ありがと、紅さん」



 カウンターの中で兵太郎がえへらと笑いました。



「でも、できれば早く戻ってきて欲しいなあ。いっぱい作るから、ゆっくり食べて欲しいんだ」


「だ、そうですわよ。大変ですねえ凪紗さん?」


「うむ。儂らを差し置いて大口を叩いたのじゃ。そのくらいはやってもらわねばの」



 わっはっは、おっほっほ。こくり家の女将達が笑います。


 まさかこのメンツを待たせることになろうとは。大変なことになってしまいましたが、今更後には引けません。



「では改めて縫霰山の神、紅珠が申し付ける。凪紗よ。山に入り込んだ不届きな輩を見事成敗し、宴の前に戻るのじゃ」


「はい。必ずや 成し遂げて参ります」



 背筋をぴしりと伸ばして山の神から役目を受けた凪紗はくるりと父を振り返ります。



「お父さん、行ってくるね」


「ああ、行ってらっしゃい。凪紗ちゃん、気いつけて、な」



 強面の猟師は怖い顔を一生懸命笑い顔に歪めて、泣いてるみたいな声で言いました。


 かくて凪紗はこくり家を飛び立ちます。



「あらあら。本当に凄い速さですわねえ」


「うむ。まさにはやての如くじゃな」


 

 若き鎌鼬を見送って、大妖怪達はわははおほほと笑いました。


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